第3章:見えてきたもの10

 8年前。マキナ達がまだ新人だった頃。

「――以上。会議を終了する」

 マキナ・レトラーはいつものように同僚達と仕事をしていた。成人して新しいこの生活にも慣れ、余裕が生まれ始める時期だ。マキナ達女三人がベアトリウスに入って来たのは、最初こそ驚かれたがすんなり受け入れられた。……そうしなきゃいけない理由も、あるにはあるのだが……。

「やれやれ……難しい事ではないとはいえ、数が多すぎるな……」

「これらを我々だけで処理しろだと?明らかに人員が必要な任務もあるじゃないか……」

 戦国時代の置き土産。後始末。といわれて久しい時期。その影響をもろに受けているマキナ達とその少し上の世代の人達は、糞みたいな仕事をいかにモチベーションをそぐわないでさっさと処理するのか、そればかりを考えていた。いや、考えるしかなかった。そうする事が後々の未来の自分や後輩が楽できるとわかっていたからだ。

「どうやらギウル帝王は部下を使って迅速に処理しろ、って言ってるようね。それでも今回はちょっと多いけど」

「久しぶりに我々(騎士)だけで集まってみたらこれだ……。帝王はそんなに面倒事が嫌いか……」

「(周囲からは軍人と呼ばれ、仲間内では騎士と呼ばれる理由がこれか。我々の先輩方はなんとか王とうまく関係を築きながら、今日までやってこれたようだ。それも、私の時代で終わりを迎えたようだが)」

 今でこそ、ベアトリウス人が自分達の事を軍人と言うのは周囲の国々から認知されているが、元々はただの自分達の立場を自分で呼称するための文化的な誇示に過ぎなかった。昔はかっこいい英雄的な軍人がさぞ多くいた……らしい。警備をし、雑用をし、部下を訓練し、特殊な服装、業務形態で臨み、階級があり、トップダウンの組織で仲間意識があるこの仕事は、どうしてもマキナにとって、軍人よりも騎士の方がしっくりきていた。もっとも、マキナでもあくまで身内でのみそういう言い方をするのだが。

「あたしはこの、未納と財政についてやろうかしら。金の問題はうるさそうで誰もやらないだろうし」

「いつも助かるよ」

 アイカはいつも誰もやりたがらない仕事を真っ先にやっていた。というより、そうしないとマキナが手を出すから、負担を増やさないためにやるしかないのである。

「あたしはいつものように城内にこもらせてもらうわよ。こっちはこっちで色々やる事があるんだから」

「士気の低下と一時的な給料未払いによる一部の大量退職だっけか。わざわざ兵士なんてのをやるんだから、給料は高めにしないとな。今までと違ってさ。後は……」


「――ウェイジー地帯の農家の凶作についてだ」

 

 マキナがテーブルにあるとある一つの紙を掴み、皆に見せる。

「それは……我々だけでやる事じゃあ……」

「ああ、ベアトリウスに村がいくつあると思ってるんだ……」

「しかしやるしかないぞ。作物が育たなかったらどうなると思ってるんだ」

 皆、その件か……という反応。ベアトリウス人にとって広く知れ渡っている問題だった。

 過去、自然災害が起きて、凶作が起きたのはよくある事だ。それが超常現象的な力を使った意図的な物であろうが、なかろうが。よくある事だが、毎回決まって、やらかした者は責任を取らないのがこの手の厄介な仕事の特徴である。だから皆自分を優先する。そしてマキナ達のような人物にいつも苦労と負担をかけるのだ。

「……俺は自分の仕事を片付けたらやるよ。それに対してやるべき事は決まってるからな」

「今年だけたまたまあまり作物が育たなかったんだろ?なんで倉庫にまでいかなきゃならないんだか……」

「他の町や他国から仕入れてまで生活をしのいでいるのは事実なんだ。凶作による影響は調査しなければならないだろう」

「ああ、だからそれはマキナがやってくれ。馬鹿馬鹿しい話だが、軍部は倉庫にある備蓄でなんとかしのげるはずだと思っているからな。俺達がそれだけでは対応が不十分だという認識は既に一致してる。だがここまで他の仕事が溜まってるんじゃあ、行きたくても行けない」

「はぁ……私一人でやるしかないか……」

「頼んだ。状況を確認したらこちらですぐにしかるべき措置をする。なんとか一人でやっててくれ」

 ウェイジー地帯はベアトリウス帝国の北にある、農業に適した森林に囲まれた地域の事である。ベアトリウスは、北にはもちろん雪が降っている地域はあるのだが、それでも夏はそこそこ気温が高く、決して暑すぎる気温ではないので、古くから農業をそこで行ってきた。何年何回も兵糧攻め対策の砦をその周囲に作ってきた、歴史ある土地である。

「頼んだわよ、期待の新人さん」

 そんな土地が、今年だけ全体的にあまり作物が育っていないというんだから、緊急事態じゃなかったらなんだと言うのか。

「……。あまり乗り気じゃないな……」

「まあまあ、そういわずに。怒られるわけじゃないんだし」

「(多少の食料を用意しておいた方が良いか。どのくらい食料が足りないのかわからない以上、1か月分は必要か。それを運ぶ人員と金が必要で……報告したら立て直さないと行けなくて……ああ、頭が痛くなってきた……)」

 アイカが応援してくれているが、それでも面倒なものは面倒なのだ。首都だけたくさんある食料備蓄保管庫から荷物につめて、それを自分達の食糧兼村人にくばる予備の食糧として運ぶ。現場の状況を確認したら、また首都に戻って報告と手続きを済ます。皆でやれば楽だが、一人でやると面倒な典型的な仕事だった。マキナは自分がこれからするのを考えるのも嫌で、辟易していた。



 


 それでもなんとかしないといけないので、マキナは一人でウェイジー地帯の村に行く。途中、元砦で現倉庫になっている運搬の中間地点の所に行き、食料不足かどうかを確かめた。のだが……。

「なっ、なんだこれは!?本当に食料が半分以下に減っているじゃないか!」

 倉庫はいくつもあり、そのうち全部がそうだったわけじゃない。だけど、毎日少しずつ追加され、運搬の日に全部なくなる所倉庫が多数ある中、あきらかに量が少ない個所がいくつかあったのだ。自分達騎士はどのくらいの量を首都や他の町に出荷しているのかを確認しているので、目で見るだけで多いか少ないかを判別できるのだ。だからこそ、目の前の光景が信じられなかった。

「(まずい……町の人達が普通に生活できているって事は、配送を優先したって事だ。この量で村の人達まで生活するとなると、飢餓の危険性が……)」

 倉庫の中で一人ぶつぶつ呟いていたが、時間の無駄なので早足で外にでる。しかし、焦り、汗が出始め、地団駄を踏み始めた。

「(まずいまずいまずい!食料運搬が間に合わなあかったら、いずれここを狙って皆が来て、それで……奪い合いによる殺人……。既に定期的に盗みが行われている痕跡がある……。ここは第一倉庫区域だぞ、ここでさえあの状況って事は、他は……)」

 想像を上回る危機的状況だと認識したマキナは、迅速に現場に向かうために部下に急ぐよう命令した。

「おい、急ぐぞ!事態は思ったよりも酷い状況だ!」

「は、はい!」

「(くそっ、間に合ってくれ!)」

 しかし、マキナの必死な願いは、残酷な光景を目の当たりにする事で、叶わなかったのだと理解する事になる。





「た、助けてくださあああああああああい!」

「いたぞ!」

 予想的中か。ぼろぼろになっている村人がマキナの元へ走って来る。

「おい、大丈夫か!?食料を渡しに来たんだ! 」

「あ、ありが……とう……ございま、す……」

「おい、動いてくれ!頼む、おい!」

「……」

 急に眼をつむったので、死んだのかと思ったが、慌てず、冷静に、状態を確認する。……どうやら彼女は気絶しているようだった。ひとまずは安心した。だが……。

「くっ!被害状況はどうなっている!」

「もう、無理じゃよ……」

「何っ!?」

 マキナは村人に対して話しかけた。そして帰ってくる言葉は、老人の、否定する言葉。マキナは思わず切れ気味に返事をする。

「凶作が起きた時、我々村の人間はすぐに他の村にこの事を報告し支援を呼びかけた。始めは良かったが、だんだんそれが他の村でも起きている事を知って、渡した物が実はそれこそが自分達の村に必要な食料だと知って、慌てて戻そうとしたら……この様じゃ。既に死人が出ておる。わしら以外にも多く飢餓に苦しんでいる人がいる。子供は栄養失調じゃ。……完全に対応は遅れた」

「そ、そんな……」

 どさっ……と、全身に力が抜け、両膝が地面につき、うなだれるマキナ。

「……~~~っ。——だが、私には被害を最小限にしなければならない使命がある。通らせてもらうぞ!」

 ショックを受けて、しばらく動けなかったのは事実。しかし、何もしないわけにはいかないので、すぐに立ち上がった。泣きたいのなら全てが終わった後にいくらでも泣けばいいのだ。でも今は状況が許してくれない。

「してどうするのじゃ?この始末をどう処理するつもりじゃ」

「そんなの、後で考えるとも!この状況を見逃すほど私は落ちぶれてなどいない!」

「……なら頑張るのじゃな。この天災による飢餓、誰も止められん。おそらく森が繋がっているノーシュもそうじゃ」

「~~~~~っ。ふう……絶望するなら一人でしていろ。なんのためにここに来たと思っているんだ」

 絶望的な状況になっているのは事実なのだろう。しかし、体制が整っていて、見てくれだけは豪華に見える軍人という職業は、こういう人のために尽くしてこそ意味があるのだ。ましてや、食料という、自分達だけは心配なくいくらでも好きなものを食べられ、それを生産しているはずの村の人達はあまり食べられていないなんて、あってはならないのだ。自分の威厳を守るためじゃなく、皆のために。譲れない部分なのだ。折れてはいけないのだ。

 マキナは一人、飢餓と凶作が起きた村で手当てをするために奔走していた。




「はあ……はあ……」

 倒れている人を衛生兵と、町に行かせて治療するグループに分けた後、生きている人を優先に食料を配る。配りながら、行方不明者がいないかどうか周囲を捜索するよう指示を出す。この指示だけで、手元にいる部下はたったの四名程になった。まだ村の家の中まで確認していないというのに……。

「マキナぁー!俺だぁー!応援に来たぞー!どうなってる!?」

「……第一倉庫の中身が通常の半分以下だった。後は察してくれ」

「そ、そんな……」

 同僚達がやって来る。しかし、マキナは彼らに自分の口ではあまり言いたくなかった。なにより、見せればどうなっているか大体理解できる状態だったから。

「餓死者はいないか……って、この状況を見ると何名かはいるようね」

「今から怖いぞ。今は飢餓のせいで体調が悪いから怒りたくても怒れないが、正常に戻った時にどれだけ大きい声で非難されるか……」

 このセリフは、周囲に村人などがいないから言えるセリフだ。自分達は仕事についてから、何度も謝罪し、何度も怒るべき人に怒ってきた。言葉だけを見れば、自分の保身のように感じるだろうが、そうではないのだ。頭を抱えるような事が、また起きるから、それに対して憂鬱な気分になっているだけなのだ。マキナでさえ、こういうセリフは吐く。

「お、俺達にできる事は!?」

「まだ多少の食料が残っている。これを配ればとりあえずの第一支援は終わりだ」

「被害状況は確認できたか。後は兵士の運搬だけでよしとして、復興か……」

「む、村の人達だってこのまま放置するわけが……!」

「ああ。だが数年で元に戻るとは思えない。かなりの支援が必要だぞ」

 自然現象は、そりゃすぐに発生するものもあるが、大抵は数年~数十年程の時間をかけて発生する、長期的な現象だ。ほんのわずかの気温の上下も、その土地で生まれ育った人は、そうじゃない人よりも敏感に環境の変化を認知できるのは、この長期的な変化をその土地で住んできた身として感じやすいからである。だからこそ、皆これは戦国時代の二次影響だとはすぐに認識し、理解できたが、その規模だけはわからずにいた。今、ようやく起きたのだと理解したから。今が、影響を受けている最中なのだ。つまり、現在進行形。

「仕方ない。犯罪者達に多少の強制労働をさせましょう。村の人達は悪影響がないように一か所に集まらせて、犯罪者用の畑を用意して……」

「そこまでのレベルかよ……」

「このまま放置していたら今よりもとんでもない事態になるぞ。なにせ一般人が食料不足に気が付くんだから」

 そうなってしまったらどうなるか、わかるだろう?と皆に言うマキナ。

「このタイミングで革命は勘弁してほしいぜ。まだ対応でなんとかなる範囲だろ?」

「ああ、だから兵士に犯罪者達を集めさせて この状況をなんとかさせるんだ。なんなら農家になるのなら司法取引で刑を軽くしてやってもいい」

「黙らせるならそれが効果的ね」

 犯罪者への対応という余計な仕事は増やしたくないので、事前対策をしておくのだ。こういう状況の時はなおさらだ。

「さっさと食料は渡し終えよう。全容はまだわかっていないんだ」

「ああ。だがこれが終わったら……」

「(ベアトリウスはバラバラになるだろうな。老人共が言っていた、昔はよかったというセリフはこの事だったか。ふんっ、好き勝手言ってくれる。この国を面倒主義にさせたのはお前達だろうに……。責任を果たそうとしないなら、果たさせるだけだ……)」

「(マキナとネールには悪いけど、今後もこんな感じだったら辞めようっと……)」

 この事件が、アイカが軍人を辞めるきっかけの一つになったのは、言うまでもない。





 あの後、ベアトリウスの騎士は事実上解散した。するしかなかった。感情的にも。たまたまの凶作で国民に餓死者が出たという失態は、戦国時代の後という事もあり、国として決して表沙汰に出来る事ではなかった。しかしそれは、マキナ達騎士の絶望と失望を意味していた。事後対応こそ国としてやり、謝罪もしたものの、後始末自体は相変わらず騎士に丸投げ。皆それに嫌気がさし、自分の仕事を終え次第、次々とやめていった。


 マキナとネール以外は。


「(同期のアイカまでやめたのはショックだったが、私とネールはやめるにやめられず残った形だ。結果として、国の政策が混迷し人手不足に陥りいい気味ではあるが、私に挫折を味わわせ、トラウマを植え付けた)」

 マキナは一人、自分の部屋のベッドで想う。あの時の事を。可能性を考える。もっとうまくできただろうかと。反省をする。

「はっ!夢か……」

 今、目が覚めたのだと自覚する。自分があの時の事をよく夢として思い出し、よく反省をするのはよくある事だった。今回も、反省していた自分が起きていたのか、夢で行っていたのかよくわからない。

「(くそっ、私がこのような夢を見るとは……。ノーシュの奴ら……急に来たと思ったら……この国がどういう国か、知らないわけではなかろうに……。あのランドルフという男になにかしら言われているといいのだが……)」




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 ウェイジー地帯の、首都から遠く離れた所に小屋がある。

「……」

 そこに、隠れ家として使っている一人の男がいた。

「外に出るのは久しぶりだ。情勢に疎くなっては困るからな、たまには外の空気を味わってみるか……。何か、変化があると良いんだがな……」

 誰もいないので、ひとりごとをしゃべる。



 そう、この男こそ、レオネスク大火事事件の犯人、ゲルヴァ・ハーニアムである。




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「皆おはよう」

「おはようございます~」

「おはようございます」

「さっ、行くわよ」

 様子を見るに、皆きちんと眠れたようだ。元気なアリアが仕切って前に出る。

「あまり考えたくない事なんやが、ストレスはどのくらいたまるかな……」

「ふっ、うまくいく事を祈るんだな」

「……シグマ」

「うん、行こう」


 運命の歯車は動き出した。犯人がそこにいるのも知らずに、シグマ達はダグラスに行く。

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