第4章:それぞれの思惑2
ハイネという男の家は、レリクスの北東にある。きちんと家の前にある看板にハイネと書かれてるのを確認したシグマ達はドアをノックして開き、中へと入る。
「失礼します!」
「……誰かね?」
「ノーシュの騎士、メイ・ヘンドリーズです」
「と、その仲間達や!」
シグマが二度挨拶する事が無いようにわざと少し大きめな声を出して挨拶をする。補足は他の皆がしてくれた。
「ノーシュの騎士だと?しかもこんなにたくさん?どういう事だ……まぁ、上がってくれ……ゆっくり話を聞こうじゃないか」
椅子に座ってくつろいでいたハイネは、玄関の所まで来て珍しいものが来たと驚く。普通はこんな事は起きないと最初から理解しているようだ。
「やけに話がスムーズに進みますね……」
「経験上、世間話を聞きに来たんじゃないと分かっているんだろうな」
さすがアイカと同じ退役軍人か。用意された椅子に座ったシグマ達は、さっそくハイネに大火事事件について聞いてみた。
「僕たちは大火事事件の再調査をしにここレリクスまでやってきたんです」
「なるほどね。それで私に話を聞きに来たわけか……」
「それで?何か知ってるんか?」
「まぁ落ち着きたまえ。私も君達に色々聞きたい事があるんだ」
ハイネは見た目はダンディーな髭男と言った感じだった。ベアトリウス人にこんな人がいるのかと、あまり詳しくない人は思うかもしれない。しかし、目は笑っていなく、軍人らしい威圧をどこか感じさせていた。
「その前に改めて自己紹介しておこうか。ハイネ・ラパエルだ。よろしく」
「よ、よろしく……」
そういや自己紹介がまだだったと言われて思い出したシグマは急いで挨拶をし返す。
「まず、私についてだが……大火事事件について何か知っているかと言われたら、知らない。あの日は普通に仕事をしていた。警備と事務というよくある仕事さ。 だが……12年前大火事事件が起きた時、ノーシュの人間がベアトリウスまで来るだろうとは予想していたし、怪しい人物がいないかチェックはしていた。もちろんベアトリウスの騎士皆でだ。隣国で事件が起きたんだからこっちに逃げてくるぐらいすぐに予想つくからな。まぁ、これは軍人なら誰でもやるような事だが」
「……」
ハイネが語り始める。シグマ達はそれをじっと黙って見つめる。ハイネはゆっくり、きちんと詳細に思い出そうと、昔の思い出を振り返るかのように当時の事を話す。
「君達は比較的若い人が多いから言うが、昔は今ほど治安や情勢は良くなくてね。ここ最近(数年)なのさ、普通の人が危険な事をあまり考えずにのびのびと暮らせるようになったのは。まぁ、だから大火事事件を起こしたのは、そういう昔のあまり思い出したくない時代に生きた人間による、未来の人間への嫉妬まじりの復讐みたいな物だと私は思っているよ」
「嫉妬まじりの復讐……」
「仮にそういう奴が犯人だとして、どこにいるのよ!?私達はそれが知りたくてあなたの家に来たのよ!?」
自分達は旅に出てからずっと犯人を追いかけてきた。今は犯人の動機なんてどうでもいいのだ。まずは会わないと意味がないのだから。
「ははっ、そうだね。その通りだ。……だが、先程言ったように私自身は大火事事件の事は詳しく知らない。ノーシュの事も詳しいわけじゃない。この時点で君達の言う犯人の候補から外れているはずだ」
「……まぁ、そうやな」
「だが、ノーシュ出身の友人ならいる。そいつの事を犯人だと思いたくはないが、有力な情報を君達に教えてくれるはずだ」
「ノーシュの友人!?誰なんですかそれは!」
今までそんな情報はなかったので、当然とばかりに食いついて次の言葉を急ぐシグマ。
「……名前は
「ゲルヴァ……」
シグマ達はどの人物が犯人なのかまだ分かっていない。しかし、
「彼との付き合いは古く、20年近く前からあるのだが、ここ数年は割と会う機会があってね。ここ、私の家に呼んだ事もある。ゲルヴァは自分からあまり話したがらない性格で、どこに住んでいるかも教えてくれなかった。だが、お互い騎士でベアトリウス人である私でも友人になれたという事は、そこまで根が悪い奴ではないんだろうと思った。もちろん、犯人である可能性はあるにはあるがね」
「出会ってないからあれだけど、犯人である証拠もないわね」
「ああ。彼とは騎士として、騎士だからこそ話せる男の本音を語り合った。国の在り方や人を育てる意味をな。私からは復讐や憎しみという負の感情は聞かれなかったが、もしそれが言わないだけだったのなら。……彼自身は耐えていたのなら。それこそ犯人だと決定づけるような事を口にしてくれるだろう。もし大火事事件の犯人かどうかを知りたいのなら、ゲルヴァに直接会って本人に聞いてみるといい」
「でも、そのゲルヴァという人はどこにいるのかはわからない……」
住んでいる場所さえ言わなかったのならどこに探せばいいのか。というかそもそもなぜ教えなかったのか。そこまでの関係性ではまだなかったという事なのだろうか。気になる事はとことん追求していく。
「最近はノーシュよりもベアトリウスで過ごす時間の方が増えたという話を聞いた覚えがある。それが本当ならゲルヴァは今ノーシュではなく、ベアトリウスのどこかにいるのは間違いないよ。また、彼は他国の国の人間と交流したがる人間でね。君達が推測している通り、私を含め、ギウル帝王とかはゲルヴァを知っていてもおかしくない。なんなら私よりも詳しいかも知れない」
今まで散々犯人らしき人さえ候補に上がらなかったのが、ハイネのおかげで一人上がる事になった。これからはこのゲルヴァという男を探すのが目的となる。しかし、問題はこのゲルヴァという男が本当に犯人なのか、だ。ハイネ自身、友人を売ったともとれる発言をしている。ただ聞いた情報を元に合理的に考えた結果、友人であるゲルヴァが浮かんできたのだろう。有力なら、たとえ友であっても私情を捨てて候補に挙げるべきなのは任務を遂行する上で大切ではある。そもそも有力でないのなら最初から言わないのだから。
「何も前が進まなくて嫌だったんだろう?私はこの通り、ゲルヴァについて教えた。これは君達にとって重要な手がかりとなるはずだ。彼は私と年が近いから君達よりも過去を知っている。当然ではあるけど」
「シグマ……」
「うん……」
メイに言われ、シグマは決意する。
「僕達は、その、ゲルヴァという人を探そうと思います!」
「そうか。なら頑張って見つけるといい。彼なら有力な情報を握っているのは間違いない」
「やけに推してるやんか。そのゲルヴァという奴は何者やねん」
ノーシュ人なら当時どこにいたのかぐらい聞くべきだろう。だが、ランドルフ騎士団長達でさえ把握しているかわからない人物だ。マルクがもっと情報が欲しいとハイネに掘り下げを要求する。
「ああ、言ってなかったか。彼は、
「レドナール紛争って?」
「ノーシュにレドナールという町がある事は知っていますが……」
「何?本当?マイニィちゃん」
「ええ……」
「君達が知らないのも無理ないさ。レドナール紛争は今から30年前に起きた事だからね」
シグマ達ノーシュ組はノーシュ人なので当然地名と紛争の両方を知っている。南にあるため天候的に暑く、一部地域が砂漠化になっている地域だ。言っても、夏はバカンスにもってこいの場所で、海もオアシスもある。
「私もゲルヴァから聞かされただけだから詳しい事は知らないが、当時のレドナールは非常に荒れていたらしい。その時のいざこざで、ゲルヴァはうんざりしたらしくてね。 詳しくは聞かなかったよ、聞くのも申し訳ないかなと思ったからね。とにかく、ゲルヴァは過去を知っている。君達にとって一番大火事事件の犯人に近い存在のはずだ。まぁ、そのゲルヴァと友人である私も、ある意味大火事事件に近いか。ははっ」
犯人の動機……にしてはまだ弱いだろう。詳しい事は本人に聞かなければならない。しかし、どういう人なのかはなんとなく理解できそうだ。自分達のように騎士という仕事をしていたのだから……。
「そうそう、レドナール紛争について聞きたいなら、城に戻って先輩や上司に聞いてみるといい。きちんと何らかの資料にまとめられているはずだからね」
言われなくてもそのつもりだが、おせっかいどうもである。
「ねえ、最後に教えてよ。なんであなたは騎士を辞めたの?」
「ああ、それも君達からしたら聞きたい事だよね。いやなに、カフェの経営でもしようかなと思ったからさ。騎士の仕事は給料的には美味しかったけど、はっきり言って飽きてしまってね」
「わかるわぁ……」
「そう……」
何か辞めるような事があったから辞めた。それはどの世代でも同じである。そして今は気分を変えて何か新しい事をやろうとしているらしい。
「行こう、皆。アギスバベルに戻って、マキナ達にゲルヴァの事を聞き出さなきゃ!」
「それで、いいんだな?」
「ええ。後は聞いて帰るだけです。マキナ達が最後です」
「そうか……」
大火事事件の調査はマキナも協力してくれているので、その事を報告するためにも、一度城に戻った方がいいとシグマは判断、決断した。後はマキナと定期的に連絡しながら調査をすればいいとハイネの話を聞いて思ったのだろう。
「ありがとうハイネさん、良い情報だったわ」
「こちらこそ。物事が進展して何よりだよ」
手を振り、ハイネに別れを告げ、シグマ達は家から外に出て行く。
「では行きましょう」
「候補は一人上がったけど……まだや、まだ決定打になってはない。最後まで気は抜いてはダメやぞシグマ」
「わかってます……」
先程落ち込んだばかりなので、ゲルヴァが犯人じゃなかったらとはなるべく考えないようにする。聞かないとどうしようもない事を考えても意味がないのだ。
「うまくいくと良いのですが……」
シグマ達はハイネと会話した後、宿屋に泊まって休憩した。アギスバベルからダグラスへはそこまで遠くなくても、ここレリクスまでは遠い。なので一服する事にした。
「ではアギスバベルに戻りましょうか……」
「大丈夫、シグマ?」
「うん、僕は大丈夫」
「そう……」
今までずっと無我夢中で調査をしていたので、レリクスで初めてまともな休憩を取った。もちろん宿屋に泊まった時は皆ゆっくりくつろいでいるのだが、今日は休日にした。外でおしゃべりをしたり買い物をする人も多かった中、シグマは一人自分の部屋で今までの復習をしていた。復讐は定期的にやっているのだが、今回は一段とそういう事をしたい気分だった。休むだけなので、なにかしたい気分にもなれないのだ。バレンと戦ったり、走って移動したりして、疲れたのもある。
「……」
「とりあえずの区切りになるんだ。後悔の無いようにしないとな」
「そうね……」
こうして、シグマ達はベアトリウスの軍人と別れた後、レリクスでじっくりと再調査をし、ハイネに会い、ゲルヴァを追いかけるべく首都のアギスバベルまで戻っていった。
バレンの一件もあった中、きちんと再調査できたのは間違いなくマルクを始めとした協力者達のおかげである。自分とメイの二人だけではここまでこれただろうか。野宿なども考え、数か月掛かったとしても事件さえ解決できればそれでいいと思っていたが、事態は予想もしない方向へ向かっていった。それが自分達にとって良かったかはまだよくわからない。ただ、犯人に繋がる何かが起きてほしいと、真摯に思っていた。
「(シグマ・アインセルク、か。久々に彼のような情熱を持った人と出会ったな……ゲルヴァ、悪く思うなよ……。お前とは友人だが、大火事事件とはそれはそれ、これはこれのはずだ……)」
退役軍人のハイネは友を売った事を心の中で謝罪した。自分にお前というノーシュの友人がいる事や、お前がレドナール紛争について語っていたのを傍で座って聞いていたのは事実である。ゆえに、あの若い奴らにお前の事を教えるのは当然なのだ。お前も部外者だったら思うだろう?大丈夫だ、ノーシュは既に辞めたお前の事など犯人としてマークなんかしていないだろうから。たとえ資料に残っていたとしても、それはお前が仕事してやった事が書いてあるだけに過ぎない。陰謀ならば、歴史書の方に載るはずだからな……。
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