第3章:見えてきたもの15(完結)

「ついた……ここが、レリクス!」

 ノーシュとベアトリウスがあるルミナス大陸は、惑星フェルミナから見て西南西にある。その最南にあるレリクスは、港町ではないが、いわゆる南の拠点としてそこそこ広い町だった。この先は海しかなく、船と船乗りしかない。


「うぉおおおおおおおおおお!」

「ヒャハアアアアアアアア!」


「だっ、誰!?」

「俺も知らん……」

 シグマ達が急いでレリクスに着いて見たもの。それは謎の男がバレンと町中で堂々と戦っている光景だった。いや、バレンが男と戦っていると見るべきなのか。

「わいも気にはなるけど、今はバレンを止めるのが先や!」

「まて、バレンを戦っていて結果的に足止めになっているのは好都合だが、あいつが敵かどうかわからないんだぞ!」

「知るか、逃げられたら元も子もないんやぞ!ここは加勢するべきや!」

 マルクが戦おうとするのを、まだ加勢するべきじゃないと言い、止めようとするマキナ。マルクは今からでも戦いそうで、止めたのはほんの数秒数十秒の時間稼ぎにしかならならそうだった。その間にあの謎の男がどういう奴なのか見極められるのか。そう思っていたら……。


「騎士達か……。ふっ、遅かったな……」


 男はこちらに顔を向けた。

「あ、あなたは……ジークさん!?」

「イリーナさん、知ってるんですか?」

 イリーナが、混雑した人ごみの中、バレンと謎の男を見るなり放った一言。それがこれだった。ジークというらしい男は、バレンを警戒しながら話しており、見た感じなんとも余裕がありそうだった。

「イリーナか。お前は確かノーシュに……。まぁ俺もベアトリウスには来るつもりはなかったんだが、なりゆきで来てしまって――なっ!」

「不本意な状況だねェ……!まさかこんなに人が集まるとは思わなかったよ!」

 バレンは会話をずっと聞かせてくれるような奴ではない。すきをついて攻撃してきた。しかしジークもそれは理解しているようで、受け止めて反撃をくらわそうとする。しかしぬるい攻撃だったようで、バレンはさっと避けて回避した。今のジークの意識はイリーナ達の方に向けられており、バレンへの攻撃は当たればラッキー程度にしか考えてないらしい。

「お前は脱獄したんだろ?なら追いかけて来る奴がいるのは当然じゃないか」

「わかってないねぇ、俺に歯向かってくる、いわゆる戦おうとする奴がこんなにたくさんいるとは思わなかった、という意味で言ってるんだ!」

 バレンが話始めた事で、完全にスイッチを切り替えるジーク。

「何?……ああ、そうか。お前は戦闘狂なんだったな。確かにお前にとっては追い詰められているというより、むしろ好都合な状態だな」

「くそっ、私達が来た事でバレンを興奮させてしまったのか!?」

「いや、いくらバレンでも追いかけてくる事を想定できないはずがない。興奮しているのは単に僕達がバレンにとって珍しいからかと。久しぶりの外でしょうし……」

 シグマ達は今からでも戦うつもりでいたが、バレンとジークのこの会話を聞いて、やめざるをえなかった。バレンは逃亡できそうだったから。この状況でもシグマ達全員を相手に出来る何かがあるというのか。

「はんっ、自分から脱獄しておいて、俺達と戦いたかったからだぁ?責任問題になるからやめてくれよ」

「全くだな。ああいう巻き込み型が一番厄介だ。話が通じるようで通じないからな」

 冷静に警戒するシグマ達とマキナ達に対し、エドガーとベリアルは逃亡させるのが一番嫌な事だろうと即刻判断し、戦おうとする。

「俺は見ての通りこいつと戦っている最中で、住民にまで手が回らん。脱獄したのが今から何分前なのかは知らないが、加勢してバレンの相手になるならさっさと決断しろ」

 ジークもたまたまこういう状況になったようで、そっちの詳しい状況は知らない、だから決断するのは早い方がいいと、遠回しに助言する。

「くそっ、やるしかあるまい……」

「ああ、数はこちらが有利だ。どんなに強くても、ただの脱獄犯一人捕まえられないはずがない」

「シグマ!」

「うん、皆!」

「俺をもっと楽しませてくれよォ!」

 ジークの言葉で、やむをえず戦う事を決断するシグマ達。住民に被害が出ないように、短期決戦を望んでいた。




 町中で戦うのはなんだかんだこれが初めてで、荷物の上に乗ったり、壁に激突ぐらいはするのかと思ったが、皆が役割分担をしてくれたおかげでそうはならなかった。特にマキナとジェイドはバレンが逃げないように、レリクスの南方の出口を乗っ取り、バレンを決して見失わないよう部下に指示を出しながら警戒していた。


「うぉおおお!」

 キィン!


 エドガーの攻撃は受け止められた。

「シッ!」

「ふっ……チッ……足狙いかよ」

 その追撃にベリアルが普段はしないであろう足狙いをし、剣で振り下ろす。エドガーの大きな一撃は完全にこのための振りだったというわけだ。

 シグマ達とマキナ達が戦う事を決意した後、それを見るなり真っ先に攻撃したのがこの2人だった。ジークは目に見えて攻撃する頻度が減り、バレンとの戦闘は簡単ではなかった事が体の傷から理解できた。

 ジークは落ち着きながら体の手当てをし、引き続き隙を見てはバレンへ攻撃をする。

 バレンにとっては長期的に見て不利な状況だった。マイニィもイリーナも、普段あまり攻撃しない人が今回ばかりは逃がさないという決意の表れなのか、嫌がらせのように魔法弾を放ち、うっとうしさと存在感を感じさせている。

 バレンは回避しながら戦っているのだが、その回避の先に次に戦うべき相手がいるという回避方法をしている。ようはヒット&ウェイを超高速にし続けているのだ。戦っているシグマ達は接近してきて1回2回の攻撃しか狙われないが、それが何回もパターン化されると話が少し違ってくる。しかも毎回こうなわけじゃなく、きちんと後ずさりして面倒だと思った相手には逆に踏み込んで無力化させようとする。

 戦闘狂といわれる理由が、その実際の戦いでこれでもかというぐらいひしひしと伝わってきた。 

 流石にこの数と被害を考えると、動きにくい場合もあると思ったジークとシグマ達は、さっさと気絶させると方針を変え、一斉攻撃をしかけた。バレンにとってその行動は不意打ちだった。しかしシグマ達にとって不意打ちならそれはそれでこした事はない。この作戦はうまく行き、バレンが目に見えてわかりやすく驚き、ダメージが入る。

 何度も一斉攻撃をし、よろけたバレンに最後の一撃をジークが与えて、ようやくバレンは気絶し、倒れた。

「ふう……。なんとか気絶したわね……」

「……」

 気絶し服も体も半分くらいボロボロになっているバレンは、うつ伏せのまま全然動かない。


「世話になったな。ジーク・レターニアだ。そこにいるイリーナと同じで、フェルミナ教の信者だ」


「こちらこそ。世話になった」

「でもどうしてレリクスに?」

 ようやく落ち着いて話ができる、とバレンを見て思ったジークがシグマ達の方に向き、手を伸ばしてくる。そしてイリーナの知り合いという事はフェルミナ教の信者だと言わんばかりに、自分の職種を皆に説明した。

「この場所自体に用はないが、たまたま近くを通りかかってな。少しここの宿屋に泊まっていた。ベアトリウスを去ろうとした時にそこのバレンと出会った。……俺の方はいい、こんな人数を引き連れて何をしているイリーナ」

「わ、私はそこにいるシグマという人の手伝いを……」

 フェルミナ教の信者でありながら、なぜそんなに戦闘能力があるのかという疑問はあったが、ジークからしてみればイリーナの存在の方が珍しいらしい。布教活動をしているとしか本部には届いていないだろうが、そんなにだろうか。

「シグマ?」

 ジークはイリーナの手を目で追い、シグマまでたどり着く。

「シグマ・アインセルクです。大火事事件の再調査をしています」

「ああ、なるほど……。合点がいった。どうりでベアトリウスの奴らと行動を共にしていると思ったら。変だと思ってたが、そういう事だったのか」

「……」

 イリーナがノーシュ人なのはフェルミナ教の人達やシグマ達は既に知っている事である。ジークは最初からベアトリウスの人間と行動を共にしているのが不思議だったらしい。その疑問が解けたようだ。

「バレンと戦う羽目になったり、お前達と出会ったり、今日は変な巡り合いだな。そのうち何か起きそうだ、それこそ大火事事件の犯人が見つかるとかな」

「……」

 シグマは自分が一番気にしている事をいきなり言われたので、変な表情が出ないように顔を固めジークの事をじっと見つめていた。

「しっかし、よくバレンと互角に戦えたわね。戦闘狂で有名で、身動き取れなくしてたのに」

「ふん、俺も祖国で兄弟が騎士団にいる。昔はよく修行をしていた。信者だからって戦わないと思ったら大間違いだ」

「そう……」

 にしてもとアイカは思ったが、それ以上は聞かない事にした。面倒だと思ったし、話が長くなると思ったからだ。今はバレンの事だ。

「あんたのおかげで助かったのは事実や、ありがとな!どうせ急に攻撃してきたんやろ?」

 ずっと礼を言いたかったマルクがアイカの前に出てジークに話しかける。

「ああ……宿屋から出てきて、何やら嫌な気配を感じた直後に町のあちこちで爆発した。幸い1回で済んで犯人もすぐにわかったから被害は少ないがな」

「ひぇ~……は、早い……」

「本当に助かった。寸前の所だったな……」

 たまたまジークが宿屋にいて、外に出たらという状況だったらしい。なんという幸運。いや、ジークがレリクスにたまたまいたことよりも、ジークがレリクスを後にしなかった事を喜ぶべきか。ちょっとでも時間がずれていたら、レリクスは今以上の被害が出ていた事は間違いない。そうならなかったのはジークのおかげである。とてもありがたい事だった。


「……」


 そんな時だった。

「!」

「うおっ、こいつ!」

「エドガー!」

 今までずっと気絶した振りをしていたのか、つい数秒前に起きたばかりなのかはわからないが、バレンは急に飛び上がり、そのままずっと自分を見張っていたエドガーに攻撃した。エドガーはギリギリの所で回避したが、その光景を見てベリアルとジークが戦闘モードに切り替える。

「ッチ……」


「何ッ!?——ッグォオオオオオオオ!」


「……え?」

「し、死んだ?……」

 ジークがバレンを抑えるために放った魔法弾は、もろにバレンに命中した。しかしこの叫びよう、バレンにとって致命傷だったらしい。急に起きて飛びあがったのはなんだったのかと思うくらい、ぴくりとも動かなくなり、そのまま再び地面に倒れた。

 ただし、絶命した状態で。

「(やはりあの時点で致命傷だったか……。とどめを刺すつもりはなかったんだが、タックルぐらいじゃあ気絶しないだろうしやむを得ないか……)」

 ジークは心の中で、ダメージの蓄積が体に反映しない奴だと思いながら苦虫を噛み潰す。心の中で自分が処理をしなくてもいつかまた誰かに迷惑をかけていただろうと思い、自分がした行動を納得させる。

「おい、これベアトリウス的にどう処理するんだ?」

「う~む……」

 ルーカスはこうなったらどうするのかが気になり、ベリアルの方を向いてバレンを指さして質問をした。

「結果だけを見れば死を望んだだけにもとれるが、ジークの攻撃は予想外だったようだし……」

「おいおい、普通に死亡と報告して終わりだろ。何を悩むことがあるんだよ」

 自分がやった事じゃないだろ、とマキナに言うエドガー。責任問題にはならない、と言いたいようだが、マキナはベアトリウスで死亡した事を気にしているである。全くこいつはわかっていない。

「バレンはアレスハデスにしか居場所がないような典型的な奴だったんだ。あのような奴を何とか更生させるのがあの監獄所の目的だ。そんな奴が死んだら、悪はどんな物だろうと更生できないと認めてしまうようなものだろうが」

「知るか、作ったのは元々国だろ。欠陥品を処分したぐらいで何を言ってる」

「(け、欠陥品……。まぁ、否定はできないわよね。バレンもダグラス出身、いつ戦闘狂だったのかも不明だもの……)」

「っち、悔しいが普通に報告するか……」

「おう、そうしろそうしろ」

「(こいつは全く……)」

「(なんだよ?何も間違ってないだろ?)」

「「(ふんっ)」」

 マキナは死んだバレンの肩を担ぎ現場から遠ざけようとする。途中まで運んだら部下に運ぶのを交代させた。

 ベアトリウスの国としての課題。その一つは、ダグラスをどうするかだった。ダグラスその物を何とかするという議題よりも、その後の他の町の住民に被害が出ないようにするにはどうするか、という点でもめていた。エドガーは自身の境遇とベリアルという恩師から影響を受け、典型的な嫌なベアトリウス人になりつつあった。マキナは一度エドガーの育ちを書類で確認しており、どうすればましになるのか定期的にベリアルと話し合っていた。だからこそ、シグマの素直な姿勢に惹かれ応援していた。


「じゃあな、イリーナ。他の奴らも」


「あ、はい。ありがとうございましたぁ~」

「(こんな所でノーシュの今を見るとはな。30からどう立ち直ったんだか……)」

 ジークは別大陸の出身で、なおかつ全世界パトロールみたいな事をしているらしく、話した通りレリクスを後にし、どこかに行ってしまう。余計な事もあまり喋るような人間ではなく、淡々と仕事をするマキナみたいな人間だった。しかし、マキナと比べて心の中で色々考えこんでいる節が見える。


「マキナ、ジェイド。俺達はこれで帰るぞ」


「ああ、好きにしろ」

「また城で……」

「待て!本当に大火事事件の事何も知らないのか?」

「シグマ……」

 バレンを運び、ジークがレリクスを後にした。残るのは追いかけてきた我々のみ。だからこそ、ベリアル達まで帰ろうとした時、シグマは思わず立ち止まらせてしまった。どうしても聞きたかったから。

「……ふっ。聞きたいならいつでも城に来るといい。だが、まずはこの町の住民に聞き終わってからじゃないのか?」

 そんなシグマを、ベリアルは面白く思いながら、優先順位が違うと思うぞ?と冷静に告げた。

「……」

「お前にあーだこーだ言われるとうぜぇから今のうちに言っておくけど、俺もお前と同じで当時はガキだったからそもそも犯人候補ですらない。本当にいるといいがな、大火事事件の犯人ってのはよ。完全犯罪成立寸前だぜ?」

 辛い過去を持っている人間には優しいのか、エドガーは大火事事件について素直に意見を言った。シグマにとってエドガーの言葉は意外だったが、さっさと帰るのを見て、自分が止めた事は失敗だった事に気づき、その方が嫌だった。

「シグマ……」

「(まだだ、まだ諦めるのには早すぎる)」

 自分は絶対に見つけてやると意気込んで旅に出た。しかしそのやる気は、徐々に下がっているのを自覚していた。本当に何も見つからないからだ。なぜあのままベアトリウスまで追いかけなかったのだろう、とシグマはランドルフ達の事を思う。しかし、これで諦めたら自分はただの城で育った都合の良い人間ではないのか。なんのために騎士として鍛錬を積んできたんだ。

 人としてのプライドが、シグマを支えていた。

「では、ノーシュの皆さん。僕達もこれで」

「バレンの事はきちんと運んでいく。引き続き大火事事件の調査をするといい」

 マキナとジェイドもここには用はないとレリクスを去っていく。

「(本当に見つかるといいがな)」

 マキナはシグマを陰ながら応援しながら、自分の仕事を処理する事に切り替えた。

「……レリクスに来た以上は調査はしよう。一応な。話を聞くだけなら休憩しながらやってもいいんだ」

「(まずいわね。流石にシグマのやる気が落ちてきてる。なんとかしないと……)」

「~~~~っ」

「(やれる事は何でもしましょう。犯人がいそうな家を探すとかでも何でも……。隠れているのはわかっているんですから、まだ諦める状況ではありません)」

「(犯人、どこにいるんだろ……)」

「(シグマさん……)」

 シグマは首を下に向けていた。手は握りこぶしを作っている。何もわかっていない。ただそれだけなのに、無性に腹立たしかった。自分は何も間違えていないはずだ。ゼルガの一件に付き合った事も、エドガーに言った事も、自分の本心からそうしようと思って出た事で、初めてベアトリウスに来て教えれられた通りの国だとつくづく思った。この経験はのちに糧になるだろう。だからこそ、結果が出ていない事が次に進める事を拒否していた。休憩したくても悔しくて足が出ないのだ。




「(くくく……面白い物が見れましたねぇ!戦闘狂バレン!フェルミナ教のジーク!両方とも知っている人は知っている大物ですよ!なんて運が良いんだろう私は!)」

 マルクがシグマの肩を手を置いて、酒場で休むのを促した時。は一人、ジークとバレンが戦っていた一部始終をずっと黙って見ていた。もちろんシグマ達はネイナスの存在には本人が気配を刑しているのもあって気づいていない。

「(これだから、ベアトリウス帝国はたまらないんですよ!なにっが起っこるかなぁ~♪)」

 レリクスに来たのはたまたま、そこでシグマ達やマキナ達と出会ったのもたまたま。

 偶然に過ぎないが、ネイナスはベアトリウスで起きる事件に、心の底から愉しんでいた。彼は人の感情が高ぶるのがなにより好物だから。

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