第3章:見えてきたもの7

 見渡す限り、砂浜と木。ちょっとしたバカンスのような場所の奥深く、あきらかに人工的に切り開いて作ったであろう土地に、その建物はあった。

「ここが、ゼルガという人の研究所……」

「こんな所で何してるの?そのゼルガっていう人は」

 メイがマキナに質問する。

「……実は、あいつの事は詳しくない。元々とある学校で魔法の研究をしていたらしいが、十数年前から国の一軍人となっている。何をしてきたのか元々あまり言わない奴でな、特に表立って悪い事はしていないから今まで放置して来たが……」

 いよいよもって狩る時が来た。そう言いたいようだった。

「来てみれば、確かにこんな所で何をしているんだと言いたくなるような場所だな。実はゼルガには少々扱いに困っていてな……」

「入る前に少しそのゼルガという奴について教えてもらおうか。具体的にそいつはこの帝国で何をしているんだ?」

「そうか、お前らにはまだ誰が何の担当をしているのか説明していないんだったな。どこも大体同じだろうが、ゼルガは軍部増強と武器開発を任されている。だからこういう事をするのも許可しているんだが……」

「怪しい言動が見えると?」

「……一言で言えばそうだ」

 マキナは頷いて話を続ける。

「具体的には、研究協力をしていた部下が突然騎士をやめたり、世界各地にある珍しい素材を集めたり。軍人という肩書きだが、ほぼ科学者に近い事をしているんだ。つい、3年前に軍人として仕事をしないのなら軍人扱いをしないと言って、ただの役人になったばかりだ」

「そんな事が……」

「……」

 ノーシュ組にとっては驚きの情報だった。ノーシュは役人を始め、国に申す者がいる場合、国民以外は必ず護衛部隊を通すからである。ようするに側近じゃない限り、暗殺も陰謀も企みずらいのだ。もちろんこれは長年の経験によるもので、過去にはあったのだが。

「科学者扱いになるまでにやっていた仕事で一定の評価は得ていたから今まで所属させているが……ゼルガだけ、経歴が不明な時期があってな。それを後々追及して、独自に調査をしようと思っていた所だ。もちろん内容次第では追放、もしくは処分するつもりだった。だが、こういう事務的な事をするのは私しかいなくてな。今まで放置せざるをえなかった。こういう形でお前らにバレるんだから、嘆かわしい話だよ」

 ようやく話を終え、マキナはため息をつく。ベアトリウスは過去の栄光が過ぎ、少し衰退しているが安定もしているという、過ごしやすくはある情勢だとシグマとメイはランドルフ達から教えられた。現在新たな世を引っ張る世代を作るべく、研究開発に躍起になっているという情報があったがこの事だったのだろうか。

「なにそれ、だったらほぼ黒じゃない」

 メイが一言でさらっと結論を言う。

「昨日の今日ですから、誰が犯人なのか考えるとおそらくそのゼルガという人ぐらいしか犯行はできませんよね」

「……後処理が面倒なんだよ…………」

 マキナは都合が悪そうにそっぽを向いた。人手不足が響いているようだ。

「だからってやってもらわないとな。むしろきちんと仕事をしているという点で、ノーシュから評価されるまであるぞ」

「わかっている。やる事はきちんとやるとも。——それより、いい加減レバニアルの事も聞かせてくれないか。後は入って奴に聞くだけなんだ、後の悩みは今のうちに少なくしておきたい」

「お嬢様……」

「ええ」

 ファルペがアリアに最終確認し、アリアがマキナの前に立つ。

「あたしはアリア・コリエーヌ。コリエーヌ家の一人娘だけど……知ってる?」

「コリエーヌ家、だと?……行方不明だと聞いてるが?」

 西のカレア家、東のコリエーヌ家とは、よく言われたものである。

「表向きはそう。でもあれから十数年経ってる。ほら、あたしの体見て?何されたかわかるでしょ?」

 アリアが胸に手を当ててアピールしているのを見て、マキナは改めて彼女の全体をまじまじと見る。そして、何度目かというため息をついた。

「はぁ………幼児化、か……」

 昔は巨人化とセットで、奇妙な現象としてたびたび起きた事だ。大抵は誰かの悪戯で、体が縮んだ事以外、寿命も減らないので、そのままの状態を保ち続けた人も多くいる。しかし、アリアはシグマみたいに、ただの幼児化では終わらなかった。家族が皆殺しされたから。

「今の話を聞くだけでも、どうやらベアトリウスは気になるけど結果的に放置状態になっている事がいくつかあるようディスね」

「……コリエーヌ家の事件や大火事事件が起きた時は私も幼い未成年だったから詳しい事は知らない。だが、記録を見る限りはそうだ。きちんと解決しておきたいという気持ちより、面倒だからという気持ちが強く、 徹底調査をしないまま放置されている。私が騎士になってから、その処理を同期とやっていたが……。一人は途中で辞めてしまってな、結果的に私の負担は増えた」

「通りであんたに何もかもを任されていると思ったら」

「うむ、そのような実態だったとはのう……」

 ルーカス達ベアトリウス人は、まだ全盛期の名残があるせいか、どうしてもその当時の圧政で物事を考えてしまう。しかし、今はその面影すらないほど、酷い有様なようだ。

「よくそんな状態なのに国民にバレていないわね。と言っても私達にはバレたけど」

 アリアがマキナを煽る。

「……国の事が知りたいならこの件が終わった後でいくらでも教えてやる。私の友人の事もな。だが、今はそうじゃないだろう?」

「ええ、我々の推測が正しいのなら、ここで何かよからぬ事をしています。気になる事は今は我慢しましょう」

「気を付けるんやで、シグマ。この件はただの軽犯罪者を捕まえるんじゃないんやから」

「わかってるよ」

「何があっても私達がついています、大丈夫ですよ!」

「……(複雑ね。大火事事件についてこんなに真剣に聞いてくれる人がいるのに、シグマが色んな人と関わる事に寂しさを感じるなんて)」

 マルクとメイにはっぱをかけられ、他国の争いに首を出す覚悟を決めるシグマ。それを見て、メイも仕事モードに入る。

「(もしかして、シグマさんは私と大して変わらないんじゃ……)」

 マイニィは、シグマの仕事ぶりが自分の世間知らずのそれと似ている事に今回の件で気づいた。

「……行くぞ。行方不明の件はここで終わらせる。今日分かった事はなるべく今日のうちに終わらせないとな」








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 今から十数年前。アリアが14歳の時。



「ふんふふん、ふふ~ん」

 コリエーヌ家の令嬢アリアは、いつものように自分の部屋で、紅茶を飲みながら本を読むという休日を楽しんでいた。


「キャアアアアアアア!」


 その音は突然だった。アリアの場所は、階段もあってかかなり小さく聞こえる。ガシャンガシャンという窓ガラスや花瓶だと思われる物が壊れる音も。最初の数秒数十秒は無視していたが、しばらく続いたので、無視できなくなる。

「?下がなんだか騒がしいわねぇ……」

 アリアはこの騒音は何なのだろうと、一回に意識を向ける。その時だった。

「——ニィ……!」

 突然、謎の男が現れた。

「あ、あなた誰よ!」

 男は薄茶色の布に身をくるみ、服には宝石は武具、ちょっとした小瓶などの色んな装飾がされてあった。なぜそんな恰好をしているのだろうと、思わず言いたくなる、そんな服装だ。

「っぅぐ!あ”あ”っ!ううっ!」

 しかし、そんな事を思っていたら、すぐに手で口を封じられた。どうやらしゃべってもらったら困るらしい。

「(フフフ……これで彼女は体の成長が止まるはず。私の研究の成果が出れば首都での立場も安泰だ。それにあの薬は記憶も無くすように作ってある。記憶を無くした少女が路頭に迷い、どうするのか……フフッ、想像しただけでわくわくしますねぇ!)」

 男の手には毒薬が塗られてあった。しかも、体内に入れない限りなにも効果もしない、|。アリアお嬢様の楽しい休日は、突然出出来た何者かによる薬の効果によって、記憶と共に壊された。

「(ですがまずは、自分の家の惨状を見て絶望してもらいましょうか……ヒヒャハァ!)」

 ゼルガは、好き放題したあげく、アリアを幼児化させた後すぐに去ってしまった。



 ゼルガがアリアの部屋に入る数分前。

「(ここは……コリエーヌ家でしたっけね。貴族に手をかけるのは社会の影響的にやらない方が良いかもと思いましたが……私の体の改造のため、犠牲になってください。私は研究が大好きなんです!)」

「がああっ、なっ、なんだこれはぁっ!」

「きゅ、急に眠く……息が……」

 使用人達が次々とバタバタ倒れる。

「ハハハ、ハーハッハッハッハ!」



 ゼルガに毒薬を体内に入れられ、何が起きたのかを知るために二階に降りてきたアリア。

「そ、そんな!」

 彼女は驚愕した。だっておりてきたら死んでいたのだ。全員。使用人や家族のだれもが。

「み、皆!どうして!」

 その死体は、とても気味が悪かった。白目をむいて、口を開けて、あきらかに突然死とわかるような、それでいて見せしめともとれるような、とにかく恐怖を与えるような不気味な感じ。それを、まだ成人していないアリアは—―


「あああ、あぁ……。うわああああああああああ!」


 発狂して、家を飛び出した。どうせいても意味がないのだ。とりあえず気味が悪い自宅にはいたくないという理性はなんとか働いていた。




 

「(私は何でここにいるんだっけ……)」

 首都までなんとかきたが、自宅にある財布を持ってきていないので、野宿するしかない。気がつけばもう夜だった。

「(ああ、確か急に使用人と両親が死んで……それでパニックになって逃げて……。ご飯は服を売って食べられたけど……あたしのこの体……誰にそうさせられたのか、そうさせたのがどういう奴だったか、覚えてない……」

 アリアは、自分が何をされたのかを理解していた。自分が今どういう状況なのかを理解していた。記憶がまだ完全には無くなっていないうちに、自分がしなきゃいけない事を必死に脳に刻み付ける。

「(そうだ私は……とにかく自分の体の事をわかってくれる人を探してここに……)」

 手あたり次第、人に話しかける。その必要がある。だからここに来たはずだ。

「あ、あのっ!」

 そう言って、たまたま一番近くにいた女性に話しかけた。

「はい?」

「今、時間ありますか!ちょっと相談があるんですけど!」

「相談?国や家族とかじゃなくて私に、ですか?」

「そうです!」

 迷っている暇はなかった。自分は今絶体絶命なのだ。とにかくその状況を説明しないと……。

「……まあ、いいですけど……」

「やった!初めて!」

「初めて?」

「し、信じられないかもしれないですけど、実はあたし……。体が成長しないんです!こう見えて14歳なんですけど……」

「じゅ、14歳?その身長で!?生まれつき低身長だったとかではなくて!?」

「そうなんです!何者かにそうさせられて……」

「……は、話で良いなら聞きますけど……」

 彼女、ファルペとの出会いは、アリアにとって、とても幸運なものだった。じゃなかったら、レバニアルを立ち上げて、逆襲をする事さえできていない。

「いやっ……でも流石に信じられないなぁ、あなたどう見ても幼女じゃないですか……。成人手前というのなら証拠を……」

 出会ってばかりのファルペでも、流石に常識をもってアリアに接していた。

「証拠ならありますあたしは、コリエーヌ家の長女です!(周囲にばれないように耳を当てて小声で)」

「コリエーヌ家!?」

 周囲にバレたら困るのでわざわざ小声で言ったのに、ファルペの大声で台無しになった。それぐらい、心の余裕はなかった。そして、彼女に説明し終え、はれて協力者になった頃には、コリエーヌ家の謎の死がベアトリウス中をかけめぐった。大火事事件と違って、とある世帯一つのみなので、どうしても国が動くには理由にかけていた。しかし、その後一応捜査をして、犯人の証拠を見つけられずという公式記録が残っている。








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 5年前。


「へへっ、今日も果物いっぱい採れたなー。ルーカスに渡して喜ばせちゃおっ」

 ルーカスの恋人サユリは、いつものように森に自然に生えてある果物を採って、ルーカスと一緒にピクニック気分で食べようとしていた。

「(良い実験台がいますねぇ……連れ去って実験をしてしまいましょうか)」

 ぶぉん。ゼルガはサユリに睡眠ガスをまきちらした。そう、彼女もこいつの毒牙にかかったのである。

「あ、れ……急に眠気が……すぅすぅ…… 」

「……ニィ」



「ああっ、ぐぅ!」

「ハァーッハッハ!その調子!その調子ですよォ!」




 サユリの悲鳴は、ゼルガの研究所内で、寂しくこだました……。









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「こっ、これは……!」

「なにっ、ここ……異臭がするし、なんか暗い……」

 扉を開けて、中に入る。部屋は暗かったが、人が一人、ポツンといる事ぐらいは確認できた。朝日の関係で日の光はあるのだろう。

「!ゼルガ!」

 マキナが叫ぶ。

「これはこれは、マキナさんではありませんか。おや?知らない人達も。どうしたんですか、そんな大人数で。私に何かようですか」

「とぼけた事を……」

 ここにきて、まだ演技するようだ。

「今朝、急に行方不明になった国民が出た。お前、何か知らないか?」

「ああ、彼らの事ですか?彼らならあそこに……」

 言って、ゼルガが指さした方を見る。見せしめなのか、入って見つけやすい所にいた。シグマ達から見て斜め右前。そこには場違いな鉄の牢屋があった。誰がいつ、ここに作ったのだろうか。運んできたのだろうか。思わず考えたくなる。

「やっぱりいた!アギスバベルの住民達よ!」

「住民達をどうするつもりだ?ここで何をするつもりだ!」

「どうもしませんよ。ただ、少し私の実験に協力してほしくてね……」

「ならどういう実験か言うてみい。どうせ体に悪い影響を与える奴やろ。それで最終的に死に至る奴」

「……」

 ゼルガが急に黙る。その通りだと言いたかったのだろうか。

「とぼけたって無駄だ!なら、あそこにある白い物はなんだ!骨じゃないのか!?」

 研究所という名の実験室は、随分と掃除せず、ごみがほったらかしなようだった。

「眠らせて半ば強制的に実験をしようとしていて、こんな隠れた場所で異臭を放ち、いったい何の実験をしているっていうんだ!」


「俺のサユリのように殺すんだろ!」


 そしてルーカスは、自国の闇に触れた被害者として、大声で決定的な人物を言った。

「サユリ?誰の事ですかそれは?」

「ふふん、ついにあたし達の目的を言う時が来たようね」

 アリアも前に出る。

「あたしはアリア・コリエーヌ。記憶を無くし、無くした当時の謎を追っている貴族よ。あたしのこの幼児化の件、あんたなら何か知ってるんじゃないの?というか、あんたでしょう?あんたのような人間しかこのベアトリウス帝国でいないもの。マキナが言っていた事から察するに、ね」

「俺は元々、サユリが突然死体で見つかって、ずっとその謎を追いかけてきた。レバニアルに入ったのもそうだ。犯人じゃないというのなら、証拠を出してもらおうか」

「ふっ……フハハハハハハ!アーハッハッハッハ」

 ゼルガはずっとにんまり笑って黙って話を聞いていたが、アリアとルーカスの話を聞いて高らかに笑い始めた。いや、リアクションをした、という感じだろうか。

「ああ~、あなたあの時のお嬢様だったんですねぇ!いやあ~流石に忘れていましたよ!」


「だって、あの時からずっと変わらないんですから!」


「私の薬の効果がここまで効いているとは!実験は成功だったようですねぇ!」

 本人は何もかもわかっている。ゼルガはアリアの目の前で、堂々と自分が犯人だと告げた。というより、ここまで彼が物語を考えていた、というのが筋だろう。どうも、この男は何か面白いものを探している節がある。実験も、そういう事の一つなのだろう。

「そうです!私があなたをそうさせました!そんなに全てを知りたいなら、全部教えてあげますよ!あの時、何があったのかをね!」

 言って、ゼルガは右腕を前に出し手を開く。

「っ!お嬢様気を付け—―」

「!?」

 隣にいたファルペが気づいて、アリアの方に振り向いた。しかし、遅かった。



「あああああ!アアアアアアアアアアアッ!」

「エ”エ”ェァ!」

 アリアの叫び声と共に、彼女の頭上に黒い霧のようなものと、バチバチとした紫の電気がまとわり始める。

「アリアさんに何をしたの!?」

「なにって、元に戻してあげたんですよ。記憶が知りたいんでしょう?私が張本人だってさっき言ったじゃないですか」

「お嬢様、大丈夫ですか!」

「ああっ、うぅ!」

「……」

「……ふふっ」

「お嬢?」

「……皆、もう安心して。あたし、完全に記憶を取り戻したわ!」

 しかし、痛かった?のはほんの少しだけ。本当にただ失くした記憶を取り戻しただけなのか、アリア本人はあーすっきりしたと言わんばかりの表情でクスクスと笑っていた。痛みよりも取り戻した記憶の方が嬉しいのだろう。

「取り戻した、って……」

 ファルペが困惑しながらアリアの様子を見守る。


「——やっぱりあんただったのね!わざわざあたしの記憶を蘇らせてくれるなんて、どういう風の吹き回しよ!」


「どうして蘇らせたかって?」

 指を差すアリア、答えるゼルガ。完全に二人だけの空気になっていた。


「——そんなの、絶望してほしかったに決まっているじゃないですか!実の両親も、使用人も死んで、孤独の身となったあなたが、どう私に再会するのか楽しみだったんですよ!素敵な仲間に出会えて良かったでちゅねぇ、コリエーヌお嬢様ぁ!」


「……ゲスいな、こいつ」

 シグマも無言で頷いた。

「……」

 マイニィは当然のように気味悪く後ずさる。

「ん~……ですが、少々私の想像とは違いますねぇ?なぜそんなにニコニコしているんですか?もっと絶望してくださいよ!」

「絶望はしていたさ。初期の頃はな」

「ほう……?」

 ルーカスがアリアの話を引き継ぎ、話す。

「だが、俺達レバニアルが、彼女の心を完璧にではないが癒した。だからこうしてアリアは立っていられる。流石のあんたも、幼児化の手助けをしてくれる奴がいるとは、思っていなかったようだな?」

「くっ……」

 本人としてはもっと時間が掛かった再会だったのだろうか。でも、出会った今となってはどうでもいい事だ。ゼルガの少し残念だという表情も、何もかもどうでもいい。ただ、むかつくから倒したい。そういう気持ちだけが、自分達をつき動かしている。

「それよりも俺のサユリの事だ!サユリはあんたが殺ったのか!?」

「だからサユリって誰の事ですか?私をイライラさせないでくださいよ」

「ポニーテールで、俺と似たような服を着ている奴だ!ちょっとつり目の!」

「……。……ああ~。そんな人も、いたかも知れませんねぇ。確かにここにはいませんから、もしかしたら出会っていたかもしれません」

「そんな人、だとぉ!?」

 単に忘れただけだ。ゼルガにとって、彼女サユリはついでに攫っただけだから。生き死にその物がどうでもよかった類の。

「……死体を見渡しましたが、毛や皮らしき欠片を発見。臭いは……スンスン、ウン。ありマスね。この異臭はやはり実験の時にでる腐敗臭ディス。服までは洗ってないようディスね」

 忘れないうちに、とばかりに、ディスカーはこの研究室の周囲を見渡し、怪しい個所をまんべんなく見て回った。そして、あきらかに骨などがあるいわゆるごみのたまり場の所に行き、決定的な証拠を入手した。というか、見つかるに決まっているのだ。こんなわかりやすい事があるだろうか。なぜ今まで何年も気が付かなかった。わかりやすく行方不明もしてまで。なにがしたいのか。

「じゃあここでサユリさんがいた証拠が見つかれば……!」

「完全に殺したっていう証明ができるわね!」

 まだ全ては判明していない。しかし、この場所で、このゼルガという男が、実験という名の殺人をしているのはあらゆる証拠で判明した。となれば、やる事は一つ。

「ぐぎぎぃ~……。——ええ、そうですよ!そんなに知りたいなら教えてあげますよ!私は自分の体を改造するために色んな人達を集めて実験しています!興味ありませんから実験後の事なんて知りませんけどね!」

「興味ないやと?人を集めておいてなに言うとんねんおまえ」

「何を言ってるんですか、もし実験で死んだら私が改造できないじゃないですか。体が耐えられないか実験かどうかを確かめてるんじゃないですか。人間の耐久力を調べているんですから、当然同じ人間を実験体にしないと意味がありません。だから集めたんです」

「――もういい」

 最初は驚き、途中からずっとふるふるわなわなと怒りで震えていたマキナが、落ち着いたのか、ようやく怒りの言葉をはきだす。

「ゼルガ、お前がこんな事をする奴だとは思わなかった。ここで処刑させてもらう!」

「ええ、殺した後でやってくださいよ!今までそうしてきたんですからっ……ねェっ! 」

 

 キンキィン!


 ゼルガとマキナの剣が、それぞれぶつかり、金属音が鳴り響く。ゼルガの踏み込んだ一撃は、マキナが左足を一歩後ろに下げた事で受け止められた。 

「なぜ研究ばかりしていた?帝国のために生きているのではないのか?」

 マキナが質問をする。よそからやってきたこの男に。

「私は私のためだけに生きていますよ。この帝国が一番自分の価値観に近かったのは事実ですがね」

「……私はお前のような奴を守り、導きたくて騎士になったんじゃない!」

「でしょうね。だから今から殺すんでしょう?」

「――ああ。さよならだ、ゼルガ」

 言って、お互いに距離をとる。これは見ていたシグマ達にとって、参戦しろという合図だった。

「シグマ、覚悟せえ! 戦いが始まるで!」

「わかってる。剣はもう抜いて持ってる」

「あたしもいつでも大丈夫よ」

「マイニィちゃん!」

「は、はい!」

「何もかもここで終わりにしてやる!」

 

「い、いったい何が始まるんだ?」

 牢屋に閉じ込められた行方不明者達は、ゼルガとの戦いを、ただ黙ってみている事しかできなかった。




 ゼルガとの戦いは、そう簡単ではなかった。定期的に薬を飲み、体を強化。幻惑と魔法を使って錯乱。いわゆる軍人的な攻撃の仕方はそこそこ理解しているぽかった。こっちは、戦闘人数が多いが、子供と、行方不明者、いわゆる実質的な人質持ちの戦いなので、そこまで有利というわけではない。また、戦いを通じて、ゼルガが人間の能力を明らかに超えているのを肌で感じた。

「ふっ!」

「たぁっ!」

 剣で攻撃。銃で応戦。全て防いでくる。

「ハアアアア……!」

 無数の黒い球がこちらに襲い掛かって来る。

「いやぁ、人がたくさんいると戦うのが楽でいいですねぇ。全員を攻撃すればいいのですから、ねぇ?」

「ヒィッ!」

 ゼルガが行方不明者達の方をちらっと向いて笑う。きちんと標準に入っていますよという事だ。

「ふんっ、くだらん」

「貴様のゲスなセリフはもう聞き飽きた」

 お互いに、軽症のダメージは受けている。相手は防御力が高いだけ。しかし、決定的なダメージは与えられていない。こっちには回復役のイリーナがいるが、長期戦に持つれこんでしまうと、向こうが何をするのかわからない。

「同時攻撃をしよう」

「ああ」

 ルーカスとマキナが、シグマに提案する。もちろんこれは、ゼルガに悟られないよう、回避時に、たまたま近くに移動したという体で行っている。割と高度な演技をしているのだ。

「どうやってですか?」

 シグマが言う。

「向こうは一人ずつこちらを倒そうとしている。そしてたまに全体攻撃をして、じわじわ追い詰めようともしている。盾役やわかりやすいおとりは引っ掛からない。なら、堂々と大きな一撃を叩き込む」

「問題はタイミングだ。こっちが攻めても、向こうは距離をとって来る。読み行動もあまり効果がなかった。なら……一人は近接、もう二人は遠距離がいいだろう。奴は自分のミスで食らったと思うはずだ。だから……」

「わいの出番か」

「ああ、よろしく頼む」

 マキナがマルクの方を向いて頷いた。

「ど、どういう?」

 シグマが流石に立ち止まる。この時、ゼルガからは相変わらずマルクとイリーナがシグマに対して回復しているように見える。しかし実際は作戦会議中だ。シグマ達の声が聞こえないよう、ルーカスやアリアは音がでかく聞こえるような攻撃をしている。わざと足音を立ててるとかだ。

「わいの銃弾はどれもシールドで防がれるんや。食らえば致命傷やからな。だから、拡散弾でもうてば、相手は必ずそれ以外の方向に移動するしかない。もちろんシールドを貼りながら、な。そこを叩け」

「う、うまくいきます?」

「いくかやない、いかせるんや。自分の手でな。シグマ、お前もこの数分間の戦いで相手の癖ぐらい理解してきたやろ?」

「……」

 言われてシグマは、定期的に背後から攻撃してきたり、とにかく急所を狙ってくるのを思い出した。

「ええか。」 

「わ、わかりました……」

「ならはよ戻れ。あとはわいがやる」

 合図はマルク、という事だ。

 しばらく、錯乱のための攻撃が始まる。当たればラッキー、当たらなくても別に問題ない、そういう楽な攻撃を。相手からは決して楽しているようには見えない、戦闘の経験がある程度あるからこそできる攻撃を。

 そして、何度目かのシグマに対しての魔法弾とゼルガによる突き攻撃が来た時——

「今やっ!」

 シグマはいつものように反射的に剣を横にしてゼルガの突きを防ぐ。後ろの魔法弾は、イリーナが張ってくれたシールドで最小限に抑えた。少し痛い。シグマはこの状態で、何が起こるのかと思い待っていた。

 それはすぐだった。たまたまゼルガの後ろにいたマルクがそのまんま拡散弾を連射する。作戦を聞いていないファルペ達やイリーナが思わず驚いてとっさに走りながら距離をとった。


「「うぉおおおおおおおおおお!」」


 そして、マルクの左右にいた、ルーカスとマキナが、ルーカスは左から、マキナは右から置物をうまく利用しての空中攻撃をしかけた。これで、ゼルガはシグマの方向に避けるしかなくなる。ようするに、シグマが邪魔な存在となる。

「しまっ—―」

 この、しまっ、が合図だった。

 シグマは腰を低くし、ゼルガのヒットアンドアウェイが当たらないようにしつつ、遠心力を乗せた回転居合切りをゼルガの腹部にお見舞いした。これで一瞬移動が鈍る。


 ダダダダダダ!


 マルクの放った弾がいくつかゼルガにシールドが張られた状態で命中する。そしてルーカスの攻撃は背中に、マキナの攻撃はゼルガの頭に当たった。

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!」

 バタッ、どさ……。ゼルガは絶叫と共に、憤死した。倒れてから死ぬまで、あっという間だった。

「……終わった、な……」

「ええ、少なくともアリアお嬢様にとっては」

「あっ……」

 アリアが自分の体を確認する。こちらからはよくわからないが、体の状態が元に戻り、身長が一瞬に数ミリ~5センチぐらいまで急に伸びたのだろう。まだ、目でわかるほどじゃないが、これで一安心だ。

「体の変化はよくわからないが、これはおそらく……」

「ええ。これから普通の成人女性として、身長がのびるはずディスよ」

「やったぁー!やったやったー!」

 アリアは大人だが、ぴょんぴょんと少女らしくジャンプして喜ぶ。

「皆ありがとう!よぉ~~~やく元に戻れたわ!」

 あー長かったぁ!と言うアリア。本当になんとしてでも戻りたかったらしい、どすが効いた声だった。

「まぁ、あたし達には変化がよくわからないけど……」

「うん。一緒に過ごせば、元に戻ったかどうかなんてわかるよね!」

「本当に終わったんやな。なんやったんや、ゼルガっていう奴……作戦も都合よく決まったし……」

「……。行方不明になった人達を助けるぞ」

「はい!」



 行方不明者は、丁度二桁に届かない九名。身動きが取れないよう縄でしばられていた。丁度、一人で管理ができるぐらいの、ギリギリの人数だ。シグマ達は彼らに、今までの状況を説明しながら、攫われた当時の様子を聞き、縄をほどいた。

「た、助けてくれて、ありがとうございます!」

「急にこんな所にいたかと思えば……そんな事が起きていたんですか……」

「……お前達には世話になった。感謝する」

 マキナが素直にシグマ達に礼を言う。

「大火事事件の事はまだ終わってない。むしろシグマ達にとってはこれからや」

 そう、これからなのだ。

「わかっている。シグマよ、好きなだけこのベアトリウスで調査するといい。私も協力できる時間があれば協力する」

「ありがとうございます!助かります!」

「……ただシグマ。見ての通り、ベアトリウスはこういう国だ。お前の国ほど優しくはないからな。自分がやった事は自分で責任を取れ。じゃないと痛い目を見るぞ」

「ご忠告どうも……あっ、じゃあ一応ベアトリウスとしてノーシュへ正式な調査の許可を頂けますか。書類は直接セレナ王女の元へ渡して構わないので」

「わかった。3日ぐらいですぐに許可が出るだろう」

「ありがとうございます」

 マキナは頷いた。これで、正式に国として他国の派遣員による捜索許可が下りた事になる。十二年間止まっていた時が、動き始める。

「おい、俺のサユリの件……」

「ああ……やった事として処理する。匂いが残っていると判明した以上、そのサユリとやらの匂いもすぐにわかるだろう」

「助かる(サユリ……仇は取ったぞ……)」

「……お前には同情すべきかもな。まさかこんな極悪犯罪者がいたとは」

 マキナがルーカスに同情する。

「サユリの件で、愛すべき母国であるはずのベアトリウスを信じられなくなったのは確かだ。だが、心のどこかでまだ信じている。……お前もそうだろ?」

「……。ああ、もちろん」

 この大人らしい会話で、二人には絆が出来たに違いない。シグマはそう思った。

「とりあえず、城に戻りましょうか。あたし達レバニアルの役目は終わったから、解散しないと」

「寂しくなりマスね……」

「そうだのう……」

「あたしはお嬢様とこれからも一緒のつもりですけどね!」

「それは勘弁して……」

 アリアはファルペの言葉としぐさに苦笑した。

「僕達もまずはアギスバベルに戻って、だね」

「うん」

 アリア達と、マキナ達の様子を見て、ようやくひと段落したんだと肌で感じたシグマは、協力者であるメイ達に労いの言葉を送った。

「いやぁ疲れた。話のネタに尽きない案件だったで」

「今まで泊まっていたのとわけが違いますね、今回はきちんと泊まって何日か休みましょう、の後調査を再び初めてもばちはあたりませんよ」

「うん、休みたい、かも……」

「皆がそうしたいならそうするよ」




「(大火事事件か……今回の件はこれで終わりだが、気になる事は増えてしまった。変な繋がりもできてしまったし、ノーシュの動きも気になる。シグマ達以外に大火事事件の調査をしていたっておかしくないだろうに、本当にシグマ達だけで来たのか?再びあんな事が起きらないとは限らないからな……私は引き続き独自に動いた方がよさそうだ……)」

 マキナは首都に戻りながら一人、休憩するまもなく、次の仕事について考えていた……。

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