第4章:それぞれの思惑1
「ふう……」
「ようやく落ち着けるな……」
レリクスの酒場にて。ダグラスで大火事事件の調査をしてから、ここに来るまで色々あった。エドガーとベリアルに会ったし、会話の流れでアレスハデス監獄所に行ったらマキナと再会し、ジェイドと出会った。それで、最後にバレンとジークである。六人会ってどういう人だったのかを振りかえりたいなら、流石にどこかで休憩する必要があるだろう。
「ダグラスに着いてから色々ありましたからねぇ……」
「……」
「エドガーとベリアル、そしてバレンにジーク……。まさか戦うとは思わなかった……」
「あまり事を大きくしたくはないだろうからバレンの事は隠密に済ますだろうが、今回起きた事はベアトリウスにとってはかなり大きい。アレスハデスの実情を他国の人間に知らされたくはなかっただろうな」
「わざわざマキナとジェイド王子が出てくるって事はそういう事よね」
「ええ……」
自分達がいかに本気で大火事事件の犯人を捜しているか、伝わっただろうか。それが気がかりだ。こっちだってそっちが仕事をしているからとかそういうのは関係ないのだ。
「結局監獄所に行っても大火事事件の犯人は見つからなかった……。本当にいるのかなぁ……犯人……」
「(シグマ……)」
休憩して気が緩んだからか、シグマは思わず本音を漏らす。やだこの本音は皆理解しているものである。
「だ、大丈夫ですよ!きっと犯人は見つかります!」
「イリーナさん…… 」
イリーナがシグマを励ます。
「なんやシグマ、らしくない。普段ならこんな休憩なんてせずにすぐに聞き込み調査してたやないか。色々立て続けに起きたからとはいえ、やるべき事をやってないのに不安になるのはちょっと違うんやないか?」
「マルク……。そ、そうだよね!簡単に諦めちゃいけないよね!どこかにいるのは間違いないんだし!よぉし、早速住民に話を聞いて回るぞー!」
「ちょいと待ちぃ」
「えっ、マルク……。どうして……?」
自分も今回は流石にフォローしようと思ってフォローしたら、相手が真に受けて意気込んだのであちゃーと制止させるマルク。
「今はまだ昼過ぎや。なんなら飯も食べてない。休憩してからでも遅くはないで?」
自分達はまだ二つの町しか巡っていないのだ。シグマの行動は時期早々と言えるだろう。この今いるレリクスで丁度三つ目なのだ。
「そうだぞシグマ。犯人はいなかったが、まだベアトリウスを探しきってはいないんだ。まだ焦るのは早い」
「……」
アリアはシグマの表情を見て、ノーシュでの再調査も影響しているわね、と思っていた。再調査を命じられた時、それがどういう意味なのかシグマはあまり深く考えないまま旅に出発したはずである。それが良くなかった。
「なんならあたしも手伝うわ、国が味方に付いてるのは心強いはずよ」
「そう、でした……。マキナさんをはじめ、応援してくれる人がいる……。彼らの為にも僕は簡単に諦めちゃいけない……。皆の言う通り、ご飯を食べた後に調査をするよ……」
「ああ、そうせえそうせえ。——しっかしあれやな。かなり賑やかになってもうたな」
「そうですねぇ」
「初めは人だったのにね。すぐにマイニィちゃんが加わったけど……」
「旅というのはこういう物です」
シグマに協力者が現れた事はなにより頼もしかった事だろう、おかげで今の今まで再調査に対して不安も持たずに来れた。今回有力候補が潰れた事と、ベアトリウスの軍人に何人か会った事で気が変わり、一度立ち止まるべきだと判断した。彼らを調査するかしないのかが、話の焦点である。
「あたしとルーカスはたまたまよね。行く先にたまたまゼルガがいて……」
「倒して暇だからそのまま協力関係に。まぁ、腐れ縁って奴だな」
「3人のレバニアルの人達は元気にしているといいのですが……」
「3人のレバニアルって?」
アイカが皆に質問をする。
「今のシグマみたいに、あたしの幼児化の呪いを解く協力者がいたのよ。名前はファルペ、ディスカー、ゲロニカ」
「へぇ~」
「あの3人の事だから、レオネスクで元気にやってるんじゃない?」
「だと良いですね」
「……そろそろ調査を始めようか」
シグマは時計を見て、ここレリクスで大火事事件について聞き込みをするべきだと皆に言った。
「そうですね、日が暮れないうちにやってしまいましょう」
「(何か……なんでもいい。何かシグマを勇気づける物があればいいんだけど……)」
「(ああは言うたけど、有用そうな所から調べるのは当たり前や。それでダメだった以上、作戦は変える必要がある。残る可能性はあるにはあるが、隠居してそうな所を探す、いわゆるしらみつぶし。それでダメだったらお手上げや。最後の町で聞くまでになんでもいいから進展するといいんやけどな……)」
「(さぁて、どうなるかな……)」
今までとは違う、少し惰性で、あまり期待はしない感じの調査がここ、レリクスで始まった。
「え?大火事事件?……へぇ、そういう事がノーシュであったんだ。ああ、うん、あたし知らないよ。ごめんごめん!ダグラスやアレスハデスにも行った?すごいガチじゃん!まぁうん、でもあたしは知らないからね。ごめんね~じゃあね~」
レリクスでの調査は、いわゆる人の質が良い、といった印象だった。大火事事件について知らないと一言言って終わる人もそりゃあいたが、なんでそういう事をしているのか、どこまでやっているのか、自分達がやっている事に対して興味を持ってくれる人が多かった。これはレリクスがベアトリウスの南で、外部からの情報が届きにくいという地理的状況が関係していると思うが、それでも、シグマが折れずに大抵の住民に大火事事件について聞く事が出来、無事にレリクスで調査を終えれた事は幸いだった。
「十二年前の大火事事件の事が知りたいぃ?」
一番有用だったのは、このレリクスで一番年をとっているおじいさんの話だった。
「そりゃあ当時の事は知っているよ。今より各地に色々出向いていたしな。でもなぁ……当時のわしに言ってほしいんじゃよ。わしはずっとわしまで調査が来ると思っとったぞ。なぜ今なんじゃ。昔のノーシュはこんな事しないはずだったんじゃがのう……」
このおじいさんが言っているのは間違いなくランドルフ騎士団長達の事である。若い世代は大火事事件の事について知らないのは当然で、シグマ達も今まで若い人には意識的に話しかけてこなかった。だから、終わる時はあっという間に町での調査が終わるのだ。その老人達でさえ知らないという人間が大半なのだから、どれだけ調査が難航しているのか、シグマは嫌というほど味わってきた。
「申し訳ないんじゃが、わしも大火事事件の事はよく知らないのじゃ。すまんな。ここには各地を歩き回ってここが一番過ごしやすいと思って選んだ町で、まだ数年しか住んでおらんのじゃ。じゃから、わしはレリクスの住民には少し遠いのじゃ。この町で一番長く住んでいるのは、あそこに住んでいるハイネという男じゃよ。あいつは退役軍人でな、あいつが一番詳しく知ってるはずじゃ。ずっとレリクスの地域を中心に担当していた」
おじいさんはそう言って、北東の方角に指を差した。その方向は住宅街だったが、ハイネという看板があるのだという事はすぐに理解した。ようするにそこに行けという事だ。
「お前達のような人間にたまに会うからの、その重要性も偶然性も知っておる。だからこそ言わせてもらうが……逃した犯人を捕まえるのなら、もっと残忍に行け。
色々経験しているらしいおじいさんはそう言って、再び鳩に餌をやりはじめた。
「……はい、ありがとうございました……」
レリクスでの調査は無事、終わった。
「はぁ……」
「シグマさん……」
「(流石に目に見えて落ち込んでるな……。まぁでも、ここまで徹底して調べてもいないって事は、普通の一般人から有用な情報は得られないような奴、っていうのは間違いないな。どこにいるんや犯人は……)」
「(シャラ……。~~~~っ、それでもっ、僕は……)」
「(……)」
シグマがこんなに必死になっているのも、自分が当事者だからというのもあるが、死んだシャラから命を貰い、せめてもの報いとして、なんとしてでもなしとげたいと思ったからだ。大火事事件が無かったら、今の自分もいないのだ。犯人は見つかるか、というのはあくまで結果に過ぎず、シャラに恥ずかしい姿を見せていないか、自分は少しでも
「……ねえ、シグマ」
「なんですか、アリアさん」
アリアの方は見ず、素早い返事をして会話の処理をするシグマ。
「大火事事件って、本当にベアトリウスに犯人がいるの?逃げられようと思えば別の国でもいけるわけじゃない。わざわざ1年も待つ必要はないわよね?」
「それは、そうですけど……」
シグマはアリアの言葉を聞きながら、自分がこの調査の旅で一番言われたくない事を言おうとしていると、直観的に理解した。そして、とうとう来てしまった、と思った。自分だって、なぜランドルフ達はベアトリウスまで追いかけなかったのか、とはずっと思っていた事なのだ。今は騎士になっているが、当時は目指すとかそういうのは考えてすらいない。気がつけば自分は、騎士になりシャラとの約束を果たす、そのためだけに生きる人間になっていた。そういう意味では、とても縛られている。
「あんたがやけにやる気になって再調査してるのって、死んだ幼馴染の……シャラちゃんだっけ。シャラちゃんから立派な騎士になってほしいって言われたからなんでしょ?本人の為にもなんとか犯人を捕まえたいのはわかるけど、常識的に考えてほぼ完全犯罪よこれ。初めから無理があるの。だから、そこまでやる必要はないんじゃない?」
善意で言われているその言葉は、ぐさぐさとシグマの胸に突き刺さる。今の自分を否定する言葉として。
「悔しい事だけど、別に他の事をしても【立派な騎士】にはなれるわよ。だから、調査を辞めてノーシュに戻ってもいいのよ?」
「そんな事するわけない!絶対犯人はいる!だから絶対に捕まえる!死んでるか生きてるかだけでも調べるんだ!」
シグマは頭では理解しながらも、その逆の言葉を気がつけば口にしていた。
「っ!」
「あ……。ごめん……」
今思えば、調査をすると言っても聞き込み調査だけなのか。本当にただ火事を起こして逃げただけなのか。色々よく考えずやった事もあったと思う。でも自分は、シャラのための大火事事件の再調査という大義名分を利用して、シャラが望んでいる立派な騎士像を目指す事から目をそらし、自己満足していたわけじゃない。自分でこれぐらい解決できないとシャラに顔向けできないと苦しめていたわけじゃない。きちんと真面目に、本気で解決できると思って、真剣に今まで調査をやってきたのだ。
なのになんだ。この様は。
ワンパターンの知らない、ごめん。次々町に行ってはそれっぽい作戦会議。他にやっている事と言えば、たまに騎士の本懐である住民の助けをしているだけ。今思えば、ただ旅に出るだけじゃなくて、ベアトリウス側に脅迫しても良かったのかもしれない。そっちも協力しろと、それぐらい言っても良かったかもしれない。自分はベアトリウスにいる、としか言われていない。しかも暫定で。そんな言い方じゃあ、良い奴しか調査に協力してくれなくて当然だ。犯人はそもそもベアトリウス人なのかさえわかっていないのだから。
「責めてるわけじゃないが、アリアの言う事も一理あるぞ。俺達はお前達の事を想っているが今回はただの付き添いで、本当に犯人がいて捕まえられそうかが焦点だ。よほどいなさそうだったらああいう事も言うさ。まぁ、シグマの言動を見るに、幼馴染のシャラはよほど理不尽な死に方をしたんだろ?亡くなった者の気持ちは亡くなった者にしかわからない。満足するまで探すといいさ」
アリアは自分の意見を言っただけ。それも、シグマは嫌な顔をするだろうと思っていた事を。言わなきゃ、犯人がとことん隠れている事を心の底から認識しないし、それをなんとかするための
「でも、今までのやり方は今回で終わりだ。ベアトリウスはノーシュと地続きで地理的な事情は同じだ。ましては大火事事件は世界規模で知っている。だからここまで一般人が知らないなら本当に知らないんだろう」
「いよいよ、ベアトリウスについた時から言っていた、国の人間を全て調べるのが有力手段になりそうですか……」
「ああ……」
ベアトリウスの関係を危うくするその行為は、その危険性故ギリギリまで実行に移す事ができずにいた。シグマ自身、成人したばかりなので大胆な行動を取るべきか悩んでいた。
「……。すみません。少し落ち着きました……」
しかしシグマはルーカスの言葉を聞いて、やるしかないと覚悟を決める。国に言わなきゃ進まない事を、ただやるだけなのだ。問題は言い方と姿勢だが……。
「あたしに謝らなくていいわよ?思った事を口にしただけなんだから。今まで思ってたけど我慢してた事をね」
「うん、わかってる……」
ごめん、とアリアに謝るシグマ。
「本当にいいんかぁ?シグマの活動している要因を根本的に潰す発言だったやんか」
確かにそうだ。あーもうだめ、と誰かが言うだろうなと誰もが思い、それを言ったのがアリアだっただけだ。
「あたしはただいる可能性といない可能性の両方を考えていただけよ。もしベアトリウスで犯人を見つけられなかったら別の国に行くとはアレスハデスの酒場の時に聞いていたし、もしそうなったら一旦帰って別れるのは必ずある事だからね。今がその時かも知れないし、急に別れるってのもなんか寂しいから、今のうちに言っておこうかなって思っただけの事よ」
大火事事件のそのものは諦めてはいない。しかし調査では限界がある。それは、今までの有用な情報の少なさで分かりきっていた。だからこそ大胆な行動を取る必要がある。犯人に自分達の存在が伝わるように。もっと目立つべきなのだ。
「ならええけどな」
「(しかしシグマのあの激高ぶり……。あたしにさえやって来るという事は、よほど先輩や上司の活動を信頼しているわね。ここまではっきり犯人はベアトリウスにいると断言されると、じゃあどこにいるのかという話になる。あたしだってベアトリウスの全てを知ってるわけじゃない、もしこの国に隠れやすい場所があって、そこに何年も隠居しているんだったら、それこそ国の力を借りた方が探しやすい)」
調査は新たな進展を迎える。今回の会議で今までの調査では全然ダメだと結論をづけた。大分アリア達ベアトリウス人に引っ張られたが、シグマ自身、その結論に納得していた。ゆえに、今日から起こす行動を変える必要がある。
「(一度城に戻ってマキナに協力を仰いだ方が良いのは確かみたいね。それでついでに国の人間の事も調べる、と……。それで何がどうなるのかはわからないけど、今日みたいにならないように、やるんだったらすぐにやった方がたとえ犯人を見つけられなくても後腐れがなくて済むかな……)」
「話を整理しましょうか。ここ、レリクスにもいなかった。そして、調査の仕方は変えた方が良い。シグマ、どうするの?」
「う~ん……」
メイがシグマをじっと見つめる。自分も父親を亡くしているが、シグマみたいに友人を無くしてはいないので、いつも彼の活動エネルギーに引っ張られてきた。だから、大火事事件の事は彼に一任しているし、士気が下がると心配になる。
「ここまで探したのなら、一般人経由からの犯人の情報は得られないと思って間違いない。でも、だからこそ今度は国の人間を調べなくちゃいけなくなる。だから、本命のアギスバベルに戻る前に、ここレリクスにいる兵士に話を聞いてみようと思う」
「そっか」
「そういや、住民の誰かが言ってなかったか?レリクスにはアイカのような退役軍人が住んでいるって」
「ああ、いたな。そういえば」
兵士にも聞かなかったわけじゃないが、自分達の事がより多く深く知られてしまうのだ。それで何人が印象や態度を変えるのか。そういう事も含め、ここで肩慣らしをする必要がある。シグマはそう判断した。
「名前は確か……」
「ハイネさんですね」
「せや、ハイネや」
マイニィの言葉にマルクが頷く。
「アイカはそのハイネって人と知り合いじゃないんだっけ?」
「ええ、知り合いじゃないわ。あたしが騎士になったのと前後で辞めた人みたいね」
「なら世代が違うわね。当時の事何か知ってるかしら……」
「会ってみないとわかりませんねぇ……」
ノーシュもベアトリウスも、いわゆる民を守る仕事はその人が自由に辞めていい制度になっている。しかし、数年働いてもあまり良い話のネタにも貯金にもならないので、最低二桁の年数を務めた後に辞めるのが暗黙の了解だった。もちろん、アイカみたいに例外はいる。
「そのハイネさんという人しか、レリクスには住民としてのベアトリウスの軍人はいない。少し休憩したら、彼の家に行こう」
貴重な情報を得られたのだ、とことん使ってからここを去るべきである。
「家はどこにあるか教えてもらったっけ?」
「ここから少し東の所に看板があったのを見た。あのおじいさんの話通り、本当にレリクス出身でただの自宅なんだろう」
「よし、それなら夜にならないうちに行きましょうか」
やるべき事が決まった。後は行動に移すだけ。
「ええ、今から国の人間にシフトよ。気を付けて行動しないと……」
「馬鹿やな、気を付けていたら教えてくれる事も教えてくれないやろ。ここは懐に潜り込むためにお気楽な感じで行くんや」
「それでうまくいくと良いんですけどね、この国で……」
「あ、あはは……」
今回のこの事は、シグマの中でもとても思い出深い話として刻まれる。自分が今までいかに若さだけで走っていたのか、余計な事にも首を出していたのか、嫌でも理解した。
優しさは人を強くしない。人を人らしくあり続けるためにある。
シグマはシャラの望む立派な騎士像に近づくため、時には攻める事も重要だとレリクスで学んだ。
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