第3章:見えてきたもの6

 走って数分後、ベアトリウス城に辿り着いた。ベアトリウスの城は、ノーシュと比べて要塞に近かった。周囲を見渡せるように設計されているのか、二階の部分が広く感じた。

「お前ら!」

 城の中に入ろうとした時。丁度マキナが扉を開けてシグマ達に気づいた。

「ま、マキナさん!」

「丁度良かった、あんたに聞きたい事があるんや」

「僕達は再びあなた達ベアトリウスに用があってここまで来たんです」

 シグマ達はついさっきまで走っていた。息切れしながら話す様子は、軍人であるマキナにとって、何かが起きた事を知らせるのに十分な情報だった。

「……その様子、何か外であったようだな」

 まだ朝になったばかりだというのに、さっそく仕事モードにはいるマキナ。というかいつ起きたのか。

「なにやら知らない奴もいるようだな。……まぁいい、私からも質問させてもらうが、シグマ……お前達は大火事事件の再調査のために、我々ベアトリウスに来たのか?」

「……」

 いきなり核心をつかれ、驚くシグマ。どうやら向こうに伝わっているというのは本当のようだ。まぁ、若くて新人の騎士がわざわざ自分達の所に来るというのは、わかりやすいメッセージではあっただろう。

「……なんでそれをあたし達に確認しに来たのよ?」

 メイがなにか裏がないか一応マキナに聞いてみる。

「それが私の仕事なんだから当然だろう。こっちだってここでこうして急に再び出会って、驚いているんだ。もちろん、怪しい奴かどうか調べるため他の奴ら(同僚達)とは話し合った」

「……」

「それで?事実なのか?」


「そう、ですけど……」


 シグマは素直に言うしかないと思い、ぼそっと言った。これでシグマはベアトリウス側になんでそんな必死に仕事をしているか説明した事になる。……生きる理由もだ。

「はあ……。お前らがなぜ国境で私と出会ったのか、今、納得したよ。担当者のランドルフがすぐに来なかった事もな」

「それはどうも」

「——これだけは教えろ。なぜ今になって再調査なんかした?こっちには大した情報は入ってきてないぞ」

 入ってきてない。ここがポイントだ。

「へぇ~、スパイ活動していると思っていましたが、そうではないんディスね」

 諜報活動は軍ならよくある事だ。いつ、何を目的にやっていたのか、だが。

「多少の情報収集をスパイ活動と言うのならしていたさ。しかし、打ち切ったという事ぐらいしか当時はわからなかったよ。というか、お前らこそなんなんだ?ノーシュの騎士達以外にも急に客が来るなんて、私をどうするつもりだ?」

 ここにきて、レバニアルグループの存在をかなり気にし始めるマキナ。まぁ、シグマ達が知らない奴らと城に来た時点で、マキナにとっては情報過多だっただろう。シグマ達はマキナのご機嫌を取るために素直に従った。

「別にどうもしませんよ。ただの一般市民です。ちょっとシグマさん達に協力しているだけの、ね」

「(俺達の事は知らないか。流石にコリエーヌ家の事は知っているだろうが、今はまだ名前を出すわけにはいかない……。連想ですぐにアリアの事までばれる)」

「……僕達が大火事事件の再調査をしているのは、ただ単にあの事件が解決していないからです」

「解決していないだと!?時効の可能性だってあるだろうに…………なるほどな、しかしこれで納得がいったよ」

 未解決だという事実は、マキナにとってかなりくるものだったらしい。シグマ達はマキナの驚きに驚いた。

「シグマ、といったか。お前はその被害者であり当事者。未解決になってしまったという大義名分の元、わざわざ大人になるまで放置して本命のこの国に足を踏み入れたんだな?」

「その通りです。僕は数少ない被害者なので」

「はんっ、なら好きに調査するといいさ。そりゃあ、ただ聞くだけなら許可なんていらないよ。犯人をかくまっていると思われるのも嫌だからな。それよりも、だ。お前らにはまだ聞きたい事がまだたくさんある、のだが…………まあいい。今はそれどころじゃないのだろう?何があった?話せ」

 ようやく本題に入れる。

「……あんたらの国民が、今朝起きたら行方不明になったと、見張りの兵士から言われてな。迅速な情報共有をと思って城までやってきたのじゃ」

「行方不明だと!?そ、そんな馬鹿な……我が国は急にそんな事が起こる国じゃ……」

 マキナはわかりやすく狼狽えた。まぁ、こうじゃないと逆に不自然だろう。

「すまんな、マキナ。俺達の事が気になっているなら別に今ここで話してもいいのだが、こう言われたらそういう場合じゃないという気分になるだろう?」

「……ああ。忌々しい程にな」

「この件に関して俺達も協力してやるから今の件が終わったら今度は俺達の要求に答えてもらおうか。ノーシュの奴らはあくまで大火事事件のためだが、俺達レバニアルは一応ベアトリウス人なんでな。ノーシュ人も混ざってはいるが」

「レバニアル……。聞かない名だな?」

「そりゃあ、聞かれたら困る立場にいるからな、俺達は。聞きたいならいつでも好きな時に何もかも最初から話すぞ、お前さえいいのならな。とにかく今は約束だけしてもらおうか」

「ははっ、軍人が口約束を守るかどうかなんて怪しいのに、よく結ぼうとするな。……いいだろう、あんたらレバニアルの事も私が受け持つ。運が良かったな、私以外だったら引き受けていない可能性があったぞ」

「だからこうして城にまで足を運んだんじゃないか。俺達はベアトリウスの帝王やマキナ達軍人がいる前で、何もかも喋るつもりだった。行方不明さえなければな」

「ん? 大火事事件じゃなくてか?」

 ここでシグマ達の方を見るマキナ。一気に三つの事を質問されている軍人を想像して、素直に聞いてくれるだろうか。

「逆に聞きたいんだけど、今の口ぶりを聞いて、大火事事件を調査しているって素直に言ったら、あなた以外の軍人達は言う事聞いてくれるのかしら?」

「……確証は、ないな」

「でしょう?」

 面倒だから知ってても嘘をつくのはあり得る話だ。だからこそ、存在をアピールする必要がある。忘れないために。そういう意味では人がたくさんかつ質問もたくさんするのは理にかなっている。

「あっ、忘れる所だった。あとこれ。あなた達用のスケジュール表です。きちんと取り返してきましたよ」

 シグマはマキナにクーシャがついでに盗んだスケジュール表を渡した。

「感謝する」

「しっかし急よねぇ、この城に来るまでに周囲の住民の様子を見る限り、行方不明はどうやら本当みたいだけど」

「国の人間として、それは私が一番気になっている。他国の奴らと協力して事にあたるなど、今までの仕事にはなかった。もちろん昔はあったから今後絶対にないとは思ってはいなかったが」

「へえ、そうなんや?割と閉じこもってるんやな」

 マルクもベアトリウスの軍人が具体的に何をしているのかまでは知らないようで、マキナの発言に素直に驚いていた。

「他人を信用していないだけだ。この国にいると、そう思わざるを得ない」

「そういう風な国民性にしたのじゃなくて?」

 アリアが鋭い指摘をする。

「……否定はしない。が、肯定もしない。悪い事をするのはいつだって個人単体からだ」

「わいの経験則から言うと、あんたら国の人間はいつだってそう言うんやで?でもあきらかに一人でできないような事が判明して、そこから紐づる式にどんどん悪事がばれてくんや。……じゃなかったら戦争なんてせんやろ。急に仲が悪くなったぐらいで人なんか殺さへんわ」

「好きなだけ言うといい。とにかく今回のこの行方不明は迅速に終わらせる。そして犯人が誰であろうと、厳罰に処す」

「おぉ、怖い怖い。 ……だが、そうじゃなくちゃ困る。軍人は相手が誰であろうと国の敵なら殺す覚悟をもたないとな」

「……」

 シグマは、外国で、はっきりと、容赦なく処罰するという発言を聞いた。自分達ノーシュもしないわけじゃないが、できるならなるべくしないようにしている。明らかな国の運営の方針の違いに、黙って聞いてるしかなかった。いや、手出ししてはいけない部分なのだ。干渉に値するところだから。

「どうやら、シグマが抱えているのは複雑な物かもしれないのう(ヒソヒソ)」

「ディスね。まぁ、ノーシュの人達がわざわざ当事者に調査しろと命じたわけですから、普通の再調査ではないのはなんとなく察しがつきマスが。私達が抱えている問題さえなければ、ぜひ話を聞いて協力したいぐらいディスよ」

「そうだのう……」

 シグマの表情を見て、ひそひそ話すレバニアル達。どこにいるのかわからない犯人を捕まえるのは、簡単な事じゃない。

「そろそろ外にでましょう」

「ええ」




「ま、マキナさん!」

「現状を教えてもらえるか」

「は、はい……」

 広場に出てみると、マキナを見つけたベアトリウス兵士が走ってきた。急いで報告したい事がるようだ。

「行方不明者は、わかっているだけでも数名です。マキナさんような軍人がいないと我々が動けないので、住民にはとりあえず全員自宅待機と命じました。もちろん各世帯を二名以上にした状態で」

「そうか。なら住民の事はネールやベリアルにまかせると本人達に伝えてくれ。捜索の方はどうなってる?」

「周辺を探していますが、通行人以外の痕跡さえ見つからず、どうするか悩んでいる所です」

「他の町に伝え、兵士総動員で探すと伝えろ。早急に終わらせる。」

「他の町との協力は既に兵士長がやってくれています。しかし兵士総動員ですか……わかりました。伝えておきます。ですがマキナさんはどうするおつもりで?マキナさんも捜索するんですか?」

「もちろんそのつもりだ」

 マキナは当然とばかりに頷いた。

「というか、私や王にはどこまで伝えている?私が一番最初にこの行方不明に気付いたのか?」

「そう、ですね。俺達はずっとここでマキナさん達が来るのを待ってたんで」

「(くそっ、ならゼルガやジェイドもこの事は知らないのか…………ゼルガ?)」

 マキナはふとある事に気が付いた。シグマの事を王と同僚に報告した際に、すぐにいなくなったという男の存在に。 

「――おい、ゼルガは今どこにいるか知ってるか?この期に及んでまたどこかで変な研究をしているんじゃないだろうな?」

「ゼルガさんですか?ゼルガさんなら西のいつもの実験室に行くと先程行かれましたよ?」



「……はあ?」



「あ、怪しい……!」

「このタイミングでか……黒だな、どう見ても」

「ええ、昨日今日で人を移動させるなんてできるわけないもの、入念に計画した者の犯行よ」

 なぜ寝て起きてすぐに捜索活動をしているのか。なぜ行方不明だとすぐに理解できたのか。それは、いなくなった人が自宅や部屋でそこにいたのを見た人がたくさんいるからである。そして、それがいなくなったという事は、少なくとも音を立てずに、あっという間に攫う事が出来ないといけない。だからこそ、全国一斉捜査を命じたのだ。誰がどこまでいなくなったのかを把握できるから。

「というかそもそもここ、ベアトリウスの首都、アギスバベルよ?どれだけ人がいると思ってるのよ。夜やったとしても見ている人がいるはずなのに、それすらいないなんておかしいわよ」

「ちょっと待ってください、実は、大火事事件の調査をしている時にサンバニラで食料の盗難があったんです。犯人は無事逮捕されました。あの時も夜、その時は停電が起きていたんですが、今回はそれがない……この違いはどういう事だと思いますか?」

 シグマの疑問は当然だった。今回のこの経験は、彼にとってただのデジャブだったから。

「そりゃシグマ、魔法や」

「魔法?魔法で人を静かに運ぶなんてことできるの?」

「眠らせるというより、幻惑の類だろうな。人が連れ去らわれているなんて思わないような光景を一時的に見せたんだろう。こんなに人が多いと、そういうタイプの魔法が効きやすいだろうからな。他人にあまり興味がない人が多い大都市ならなおさら」

「そういう魔法があるのか……」

 自分も魔法を使っているが、あると言われている魔法を全て経験した事なんてない。成人したばかりならなおさらだ。

「それで、どうするの?そのゼルガっていう人、あなたと同じ軍人なんでしょ?探すの?調べるの?」

「……するしかあるまい」

「よし、なら今すぐ西にあるという実験室に行こう。兵士が既に調べている所に俺達が行く必要なんてないからな」

「お願いします、マキナさん。……ゼルガさんが犯人じゃないと良いのですが」

「私もそう思っているよ(だが恐らく……黒だろうな……)」

 長年の勘が、そういっている。

「相手が軍人ですから、戦う準備をしておきまショウ。犯人が一人だと確定しているわけでもありまセン、今はたとえ一時的な物でも味方は一人でも多くいた方がいいディス」

「そのようだな」

 マキナは頷き、引き続きシグマ達と行動を共にすることを決めた。

「行こう」

「(怖気づいてじゃだめだ……。私も皆の役に……)」

「(マイニィちゃんもシグマさんも、まだ若いのに負担を強いような事が起き続けていますね。私はフェルミナ教の信者ですが、この世界はどうやら生きやすい世界ではないようです……全く嘆かわしい……)」

 普段の仕事のような事をするのは苦じゃないが、今自分がいるのは外国の地。早く終わらせて、本題に入りたいという気持ちが、シグマやベアトリウス、両方にあった。

 マイニィちゃんの事もあり、段々と重荷が増してきたなとシグマは心の中で思っていた。

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