第3章:見えてきたもの11

「……着いたわ」

「ここが…」

「ダグラス……」

 九時過ぎに出て、辿り着いたのは午後を過ぎてちょっと経ったくらい。ベアトリウス人が口にする、ダグラスという町は、言われていた通り寂れ果てていた所だった。人によってはここで空気を吸うのも嫌になるくらい、どんよりとしている。

「ここは相変わらず空気が重いですねぇ……」

「……」

 マイニィは唖然としていた。

「酒ぇ~……酒はどこだぁ~……?」

「今はアルコール中毒者だけか?こんなものじゃないやろ、ダグラスは」

「ああ、犯罪者が取り締まられずに当たり前にいる所だ、ここで平穏に生きている住民は基本的に自宅かどこかに非難して生活しているはずだ」

「だから、外に出ているのは、ホームレスになっちゃってる不法者って事ね」

 国の人間が近づかないのも無理はないが、手を付けると言うより、ここ周辺の全てが面倒だから放置しているという状態なのだろう。たまに様子を見るぐらいはいくら何でもベアトリウス軍がしているはずだ。しかし、今の所ここダグラスをなんとかするつもりはないのは、ベアトリウス全体がダグラスを掃き溜めにしているからではないのだろうか。

「説明はその辺でお願い。こんな集団、目立つんだから、大人しくていないと」

「大人しくぅ?あのなぁ、俺達は大火事事件の調査に来たんやぞ、犯罪者だらけなんて逆にありがたい事やろが!」

 うろついている犯罪者に目を付けられないために大人しくしていようと提案するアイカに、調査している以上それはあり得ないというマルク。対応はここで分かれた。

「住民に被害が及ばなければ、ね……」

「俺達が巻き込むとでもいうとるんか?」

 マルクは引き下がらない。

「逆でしょ。本来なら刑務所にいれられるはずの犯罪者達にとっては、私達は捕まえに来たような物だもの。大火事事件の調査をしに来たって言ったら素直に従うだけマシな部類でしょ」

「アホクサ。だから犯罪者は嫌いやねん。全員捕まえて問答無用に尋問すればええだけやんか」

「……ええ、その通りよ。……ただ聞きたいだけなら、の話だけど」

「どういう意味やねん」

 今までヒートアップしていたマルクが、アイカの意味深な発言で冷静になる。

「色々事情はあるんだけど、昔はまだ見張りの兵士がいたんだけど、今は半ば放置状態にあるって事と、いくら犯罪者達でも大半が普通のベアトリウス人だから大火事事件とは関係がない可能性が高い。後は……そうね、このダグラスでは怪しい人物は分かりやすくて普通の一般人より凶悪な犯罪を起こしている犯罪者、っていうだけで、私達の目当ての犯人ではない可能性がある。だから今回は、犯人に近づくための調査と思って活動した方が良いわ。あの計画的犯罪をするような人が、こんな所を隠れ蓑にしているとは思えないから」

 隠れて生活しているはずの大火事事件の犯人がこんなわかりやすい所で生活しているわけないし、第一ご都合主義すぎる。ようはそう言いたかったようだ。

「よういうなぁ、昔は兵士が足りてたって言ってる時点で、人手不足なあんたらベアトリウスの責任やんけ。結果的に調査を難しくしてる事に変わりはないんやぞ?」

「それを言ったってどうしようもないわよ?誰もこの町をなんとかしようとなんて思ってないんだから。なんなら、下手に町の改善をしようとすれば、更生しましたとか言って犯罪者のための町になるわ。そしたらもう手が付けられないわ」

 犯罪者に話しかけるべきか否か。それが、ここダグラスでの重要な行動基準だ。見捨てられた土地で自由に動くべきなのかどうか、それはまだよく判別つかない。

「現に、外は好き勝手させてるって状態だし。まぁこれは関わらない方がいいからだけど」

「あまり言いたくはないが、アイカの言う通りだ。大火事事件に関係なさそうな犯罪者はすぐに候補から切り捨てないと。でないとシグマ、この調査は難航するぞ」

「そう、みたいですね……。周囲を見る限り……」

 同じくベアトリウス人であるルーカスが、アイカの発言に同意した。

 ――そんな時だった。


「いやぁ~すいません、ベリアル師匠。ちょっと実家が近かったもので、寄らせてもらってありがとうございます」

「気にするな。俺も久しぶりにここを見たかった所だ……」


「(あれは……今のベアトリウスの軍人!?なんでこんな所に……。どうやら部下の帰郷とその付き添いみたいだけど……)」

 アイカがエドガーとベリアルの存在にいち早く気づいて、どうしようか頭を回転させる。もちろんこの二人は、マキナの現同僚である。アイカはその事を知らない。そして、エドガーはシグマ達の事を見かけたので知っているが、シグマ達はエドガーの事は知らないのである。

「ねえ、あの二人の軍人、誰か知ってる?」

「いや、知りませんけど……あの二人がどうかしたんですか?」

「何か気になるのよ……」

「気になる、って……」

「……」

 アイカの言葉に、他の女性陣達もエドガーとベリアルの方を見やる。


「「!」」


「(バレたな)」

 マルクはため息をついた。

「――見かけない顔だな。こんな所にそんな大勢で何をしに来たんだ?」

「僕達は、大火事事件の――」

「ダメよシグマ!」

「むぐっ!?」

「何やってんのよ、事情をむやみに言っちゃだめって言ったでしょ!(小声)」

「そ、そうでした……(小声)」

 シグマが二人の方へ歩きながら説明しようとしていたのを、とっさに止めさせて距離を置くアリア。ベアトリウス側は、シグマ達調査グループの存在を知っているが、こっちがあくまで信頼しているのは、マキナとその友人で同僚だったアイカのみである。今の所二人がいれば十分なので、話しかける必要はないのだ。ゼルガの一件以降、警戒は最大限しなければならない。じゃないと足元をすくわれるのだ。

「わ、私達は旅の者で……この人達は途中で出会って、たまたま進行方向が同じだったので、それなら近くの町まで一緒に行こうと……」

「(イリーナさん、ナイスフォロー!)」

「ええ、だから怪しい者じゃないんですぅ~。ただ少しここで泊まりたいだけで……(あたし達は怪しい人を探しに来たんだけどね!)」

 イリーナとアイカが普段はしないぶりっこをする。

「そうか。でもわざわざこんな治安が悪い所に泊まるのか?そこまでお金がないなら多少出してあげる事もできるが」

「(や、優しい!?ベアトリウスにこんな優しい人がいたの!?)」

 アイカはベリアルの発言が予想外だったようで、驚きながら会話の様子を見ていた。この驚きようは、自分が知るベアトリウス人はこういう話し方はしないと口に出しているようなものだ。

「い、いえ、結構ですぅ~」

「そうか。なら金は出さんぞ。気を付けて過ごすんだな」

「師匠すいません、ちょっと久しぶりだから周囲を見てて……って。師匠、誰ですかこいつら?」

「(こいつはこっちに來るまで何してたんや……)」

「……」

 エドガーはずっとベリアルの方を見ていたらしく、シグマ達の存在には気づいていなかった。いや、たとえ気づいていたとしても、興味がないようだった。この口ぶりから察するに。

「ああ、エドガー。ちょっと旅の民間人と話をしててな」

「旅?」

 エドガーがシグマ達の方を見る。

「……。……!」

 そして、エドガーはシグマ達の中から自分が知る人物を発見し、その事をベリアルに報告しようとした。

「師匠、俺こいつら見た事あるっすよ(とくにシグマ)。こいつら(アリア達ベアトリウスグループ)は知りませんけど」

「何?」

 べリアルはなんでそんな重要な事を……と思いつつも、ノーシュにいた以上、自分が知らない奴と会っていても不思議じゃないという感じだった。

「(あたし達の事を知ってる!?)」

「(陰で誰かがついてきてた……!?いや、そんなことは……)」

 メイとアリアは、エドガーの発言に、危機感を感じ、鋭い目つきで警戒する。

「特にこいつ(シグマ)っスね。俺が修行していた時に見かけた奴っす」

「あぁ、なるほど……」

 ベリアルの頭の中でパズルのピースがハマる。

「(シグマの存在を知る軍人がいたか。でもそれはたまたまだったと。しかし気になるな。ベアトリウスの、しかも軍人が、修行のためにノーシュまで来ていただと?普通それ以外の可能性も考えるが、本当にそれだけなのか?マキナしか知らない俺達にとっては、敵かも知れない情報はありがたい。エドガーとベリアル、か。ここは入念に調べさせてもらおう……)」


「国民の悩みを解決するなんて、よくやるなと思いながら見てたよ」


「……なんだと?」

「!?」

 ルーカスは一人、どういう処理をすべきか悩んでいた。最悪攻撃する事も視野に入れていた。しかし、エドガーの発言に、シグマが苛立ったことで、そっちに意識が集中し、対応する事になった。

「詳しい事はそりゃあ知らねえよ?でもノーシュの騎士なんだろ?ならやる事はわかりきってる。感謝はされても、恩をあだで返されるかもしれないのに、ほんとよくやるよ。誉め言葉さ、俺達ベアトリウス人なら考えられないからな、そんなの」

「(わい達がアギスバベルから来たって事、わかってるんやろかこいつ……)」

 マルクは何言ってんだこいつと思いながらエドガーを見ていた。

「……騎士なんだから人を守り助けるのは当たり前だろ」

 そしてシグマは人として当然という返事をエドガーに返した。

「ああ、そうだな。でも俺達ベアトリウス人あんたらノーシュ人だ。立場が違う。……口の言い方に気を付けるんだな」

「軍人だったら、騎士より偉いのか?一般人を見捨てていいのか?反撃される可能性だってあるだろ」

 エドガーの明らかな煽りに、シグマはまだ我慢して怒りを抑えながら反論していた。しかし、段々抑えきれなくなってきている自分を自覚していた。

に来ておいてよくそんな事が言えるな。辺りを見渡してみろよ?皆犯罪者に関わりたくなくてびくびくしてるぜ?」

 エドガーは両手を広げ、犯罪者と警戒している貧乏な一般人の存在に意識を向けようと強調する。


「——だから、それをなんとかするのがあんた達の仕事だろ!」

 

 ここでついに、シグマがキレた。我慢ならなかったようだ。

「いいや、違うな。。この世界は弱肉強食だ、弱い奴なんて知らねえよ」

「……」

 自分の怒りを見ても、エドガーは止まらなかった。相変わらず軍と一般人の立場の違いを自分にアピールしてくる。なぜ同じ仕事をするはずなのに自分が思っている事と正反対なのか、シグマは理解できなかった。

「……そんな国だからゼルガが死んだんだろ(ボソッ)」

「おい、シグマ……」

 だから、思わず口に出てしまった。これを言ったら今度は向こうが怒るだろうな、と思う事を。隣にルーカスが静止させようとしているのを気にもせず、シグマはやすやすとエドガーの喧嘩の流れに乗ってしまった。


「あん?……もういっぺん言ってみろやぁ!ゼルガの野郎がなんだって!?死んだあいつの事をなんでお前が知ってるんだ、あ"あ”?」

 

 シグマの言葉を聞いて、完全に不良のそれの大声を出すエドガー。

「(あちゃ~……)」

「(しゃあない、切り替えよう)」

「えっと……えっと……」

 喧嘩が始まるか、と思っていたその時。


「——その辺にしろ、エドガー」


 エドガーよりも前に出て、ベリアルは冷静に、エドガーを落ち着かせた。

「ベリアル師匠……」

「うちのエドガーがすまなかった。こいつは少々好戦的な所があってな……」

「ああ、それは気にしないでくれ。うちのシグマも同じだ。こいつは少々感情が抑えられない所があってな」

「(ルーカスさん……?)」

「(話は合わせておいた方が良いだろ!)」

 どうやらベリアルは、エドガーの故郷らしいここダグラスでひと悶着起こすつもりはないようだ。ルーカスはまだ空気を把握しきれていないメイに、こっちに合わせろと強引に促す。

「そうか。エドガーが手を出しかけた事、お詫びする。すまなかった」

「……ふんっ」

「……(イラッ)」

「(期待しても、いいのか、な?)」

 エドガーとシグマが苛立っているのを横目に、アイカは久しぶりに信用できそうなベアトリウスの軍人を知れて、一人安堵していた。

「だが、ノーシュの騎士なら、ベアトリウス人とやり合う時は甘さを捨てるんだな。でないと足元をすくわれるぞ」

「師匠、なんでこいつに助言のような事を……(小声)」

「お前がどのくらいの実力かわからないくせに戦おうとしたからだ(小声)」

「す、すいません……(小声)」

「……」

 ベリアルがシグマ達に謝罪した後、数秒、沈黙があった。その間、ベリアルはエドガーに反省を促そうとしていたが、シグマ達からは、ベリアルがエドガーに顔を近づけたようにしか見えない。何か会話をしているのだろうとはっきり認識できたのはルーカスだけだった。ルーカスは何を話していたのだろうかと思いながら一人、二人の様子を見守っていた。

「では失礼する。ノーシュの人間がダグラスで何をするのか知らないが、あまり長時間いないほうがいいぞ」

 エドガーとルーカスがこっちに近づいてくる。どうやら首都のアギスバベルに帰るようだ。

「(そう言えば、ノーシュは大火事事件の再調査をしているんだったか。という事は、あいつ現騎士団長のランドルフと出会う可能性があるな……。あいつにも話したいことがある。久しぶりに会ってみたいが……暇が出来たら探すか……」

 ベリアルは心の中で、というノーシュの騎士団長の存在が気になり思いを巡らせていた。






「……行ったわね」

「はぁ~、はらはらしたで!——シグマ、何やっとんねん!あそこはケンカしなくていい所やろ!なに口車にのってんのや!」

 エドガーとベリアルがダグラスを去った後。シグマ達調査隊は反省会をしていた。主にシグマがやらかした事について。

「す、すいません、気が付けば言っていました……。ですが僕は悪くありません、あいつが、エドガーがノーシュを馬鹿にしたのが悪いんです!

「だからってあれは……。はぁ……さんざん忠告したのに、お前って奴は……」

 とっさの出会いだったから仕方のない部分もあるとはいえ、怪しい犯人にああいう会話をしたら相手の思う壺である。いいようにやられるだけなのだ。

「どうやら、既にマキナだけじゃなく、ベアトリウスの軍部全員に大火事事件の再調査の事は知れ渡っているようだな」

「そうみたいね」

「ま、まずいんですか?」

 メイがルーカスに質問をする。

「いや、こちらも許可を求めたんだしまずくはないだろう。それに、向こうはシグマ達だけで調査をしているんじゃなく、 ノーシュという国全体でやっていると思っているはず。向こうが国全体で調査していると思っているのなら、俺達としては好都合だ。警戒心が分散されるからだ。今の事だって国全体だと思っているからこそ手を引いたんだろうからな」

「国全体って……」

 シグマは自分達にしか再調査隊を派遣していないので、ルーカスの言ってる事がなんのことか理解できず、眉をしかめる。

「そりゃ当然、あんた達の先輩よ」

 気になっていたら、ランドルフ騎士団長達首都護衛部隊の事をベアトリウスは気にしている、とアリアが答えてくれた。

「だがあいつ……エドガーという男は違うようだ。あいつだけはそんなの知ったこっちゃないみたいだな」

「そうや、なんやねんあのエドガーっていう奴は!見た目はシグマやわいやルーカスとそこまで年齢が変わらないっぽいけど……」

「俺もエドガーなんていう男がベアトリウスの軍人になっているなんて、今ので初めて知った。マキナ以外の軍人……アイカも含めればネールも含めて6人知れたのは良い事だ。これを知れただけでも俺はダグラスに来た意味があったと思う」

「ええ、それにあのエドガーっていう男はここが故郷みたいだから、再び会う可能性があるわ。その時に最低でも大火事事件の調査は終わっていないと、何かやばい事がおきるんじゃないかしら」

 ベアトリウス人でも、エドガーという男が自国の軍人になっているという情報は知らなかったようだ。マルクが言うように、シグマのように若い顔立ちをしているという所から察するに、彼も成人して入って間もないのだろう。階級がどこまでかはわからないが。

「やばい事って?」

「そりゃあやばい事よ。あたしもそんなのわからないわ」

「……」

 アリアがあたしが知るわけないでしょ、という反応をする。そりゃそうだ。

「ここでの再調査をした結果、国がどういう報告、対応をしてくるかわからない以上、ここでの調査は早めに終わらせた方が良いみたいね」

「ああ、そうしよう」

 マキナがいるから一定の安心はある。が、これでベアトリウス内では自分達の再調査に協力するつもりはない、否定的な人間がいる事が知れた。この事はシグマ達にとって、予想出来ていた事であったが、相手がエドガーのような人間だと知ると話は少し違ってくる。嫌がらせを考えないといけないからだ。今はあのベリアルという男が今日で会ったようにまともである事を祈るしかない……。

「さっ、始めましょう」

「ノーシュの町でやった事をそのまますればええんや、さっきの事があったばかりなんやから、落ち着いてやるんやで」

「わ、わかってます……」

「(心配だなぁ……)」

 ダグラスに来て早々、暗雲が立ち込める。まだ、大火事事件について一般人に話しかけていないのに、だ。

 シグマとその協力者達は、やはりベアトリウスでは何かがあると心の中で思いながら、少しずつ前に進もうとしていた。

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