第3章:見えてきたもの14
「——ああ、その通りに頼む」
「わかりました。国としての方針は変わらず、警備は強化しろと」
「……それと、今回が初めてになるのかな、ノーシュからお客さんだ。 大火事事件の調査に来たんだと」
「ノーシュ?大火事事件?」
監獄所内に入る。アレスハデスは、典型的な岩の刑務所で、牢屋も黒く塗られた鉄の檻で出来ていた。灰色で、夜はさぞかし暗いと思う。しかしその暗さが、犯罪者達に何もさせないでいるんだろうとも同時に思う。
シグマは、マキナとジェイドに案内されて受付の前に険しい顔で出た。許可証を手に持ちながら。
「初めまして、シグマ・アインセルクです」
「——ただ話を聞くだけだ。暴行などが起きないように、念には念を入れて私も同行する」
どうやらマキナは自分で仕事を追加したらしく、わざわざおせっかいをかけてくれた。
「なら、どうぞご自由に。ここにわざわざ来たという事は何を言われるのか理解しているのでしょうし」
「……ありがとうございます」
受付の人は、なんだ、そんな事でしたかという顔で、淡々と処理をした。この反応が、自分達の存在が大したことじゃない証。まぁ、凶悪犯罪者専用の牢獄に来ているので、スイッチを完全には切り替えられていない自分達が悪いとみるべきだろう。
「歓迎されていないなぁ……」
「当たり前やろ」
メイがぼやく。それにマルクが返す。
「ベアトリウス帝国がそもそも自分達がナンバーワンだと思ってるからこうなだけで、庶民はそこまででもないはずよ。兵士まで変な帝国イズムを継承しなくていいんだけど、そこは従順な人ばかり集めた結果かしらね」
「今更自分の国のやり方にとやかく言うつもりはないが、ここは監獄所。ベアトリウス帝国にとって重要な場所だ。歓迎される方がどうかしているわな」
「でも、ダグラスのような結果にはなりたくないんですが……」
イリーナは自身が思っている心配を素直にルーカスぶつけた。
「それは祈るしかないな。俺やアリアならまだしも、シグマ達ノーシュにとってはこういう場所に来るのはほぼ勉強みたいなものだろう。成人している以上はこの程度やってくれないとな。なぁに。俺達がついているんだ。何かあったらすぐに助けるさ」
自分達の領地に自分達の兵士がいる以上は、ベアトリウスはノーシュに気を使う必要はない。本来このように、不機嫌そうに仏頂面をしているのが普通なのだ。ノーシュを含め、ベアトリウス人と言えばこういう顔をするとよく知られている。
「あたしも流石にここには来た事がなかったわねぇ……」
「ほう、そうなのか。プライベートで1回はと思っていたが」
マキナが意外だなとアイカに返事をする。
「耳にする情報が碌な物じゃなくてね……。中には子供に言えない事もあるし」
「犯罪者というのはそういうものだ」
「お二人って同期だったんですよね?当時は何をしていたんですか?」
「普通に仕事していただけさ。あの時はまだ騎士としての誇りが皆にあったなぁ……」
「当時から既に欠片みたいなものだったけどね」
「そうですか……」
マキナのしみじみしつつどこか諦めた顔をしたのを、イリーナはまじまじと見つめていた。一方、アイカは普段と変わらない表情をしていた。二人が並ぶと、軍人としてきちんと体を鍛えた事がよりはっきりとわかった。二人の後ろ姿は別れても友情は不滅。そんなメッセージを感じた。
「おい、大火事事件の調査に来たんだろ。さっさと地下に来い」
「あ、はい!」
ジェイドがシグマ達を呼ぶ。
「急かすなぁ……何がそんなに嫌やねん」
「犯罪者を他国の人に見せるのよ?王子なんだから良い思いしなくて当然だと思うけど」
「昔はもっと余裕があった気がするんや」
「だったらその余裕がなくなったんでしょうね、年月を重ねるにつれ」
「はぁ……ベアトリウス帝国も扱いが面倒くさくなったなぁ……」
「……ふむ」
ジェイドが王子として不機嫌になるのはわからなくもないが、ここまで雑になることはないのではないか、とシグマ達は思っていた。シグマ達ノーシュ人だって犯罪はするし、牢屋だって見た事がある。この監獄所内の独特の空気が彼をそうさせるのだろうか。
「シグマ……」
「うん、一つ一つきちんとやっていこう……」
「あ、あの……私は……」
「あ、無理しなくていいからね、マイニィちゃん」
「は、はい……」
マイニィは社会勉強のために、大人しか入れない所でもなるべく連れて行かなければならない。セレナ王女との約束である。
アレスハデス監獄所は三階建てだが、地下もある。地下は穴を掘れないように周囲は石で囲まれている。硬く掘りに利用できそうな物はとにかく禁止らしく、食用のスプーンでさえ鉄じゃなく木を加工した物を使っていた。地下の様子を見て、シグマ達はすぐに大きな声を地上に届かないようにするためだと理解した。自分達がいるから大声は上げないだろうが、定期的にここにいる犯罪者達はいわゆる扱いが面倒くさい事をよくするのだろう。
「ついたぞ。探すなら探せ」
当たり前だが、部屋と受刑人には番号がついている。地下なのでわざわざ深く掘ってはいなかったが、少なくとも百人は収容できそうだった。ぱっとみ三割から四割ぐらいがいる感じだ。勘違いしてはいけないが、牢屋自体は二階三階にもある。でも、そこはわざわざシグマ達が入るようなところでもないんだろう、こうやって直接地下に案内された。
「よし、やろう……」
マキナ達と並行して、シグマ達のこのアレスハデス監獄所での調査が今まさに、始まろうとしていた。
調査はいつものように、殆どは知らないの一言で終わった。だが、たまに大火事事件の事を知っている人がいて、そういう人がいたら深く内容を掘り下げていくように接していた。心の中では思ってても、余計な事は言わずに、淡々と。おそらく犯罪者達にはお互いにお互いの感情が顔に写っていただろう。
「大火事事件、か。あの時はたまたま近くにいたぜ。当時盗賊だったけど、仲間内でもレオネスクを放火する計画なんて聞いたこともねえな。
「そうですか……」
だが、あくまで知っている人がいるだけで、肝心の犯人像は素早く逃げたという当時の状況を報告する書類に書かれてある通りの事を言われてこれで何回目だよ、と辟易していた。また、性犯罪者や精神が若干不安定でで定期的に発狂し冤罪を主張する者や、女性、完全にアリバイがあり数秒で会話が終わってしまうものなど、会話の内容の薄さと濃さにかなり差があった。
「……」
全体的な時間はそこまで掛からず、二、三時間で作業は終わってしまった。しかし、決して悪くはなかった。当時近くにいて盗賊が計画した事じゃないという言質をとれただけでも進歩だった。
「う~ん……。アレスハデスっぽい情報は得られたけど、犯人っぽい怪しい人物はいなかったわね……」
「まぁ、そういう奴は今は刑務のせいでこいつらとは離れてるはずやからな。仲間が似たような犯罪をしていたとしても、ここには近寄れないから、いなくても不思議じゃあらへん」
「でもどうするんですか?ここにもあまり有用な情報は得られなかったという事は、そろそろ軍人の元に……」
メイがジェイドをちらっと見ながら話す。
「いや、もう少し探そう。犯罪者にいなかったのならあの大火事事件は本当に特殊な物だという事だ。おそらく犯人は、今でも一人で行動している可能性が高いだろう。それも、知り合いでさえ教えていないような」
「どこかに
それが出来たら苦労しないのである。しかし、どうしてもいなかったら一度はやる必要はある。徹底的に。
「何日も引きこもっとるとは思えへん。バレずに生きているのは間違いないけど、だからって神経を使わない生活を送ってるわけでもないやろ」
親しい人間にも自分が犯行した事は話していないはずや、そこをあたるしかない、というマルク。
「私が怪しい一軒家でも探すか?」
マキナが手助けを提案する。
「どうだろう。大火事事件というワードをぶつければすむ事だからな……。試してみるか?俺達の様な、いかにもな奴よりも、子供言わせた方が唐突すぎるから判断しやすいぞ」
リアクションを見て、その反応でアリかナシかを見る。そういう方法もある。
「肝心なのは誰かが見ていなきゃいけないって所で、その時点で警戒されるんじゃないかって事だが」
「あの事件を起こす時点で普通の人間ではないからなぁ……。一般人をあまり相手にせずに捜索するのは正解だな」
「……とりあえず、ダグラスに戻りましょうか。悔しいですけど、ここもなしでした」
「そうね……」
候補は少なくなってきている。次はどこに向かおうか、そんな時だった。
「ヒャッハアアアアアアアアアアア!」
「な、なんだ!?」
唐突な叫び声と、バァンという音。どたどたという走る音が、
「ま、マキナさん、大変です!バレンが、バレンが逃げ出しました!」
兵士がすぐに状況を報告しに来てくれた。
「何ッ!?」
「バレンって?」
「バレン・フェルディナンド。戦闘狂で、破壊主義者な男さ」
「ジェイド王子……」
ようするに、トンデモ人間が無理やり牢屋を壊して逃亡したらしい。わざわざ地下に作ったというのに、逃亡者が出たのか。シグマ達はマキナを含め、ちょっと落胆していた。
「なんでそんな奴がこんな時に脱獄なんてするんや!?」
マルクがキレてジェイドに言う。
「そんな奴だから、専用の部屋に入れていたしきちんと不自由にしていたさ。放置していたら何をするかわからないからな。しかし脱獄したという事は……」
「――老朽化、だな」
ルーカスが今回の原因をさらっと言った。
「今になってか?メンテナンスは何年か事にやっていたはず。なんて不運なんだ……」
「だから人員は増やすように決めたんじゃないですか。アレスハデスは多すぎるぐらいがちょうどいいって」
方針でもめたのはこういう事を起きないためだったのか、ジェイドがマキナに会議の判断に納得してない感じをぶつける。
「っち、面倒だがやるしかないか……。おい、私はバレンを捕まえに行く。お前達はそのままここの強度修復にかかれ。人員はいずれ来るから心配するな」
「わ、わかりました!」
「マキナさん、僕達も……!」
「ああ、来てくれると助かる」
「早く後を追った方が良いか。人も多い今がチャンスだな」
「行きましょう!」
「は、はい!」
「……まさかあいつが犯人なんじゃあ」
「ありえないわね。あいつ話が通じないわよ?」
「なら違うか」
受付に別れを告げて、シグマ達は急いで監獄所から外に出る。
「……」
「(シグマ……)」
そして、今起きたハプニングに、良い気分転換になってほしいという期待を込めた。シグマ達の再調査の旅は、色んな町で再調査をした結果、犯人が特殊な人間だと結論が出ようとしていた。
「み、皆さん!」
急いでバレンを追いかける。逃亡先がダグラスを通ったことが分かったので、必然的にダグラスに戻ってきた。シグマ達にとってこれは幸運だった。知ってる町だったから。しかも最近来たばかりの。
「あ、マキナさん!来てくれましたか!」
「バレンか!?」
「はい……つい先程、ここを通り南のレリクスに向かったんです……」
「レリクスに!?くそっ、しまった……」
「何か問題でもあるのか?」
マキナが頭を抱える。バレンはダグラスを通って、レリクスという町に行ってしまったらしい。こうしている間にも距離が離れていく。急いで説明しなければならない。
「いや、単純にバレンがここダグラスを避けた事がわかってな。まずはダグラスで好き勝手に攻撃するだろうと思っていたが、甘かった……」
「レリクスってどこにあるんですか?」
「ここから南東にある町よ。一応、ベアトリウスで最も南にある町。さらに南下していけば海よ」
「という事は、このまま逃亡するつもりですね……」
「そんな……」
まぁ、何年も捕まっていて、殆どあの牢屋で一生を過ごすであろう人間がやる事と言えば、新天地でのやり直ししかない。仮に自分の事がバレたとしても、隠れればいいという考えだろう。しかし、ベアトリウスにとってそれは、成功してしまえばやらかす事を意味している。逃すわけにはいかなかった。
「そんなこと、させへんで!」
「ええ、今すぐレリクスに行きましょう!」
「はい!」
と、走ってダグラスを後にするシグマ達。
「――お、お前らは!」
「……また会ったな」
であったが、城から戻って来たらしいエドガーとベリアルに鉢合わせをした。
「バレンが逃げ出しました。ベリアルさんもぜひ捕まえるのに協力してください」
「何?バレンが逃げ出しただと?あそこは厳重にしていたはずだ……」
ベリアルが冷静に逃がす前の状況を聞く。
「半ば無理やり突破したんだ。魔法を使って破壊したようだ……」
「老朽化か?あんな奴を閉じ込めるための監獄所だろう、何やってるんだ……」
「……昔のベアトリウスに言え」
「っち……」
これから二人で何かをするつもりだったようだが、突如ベリアルはシグマ達に背を向け、わかりやすく自分が今やろうとしていた事を変えた。
「師匠、本当に行くんすか?」
「当たり前だ。脱獄犯が他国で好き勝手暴れたなんてニュースになったら何を言われるかたまったものじゃない」
「ちぇっ、せっかく故郷に最後の別れをしに来たのに、まっちまったか。……お前らも来るんだろ?もたもたすんじゃねえぞ」
「言われなくてもすぐに行くよ」
状況が状況だ、と言い、自分達を無視してさっさとバレンを捕まえに行こうとするベリアル。とそれに付き合うエドガー。
「ふっ、一人を捕まえるのにとんだ大所帯だな」
ルーカスはバレンを追った二人を見て、ちょっとお気楽な気分でいた。
「そう?老朽化で脱獄なんて、早く解決しないと第二第三の脱獄犯が出るんじゃないの?そしたら今いる人数も分散するわよ?」
「それは俺も理解している。結果として俺達がいたのはアレスハデスの兵士達にとっては幸運だったな。多少は抑止力になったんだろう」
「アレスハデスがきちんと運営されているかは、後で確認するとして……」
「ああ、今はとにかくレリクスに行ってバレンを捕まえるんや!」
「やれやれ……大火事事件の情報は得られませんでしたが、とんだ事になってしまいましたね……」
「レリクスはここから南東。とにかく南に行けばいいわ」
「ダグラスとアギスバベルの間にある街道を南下すればいいんでしたよね?」
「ええ、間違えないように行きましょう」
自分やマキナ達がいたのに、あっさり逃亡が成功してしまったという事は、バレンという男は高い戦闘能力を持っているという事だ。老朽化に気づき、その時から事前に計画もしていただろう。頭は回るタイプだ。
久しぶりの戦闘を覚悟しながら、シグマはこんな大人数で移動する以上は、成功してほしいが、逃亡以上のハプニングが起きるとは限らないため、周囲を警戒しながらレリクスに向かって走って行った。
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