第4章:それぞれの思惑3
「よし、戻って来た」
アギスバベルには大体昼過ぎぐらいに戻ってきた。町はダグラスに行った時と大して変わらない。ただ一人を除いては。
「……あれはマキナ?」
「こりゃあ都合がいい、案内してもらうで!」
「いやまて、何か様子が変だぞ!」
マキナは首都内で仕事をしていた。といっても、住民に話しているのではなく、部下となにやら話をしている。
「離せぇー!俺は悪くねえ!ちょっと出来心で軽く盗んだだけだろうが!」
「うるさい!それでも犯罪者である事に変わりはない!」
「糞が、あいつら俺の事はめやがったなぁー!」
「……はぁ……」
「……」
マキナがため息をついているのが見えた。自分達が来るまでにどうやら泥棒が出て、それを捕まえたらしい。しかもグループで泥棒をしていたらしく、逃げ遅れた奴だけが捕まったみたいだ。
「今の、なんですか?」
「シグマ達……戻って来たのか……。すまない、今のは……」
「いや、ですから今のは何か教えてくださいよ。悪い事をしていたのはわかりますけど、あんな感じで連れていかれるんですか、ベアトリウスは?」
シグマはとことこマキナの元へ歩き、そのまま気になった事をマキナに質問した。マキナはここ数年のベアトリウスをあまり良く思ってなくシグマ達にゼルガとバレンの件で助けられたため、あまり気分が良くないようだった。プライドだけで惰性の仕事をしているように見える。
「……」
「あのさマキナ。素直に話した方が良いんじゃないの?あたし達が帰って来たという事はどういう事か、あんたならわかってるでしょ?」
自分達はレリクスで別れた後、きちんと時間を使い、調査をしてからアギスバベルに戻ってきた。マキナが普段の仕事に戻っているであろう事は想定内で、自分達も首都に着く前に列車の件で顔見知りなため、今更アギスバベルでマキナが何をしていようと不思議には思わない。だからこそ、帰ってきて早々、今回ばかりはという感じでバツが悪そうにしている、とても言いづらそうなマキナの表情が変に想えた。
「……シグマ、お前のような奴になんて言ったらいいかわからないが、ベアトリウスはこういう国だ。ゼルガの時も言ったはずだが」
「(表情が少し険しくなった……?)」
「それは理解しています……」
マキナがシグマの顔を見て、他者に向ける視線をぶつける。ベアトリウス兵士によく見られる、外国人に向ける独特の表情。列車で初めて見たその顔を、シグマは今一度見る事になった。
「ですけどあれがノーシュとベアトリウスの決定的な違いというのはちょっとわからないです。何が違うと言うんですか?」
流石のシグマも、最初の時ほど威圧にのまれてはいない。怖気づかずにマキナに質問し返えした。
「ベアトリウスはノーシュを含む、色んな国と比べても法律が厳しい事で有名だ。もちろん他の事も並行して厳しい。そのせいで国民達は国の事を信用していない。正確には、国を信用していないから、人も信用していない。他の国ではこうじゃないんだろう事は理解しているが、この国では軽い犯罪が軽い物として処理されない。独裁だった当時からのなごりだ。だからああ言った事が起こる」
「それはおかしいんじゃないですか!?きちんと妥当な刑にすべきですよ!」
他人が他人の何が嫌いかなんて把握しきる事は不可能である。やったとしても、不可能に近いだろう。ましてや、監視社会にしたいわけでもない。配慮や気遣いという言葉と概念が程遠い帝国制のベアトリウス内で、あのての事はよくある事だ。マキナはそう言いたいようだった。しかしそれはベアトリウス人であるマキナのベアトリウス人らしい感想、意見でしかない。
ノーシュ人として初めて見たシグマは、何百、何万人目であろうベアトリウスでの日常風景に対して、きつい疑問をマキナに指摘した。
「その通りだ。だが誰も変えようとは思わない。なぜだかわかるか?」
「ぐっ……国に、脅されるからですか……」
「……一言で言うとそうだ」
ベアトリウスがよく勘違いされるのは、住民が正義で帝国が悪だと思われている事だ。しかし、実際はこの状態で良い、この状態だからこそ良いと住民も軍人も皆思っている。しかしそれは自分に被害が出ないなら、であり、あのようにいざ自分が敵視の目を向けられたりすると簡単に手の平を返す。もちろん、今のベアトリウスを良く思っていない人間自体はちゃんといる。マキナやアイカのように。しかし絶対数はかなり少ない。
「まぁ、そういう国だからこそ、今は昔のような勝手が出来なくなって、皆が皆自由に自分達の事だけを考えて生きているのは、我々国の人間からしてみれば良い事なのだろう。 だが、人を信用できなくなった結果、 自分を大切にするようになったのは皮肉に過ぎない。私が最初の頃、お前達ノーシュを歓迎していなかったのはこういった理由があるからだ。昔は良かったのは書物などを見ても確かなのだが、今がダメダメだからな」
軍人としては、人手不足で困っているというネガティブな弱さ。一人の人間としては、輝く栄光の時代が過ぎ去り、しばらく下りの時代を迎えている今のベアトリウスをどう過去最低にならないように留めて次のチャンスに繋げるか、という難しい疑問をマキナは解決しようとしていた。マキナはいわゆる狭間の世代で、大人になった途端露骨に下降していく国を見る事になった人間である。思う所があるのだろう。
「国の人間が他国の人間をそう歓迎しないのはどこも同じだろうが、うちは上司(ギウル帝王)が特にそれが顕著でな。たまに自分は厳しすぎてはしないだろうかと考える事があるよ……」
「そういう国だってわかってて、マキナさんはどうして騎士なんかに……」
「はは、シグマ。それは君と同じだよ」
こんな国だったら自分はとっくにアイカのように辞めている。マキナは何故辞めないのかシグマは不思議に思っていた。だからマキナも、そんなシグマに素直に答えた。普段あまり言わない事を。今までの事に少し感謝しながら。
「僕と同じ?」
「正確に言おうか。シグマ、お前は自分の身内や城にいる自分の国の人間をとても信用しているようだが、もし大火事事件の犯人が自分の国の人間だったらどうする?」
「えっ?」
「それって……」
「ずっとあんたが言ってきた事やな。もしベアトリウスに犯人がいなかったらって奴」
ベアトリウスは大火事事件に対して、
「ベアトリウス人の私からしてみれば、どうしてそこまで仲間の事を信頼できる。裏切りが怖くないのか?確証がないうちはたとえ身内だろうと疑う物ではないのか」
「それは……」
「ベアトリウス人なら誰でも思う事ね。ノーシュの奴らは平和ボケしている、みたいな奴」
「まぁ、本音を隠さずに言うとそうだな。俺も正直よくシグマみたいな奴を育て上げたと思ってるよ」
ハイネも自身の友であるゲルヴァを当てはまっていそうだから、という理由でシグマに教えた。ただ、別にこれで罪悪感とかは大して感じていないのだ。ベアトリウスならそれぐらいしても変な風に思われないからそうしたのである。ノーシュならこんな事許されない。自分も相手も疑うなんて、と怒る。だからこそ、ベアトリウス人はベアトリウス人で、ノーシュが何で今も繁栄できている国なのか疑問に思っているのだ。
「えっ、ノーシュってベアトリウスからそう思われているんですか!?」
「(お前のような奴がいるから余計にや……)」
シグマはベアトリウスに来て、今まで見てきた事、言われた事がなんだったのか頭の中でピースがハマる。わかっていないのが自分だけというのが今更ながら恥ずかしかった。
「結論だけを言えば、昔の独裁だったベアトリウスで、頭を抱えたくなるような真実を知ったり、それこそ裏切りがあったからこそ、それを過去の教訓とし、今の私の世代がその影響を受けているに過ぎない。私から言えるのは、成人したばかりなら、大火事事件が終わった後でもいいから歴史の事を多少は勉強するんだなという事だ。
「……」
「何を落ち込んでいる。首都に戻って来たという事は城にいるベリアル達に大火事事件の事を聞きに来たんだろう?来るなら来い。きちんと案内してやる」
「どうも……」
ベアトリウス人は、自分の弱さを見せても、簡単に人に頼る人種ではない。軍人なら特に。さっきのため息はなんだったのか、すぐに立ち直したマキナは(シグマという気分転換するのに丁度いい相手が現れただけかもしれないが)、くるっと城の方に体を向けとことこ歩き出した。定期的に後ろを向いてこっちを確認しながら。
「……なんていうか、これが戦争なら先手を取られたって感じね」
「国の人間というのはああいうものさ。俺だって昔は騎士なるか考えた事がある。サユリがいたからそうはしなかったが…… 長年国全体を見続けた者にしかわからない物があるんだろう」
「……」
「かなり、シグマには効いたみたいだがな」
シグマは立派な騎士にはなりたいが、立派な大人にはなるつもりはないし、なれないと思っている。なれるとしたら、皆のおかげ。でもマキナは、他人にどう言われようが立派な騎士で大人を目指している。生きるうえで、騎士という職務をこなすうえで、覚悟が違うと感じた。成人したばかりなので、同じ職業をしている人との差を感じるのは当たり前ではあるが、それでもシグマは自国の人以外で初めて尊敬できそうな人を見つけ、感心していた。
「協力しているあたし達がおかしいみたいな感じだったわね。マキナがあんなに国の人間として言う事ってあったかしら……」
「気持ちを切り替えましょう、シグマさん」
「あ、うん……ありがとう……。そうだ、マキナの言う事は気になるけど、今はとにかく聞き出さなきゃ。ゲルヴァの事も……」
「そうね……」
マキナの後ろついて行けばいいだけの話なのだ。これ以上、大火事事件の再調査をするという、旅の目的から外れてはいけない。旅が結果的に色んな事を体験するものとはいえ、自分はレリクスではっきりと優先順位をつけたのだ。気になる事はあっても、今はするべき事をするのだ。
「(この様子だと、後で響いてきそうな感じやな。全く、マキナっていう奴はシグマをどうしたいんだか……)」
「(マキナやネールと今後も友人でいるためにも、あたしも立場を明確にする必要がありそうね……)」
「(シグマはとにかくベアトリウスでは他人に厳しいと認識したようだな。それは正しいから良いのだが、国を知るという事を人と人との交流として考えると複雑な気持ちだ……。サユリを失った時みたいに、ベアトリウスに失望だけはさせないようにしないと……)」
「(どうなるんだろう……)」
かくして、シグマ達は、当事者として、協力者として、外国人として、初めてベアトリウス帝国の城へ足を踏み入れる。
自分達がやっている事を帝王に言う事は、お互いに逃げ場がない事を意味する。こっちは事件を何が何でも解決するために尋ねるのに対し、向こうはわざわざ若い騎士を自分の所まで来させる、という政治的な意味を持つ。このそれぞれの気持ちは、決して混ざる事はなく対立し解決への道を探すために必然的に口論になる。
その先に何があるのか、何が起こるのか、目的が果たせるのかは、まさにやってみなきゃわからない、という感じで、話し終えた後の未来は未だ来ておらず、想像するしかなかった。
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