第3章:見えてきたもの13
アレスハデスの場所はウェイジー地帯にある。暗く、静寂の森と呼ばれる、静かで魔物がただ住んでいるだけのような、神秘的かつホラーチックな風景。そんな所に、ベアトリウスの犯罪者収容施設はある。陰鬱な感じもするが、別にそういう気分にさせたいわけではなく、そういう土地にあるというだけなのだ。
「ここが、アレスハデス監獄所……」
シグマがその建物を見て思わずあっけにとられる。アレスハデスは、そりゃあもうわかりやすく大きく、わかりやすく線引きが引かれ、管理されているものだと理解できるように色々説明書きされている紙が貼られてあった。
「わいもこんなとこ初めて来たで。ほんま殺風景やな」
「……こうでもしないと犯罪者が黙らないのよ。ここがどういう所かは散々ダグラスで話したでしょ?」
「それはわかってるんやが、こんな誰も来なさそうな所に住んでるんやから、働いている人はご苦労様だと思ってな」
「それは同意ね」
決して馬鹿にするわけじゃないが、犯罪者の中はなるべくしてなった人が多い。もちろん、仕方なくなった人もいるので、そういう人とは分ける必要がある。人を売り罪を軽くしたり嘘を言っている人はより厳しい所に連れていかれるのだ。このアレスハデスは、その特徴上、凶悪犯罪者しか入っていない。いくら騎士だとはいえ、警戒する必要はある。
「……」
ルーカスは珍しい所に来たので今のうちにじっくり見ておこう、と心の中で思っていた。
「それで、後はこの中で調べるわけですけど……。ほ、本当にやるん……ですよね?」
イリーナが嫌そうにつぶやく。
「まぁ、そのために来たんだし?」
「私がフェルミナ教だって事は、伏せてくださいね……後々面倒なので……」
「わかってるって」
フェルミナ教でさえ救えない者達がこういう所にいるのだ。だからこそ、イリーナがいるというのは偽善のように見えてしまう。
「ねぇ、あれ……」
「え?……」
メイが何かを見つけ、その方角に指を差す。
「あれって……」
「マキナと……男の方は誰や?」
マキナと、エドガーとベリアルでもないベアトリウスの男が、部下と何か話し合っている。
「俺もわからないが、おそらく服装からしてベアトリウスの王子だろう。なぜこんな所にいるのかはさっぱりだが」
「こんな所だからでしょ。おそらく、なにかしらの手続きとかでどうしても国に話さなくちゃいけない事があったんでしょ。それでたまたま現場に来たと」
男は服装が装飾でいっぱいだった。といっても、人に見せびらかすような煌びやかな物ではなく、威厳と歴史が感じるような、かっこいい服。いわゆる軍服だ。それを男は着ていた。
「でもどうします?マキナは安心してますけど、よりにもよって王子と鉢合わせだなんて……」
「う~ん、そうねぇ……」
自分達の事は知られているらしいが、だからって目立つ行動はしていいわけじゃないし、するつもりもない。だからこそ、王子らしき人物に知られてしまうのは、今後の行動に影響を与えるので慎重に判断を下す必要がある。
「んなもん、堂々と説明するしかないやろ。向こうが何日いるかもこっちはわからへんのやぞ」
「……そうするしかないわね。隠れる所も無いし」
「では俺から話してみる」
「頼んだわ」
先程ダグラスでやらかしたばかりなので、シグマ達は慎重に警戒しつつマキナ達の前に歩き出した。
「——そろそろ他の刑務所に移動させてもいいのではないか?何人かは模範囚になっている人間がいる」
「……気持ちは理解できるけど、アレスハデス刑務所は1度入ったらどんな罪であろうと軽減できない。そういう仕組みで作ったんだ。これからの国民へならまだしも、既に実刑が出てしまった人への軽減は、混乱や嫉妬の点から考えても不可能だ。……たとえ独裁によるやらかしで生まれた物だったとしても」
「はぁ……っ!国は罪を認めているのに無効にできないとは、法はなんのために存在しているんだ!」
「ええ、その通りですよ。ですが、アレスハデスに入れられる人は元々重罪限定。ここに入れられてようやく改心する人が大半なのに、甘く出来るわけがない」
「っち……。こういう所だけきちんと作りやがって」
「すみません……」
「謝るな。ジェイド王子が悪いわけじゃない」
マキナはいつも通り、来るべくしてアレスハデスに来て、するべき仕事をするために雑務をこなそうとしていた。しかしその内容は、どう考えても王族が必要だった。だから、ジェイドという王子が傍にいた。
「——久しぶりだな。何やら忙しいようで」
「お前は……ルーカス!」
「知り合いなんですか?」
「あたし達もいるわ」
「お前達……」
シグマ達がマキナを初めて見て驚いたように、今度はマキナがシグマ達を見て驚く番だった。マキナはアレスハデスには流石に来ないだろう、しかも仕事中に、と思っていたらしく、意外な人物を見るように目を丸くした。
「話は早い方がええやろ。ほれ、大火事事件の調査許可証や」
マルクは、シグマが持っている許可証を強引に奪ってマキナとジェイドに見せた。そして見せた後すぐにシグマに返した。
「……こんな所に犯人がいるとでも?」
ジェイド王子が若干苛ついて話す。
「残念な事に、最有力候補だったダグラスにはいなかったんや。犯罪者をいっぺんに調べるならここが一番効率的やろ。別にわい達は、あんた達軍人を調べてもええんやで?当時何をしとったんかは、はっきり自分の口で言ってもらわんとこっちも信用できへんし」
「見てわかるでしょう。私は未成年ですから無理ですよ。ただでさえ王子なのに……」
王子があんな事件を起こしたら即刻戦争になっている。そう言いたいらしい。まぁそれに関してはその通りだと思うが。
「ああ。せやからこんな所を調査しにやって来たんや。当然、協力してくれるんよな?」
お互いがお互いの事情を理解し合わないといけない。そういう状況だった。しかし、場所が国が管轄している所なので、シグマ達側が下手に出ないといけない。
「私は反対する理由がないから賛成しているだけだ。もちろん国として協力するという意味でシグマ達の味方、というわけではないが」
「マキナさん……。はぁ……わかりましたよ。私も協力します。ただ国としての仕事と並行でやらせてもらいますよ。あなた方は私情ですけど、こっちは国の運営なので」
許可は出したので、調査したいなら好きにすればいい、と言いたいらしい。犯罪者達にとっては少しうるさい感じになるが、相手は国の人間なので我慢するだろう。こっちも別に変な事を聞くわけじゃないので、うまく行く事を祈るしかない。
「そんなの、邪魔しないに決まってるじゃない」
「あ、アイカ!?お前までシグマ達の協力をしているのか!?」
「久しぶり~マキナ~」
「あ、アイカさんまで……。退役軍人で自由気ままに過ごしているはずでは……」
アイカの登場は効いたらしい。特にマキナに。二人はかなりわかりやすく態度を変えた。いや、変わらずにはいられなかった。元同僚かつ友人と、自分よりも年上な昔いた軍人。ジェイドにとってはまだ親戚の人みたいな立ち位置だった。偉そうに振舞えるほど実権を握っているわけではないので、敬語で話すしかない。
「自由気ままだからこそ酒場で出会ったのよ。マキナと毎回協力するわけじゃないんだし、軍人経験者は頼りになると思ってね」
「元気にしているなら私から言う事はない。しかしわかっているのだろうな、これが他の皆にでもばれたら……」
「まぁ、いい気はしないでしょうね。ジェイド王子の反応を見る限り、ギウル帝王は相変わらずみたいだし」
「……」
「ネールにはよろしく伝えといて。ベリアルとエドガーがあたしの代わりなのね、って」
「その点はゼルガが死んで人材不足だ。頭が痛くなってくるよ……」
「まぁ、愚痴ならたまに聞いてもいいわよ?」
「おしゃべりはその辺にしてもらおうか」
昔話に花を咲かせた三人だったが、ルーカスの言葉を聞いてアイカは会話を止め、マキナに手を振り、後ろに下がる。まだ具体的にどうするか話し合っていないのだ。
「……ジェイド王子。俺達は犯罪者達から調査したらすぐにここを出るつもりだ。余計な事はしない。約束する」
「国としては、そうでないと困る、ですかね。何か問題が起きたら面倒ですから。一人の人間としては、ええどうぞご自由に、かな。国として許可を出した以上は何も言いませんよ。ぜひ暴いてほしいぐらいだ」
ジェイド王子は祖父や父と比べるとかなり温厚な人として知られている。しかしそれは、祖父ウーザンが戦国時代に世界の覇権に失敗した事と、それを間近で見ていた息子のギウル帝王が影響を受け、ジェイドの育成方針を途中から変えたからである。ジェイドの王子に定着するはずだった覇王の気配は、道半ばという失敗と共にほんの少しだけその身にまとっている。
「これでも有力な情報が出なかったら、あんた達軍人の元まで行くんだぞ。今のうちに吐いておいた方が良いんじゃないか」
「ああ、確かにノーシュとしてはベアトリウスの王子の口から語れる情報は、すごく魅力的でしょうね。ですが無理です。たまにしか会わない人も含めて一斉に大火事事件の事を聞けだなんて、それこそ当時のノーシュがやるべき事でしょう」
ジェイドは淡々と自分の意見と返答を述べた。
「元々協力するつもりはあったのに、犯人の目星がついただのなんだのと勝手に悟って調査を中止したのはノーシュ自身じゃないですか」
「それはごもっとも……」
シグマは苦笑してジェイドに言い返す。
「——でも今、こうして再調査をしている!それは今だからこそしているんだと僕は思っています!いや、そう思いたい!」
そうであってほしいというのは、希望的観測に過ぎない。しかし言っている本人が一番理解しているのだ。わざわざ成人した自分のために調査をしなかったランドルフさん達のためにも、自分はやり遂げるしかないのだ。
「その話し方から察するに、君が、大火事事件の被害者か……」
ジェイドは自分と大して年齢が変わらないシグマを見て、
「~~~」
何かを感じた。おそらく王族という守られている立場に生まれた者と、一般国民という守られなかった立場に生まれた者の差異を。
「わかってる。きちんと協力するとも。許可証を出したのは決してなあなあではない事を、私が今から証明するよ」
「ほう。それじゃ、入らせてもらおうか」
マルクがありがたやーと言ってすてすてと監獄所内に入ろうとする。
「しかし幸運だったわね。マキナとジェイド王子がいれば調査がスムーズに進むわ」
「アリアさんとルーカスさんは、ジェイド王子の事知ってたんですか?」
「……名前だけはな。しかし、今日初めて話して、意外と普通の男のようだと思ったよ」
ベアトリウス人なら知っていて当然の人物である。もちろんノーシュでも調べれば今のベアトリウスにはジェイドという王子がいる事ぐらいは簡単に知れるのだが。向こうがセレナ王女について調べれば知れるように。
「まぁ、ベアトリウスの歴史を振り返れば、ジェイド王子の立場はねぇ……。正直同情する。あまり人の事言えないんだけどさ」
「独裁政治をやりつくした後のその後……。そう言い表されて、何年経つかしらね……」
「……」
「……ああ、ごめん。こっちの話。ベアトリウスにも色々あるのよ」
「色々……」
戦国時代は色んな国が影響を受けたので、みなまで言うなという空気が戦後あった。しかし、何があったのかは話さずにはいられないので、定期的に年下の人間に対して昔話をして継承をする事が良くある。もちろん今後の教訓のために。
「せや。色々あったんや。シグマ達はこのアレスハデスで、ベアトリウスの事をまた深く、そしてきちんと知った方が良いで」
「ええ。そしてそれが……」
「大火事事件の犯人に近づく……」
「……」
「どういう事なんだろう……?」
歴史を知るという事は地理を知るという事でもある。マイニィにはまだよくそれがどういう意味か理解できていなかった。
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