第3章:見えてきたもの2

「ほんで?この後どうするん?一泊するんか?」

 夜。眠る前、みんな揃って。

「このままベアトリウスに行くよ。ランドルフ騎士団長から行けって言われたし」

「そうなんか」

「ただマイニィちゃんの社会勉強が……。満足にいっていないというか……」

「そ、そんな……気を使わなくていいんですよシグマさん」

 言われた以上はなるべく守りたい。使命感にかられるシグマだが……。

「あたし達がいるから、町の人達はあまりマイニィちゃんを気にする人はいなかったのよね。ただ、一度お嬢様だって気づかれると、さっきのマルクのように興味を持たれてしまう。たまたまあたし達とついて来るときに来ていた服が、そこまで目立つような服じゃなかったから着替えてとは言わなかったけど、なるべくマイニィちゃんは目立たせたくないのよね」

 メイがマイニィちゃんの状態をマルクに説明した。

「なんや、わいのせいって言いたいみたいなセリフやな」

 自分のせいにされたら溜まってもんじゃないので、マルクは再び信用を得るために話をし始めた。

「わいは情報屋や、お嬢様が騎士と一緒にいる時点で護衛しているんだなと予想できるからそんな心配しなくてええで、誰にも言わん。ただ、カレア家のような貴族だと庶民でも貴族オーラが出てるっちゅう話や。ようは気づく人は気づくんや、たたずまいとかで。変に隠そうとせず堂々としていようって結論が出てるんやろ?ならそうすればええやんか」

「そうするつもりだよ。ただ、僕には抱えている物があるってだけさ」

「ほー。そうなんか。わざわざ苦労する道歩んどるんやな、そりゃすまんかった」

 なるほどな、納得したわ、と手でポンと音を立てるマルク。

「信用できないならできないでええねん、最後金払って、きちんと終わればそれで問題ないんやから」

「(こういうお気楽な人ですけど、まだどうしたらいいのかよくわかりませんよね?)」

「(そうね。裏社会の情報とかもある程度知っているだろうし、あたし達にとって不利な情報もあるだろうから、敵にはしない方がよさそう)」

「(とにかく今は信じるしかないわ)」

「(はい……)」

「……おやすみ、みんな」

「おやすみなさい、シグマさん」

 こうして、シグマ達は部屋でぐっすり眠った。




「ノーシュとベアトリウスは、共に北が豊かな森林地帯で溢れているんだ。だからそこを農村として長年使ってきた歴史がある」

「へぇ~」

 朝食をとりながら、シグマはマイニィにちょっとした地理を教えてあげていた。

「他にもノーシュは西、ベアトリウスは東にそれぞれ海があって、立地も良いんだ。他の国とも付き合いがあるけど、ベアトリウスが一番近い国だから、やたら向こうから敵視されているんだ」

「そういう関係だったんですね……」

「なんや、社会勉強か?」

 サラダをほおばりながら、ぼおっとその光景を眺めていたマルクは、なんでそんな事を教えているんだとばかりにシグマに話しかけた。

「そうだよ。ろくに教えてないから、せめて自分がやった事でもと思って」

「 熱心な奴やな。勉強なんて見て感じた事が全てやんか」

 情報屋の持論に、シグマはむっとして反論する。

「情報屋特有の育て方論は言わなくていいよ。僕はすべき事をしてるだけだ」

「すべき事ねぇ……」

 そう言って、マルクはシグマに自分の知能を知らしめるべく話をし始めた。

「言っておくけどわいだって知的好奇心ぐらいそれなりにあるで?というかないとこの仕事できへん所あるし。大火事事件の事は成人しないうちに調べたし、独自調査もしてた。わいが言いたいんはよくそんな誰かに教える暇あるなっちゅうことや。わいや先輩と違ってお前ら二人は成人したばかりなんやろ?無理してどうするねん」

「……面倒だから言うけど、セレナ王女直々頼まれたんだよ。マイニィちゃんの事も」

「その通り」

「 ……ようやるわ。一瞬イエスマンかと思ったわ」

「僕は求められている事に応えようとしているだけだ」

 情報屋特有の、探りを言える感じ。シグマはこれがどうしても苦手だった。何も悪い事はしていないのにあちこち調べられるわけだから当然だが。

「はいはい、あんさんはすごいすごい」

「どうしてマルクさんはそんな言い方なんですか?無駄に煽るような言い方を……」

 そしてイリーナがその事を指摘する。

「別に煽ってへんで?煽るような事を言わないと情報引き出せないねん、相手が相手やからなわいらの仕事は」

 言っている事は理解できる……のだが。

「想像できるから言わないけど、脅迫じみた事を時に言ってきたんだろうって事は伝わるわ」

「きょ、脅迫……」

「やっぱお互いの理解こそ万物の正解への道しるべやな」

 と、マイニィちゃんの反応でちょっと言い過ぎたかなと思ったマルクは、言い忘れたと言わんばかりに話を変えた。

「そうや、隠してる事をどういう事やと追及したり、こういう事になってるけどお前さん何やったん?って聞くのが情報屋の仕事や。その聞く場所が火山とかの危険な場所だとしたら、何聞いたのかぐらい想像できるやろ?当たってるかどうかはさておきな」

「……」

「わいはカレア家のお嬢さんに説明するようなカタギな仕事しているわけじゃないから、こういう言い方になるんや。もはや職業病や。わいは別に謝ってもええけど、したところでどうせ大火事事件の事が終わるまで定期的に出るで?そのたびにイラついたら謝れと?」

「わかったよ……。ただ今回だけはマルク、あんたが突っ込んできたんだ。僕はずっとマイニィちゃんに社会勉強をさせてあげたいと言ってる。それを阻止したんだから、次からは黙ってほしい」

 ただでは引き下がらない。

「はいはいすまんすまん。でも知らないんだからしょうがないやろ、初めましての関係ってのはこういうもんや」

「(やっぱり関わりづらい相手ね……)」

「(今後同情するような話がなされるんでしょうか……。とてもそうには思えませんが……)」

「あ、あの……シグマさん、私シグマさんの説明、とても楽しかったです!」

「あ、ありがとう……」

「(けっ……わいにはまぶしすぎるで……)」





「ベアトリウスは国境線から行けるで?ダグラスからももちろん行けるけど、首都のアギスバベルなら線路沿いに進む方が早い」

「教えてくれてどうも」

 いざ、ベアトリウス帝国へ。シグマ達はルンバを後にし、ベアトリウス帝国の首都、アギスバベルに向かって歩き始めた。マルクという情報屋を連れながら。

「(首都の名前はアギスバベルっていうのか……)」

 ベアトリウスに関しては、ランドルフ達から色々教わったはずだが、果たして首都の名前まで出てきただろうか。シグマは習った事を思い返しながらそんな事を思っていた。

「で?あんたら大火事事件の再調査を初めてどのくらいなの?」

 森を抜ける途中。マルクは話題として、いきなり今回の旅の本質をついてきた。しかし、昨日の今日でびくりとするシグマじゃない。

「まだ1か月ぐらいだよ。情報がなかった町にそう何日も滞在するわけないからね」

「ほーん、レオネスクから来て、シエルエールに行って戻って洞窟通って、そしてルンバまで来たんやろ?結構歩いて聞いてきたのにマジで何も情報なかったんか」

「……そう言ってるだろ」

 何が言いたいんだこいつは。シグマはマルクの言い方に腹が立ち始めた。

「はは、やっぱうまくいってなくてキレとるんか。まぁ、あれはなぁ……うちの情報屋界隈でも、キワモノ物件として扱われとるねん。国としては未解決事件として処理するのはどうなの、ってね」

「……どういう事それ?」

 メイが質問する。

「だってあの事件にはシグマみたいに少なからず被害者がいるんやで?犯人捕まえられなくてすいませんでしたで終わるのが

国の対応なのかって話になるやんか。今の再調査がわいを通じてこれから界隈に広まるんや、ほらやっぱり屈辱だったんじゃないかってわいの仕事仲間は思うはずやで」

「……。言いたい事はわかるけど、当時幼かった僕達にはどうする事もできない」

 シグマの言葉に、マルクはそりゃそうよと頷いた。

「その通りや。だからなんかあったらあんたらの上司が動くかもなって事」

「動くかもって……」

 どういうケースでどのように?肝心の事がはっきりしない言い方に、メイももやもやし始めた。

「ベアトリウス人があの大火事事件の事をどう思っているのか、それをこれから目の当たりにするんです。当然ベアトリウスの騎士達の意見も聞く事になります」

「……容赦ない本音を言われるぞって事か?」

「そうや。だから、今のうちに覚悟しておいた方がええで。それであんたらが嫌な思いしようと、被害者で当事者ならしょうがないやろで終わるやろうからな」

 わかったか。ニヤァ……と口の端を吊り上げるマルク。言いたいのはこういう事だったようだ。

「「……」」

 シグマとメイは、マルクの話を聞いて、よりいっそう慎重に行動する事に決めた。

「だから、自分の心の機微には気を付ける事や。もし心が折れるような事があってもわいはどうする事もできへん、カウンセラーじゃないんやから。同情でも構へんのならいくらでもするんやけどな」

「ありがとう……。でも、なるべく君の力は借りないようにするよ」

「ほんま強がるなぁ、男としてプライドを大切にする気持ちは理解できるけど、ほどほどにしておくんやで?あんたらが今こうして再調査ができているのは、まぎれもない先輩と上司のおかげなんやから」

「……なによ、普通に良い事言うじゃない……」

 驚くメイ。

「あんたもわいの事信用してへんなぁ、客を大事に扱うのは商売の基本やんか」

 そう言って、腕を組むマルク。

「まぁ、わいが言っても聞かないって事は、それだけ想いが強いって事やろ?それはそれでええやないか、否定するものでもないし。ただ、自分の感情を優先し続けられるのかはわからんけどな。大火事事件の調査によってノーシュとベアトリウスの関係が悪化するなら、それはそれまでの関係だったって事や。くくく、そうなったらわいは、なるようにしかならへんのだから楽しませてもらうで」

「もしうざい野次馬化したら許しませんからね」

 イリーナがすかさずフォローを入れる。

「はいはい、あんたの言いたい事もわかっとるで、大切な誰かが死んでる人の前で配慮にかける事は言うなって事やろ?」

「そうですっ」

「もちろんそのつもりだけど、真実ってのは時に残酷な物なんや、急に突然人が死んだ悲しい事件が普通に解決するとは思わへんってのが正常な考え方だと思うで?」

「そりゃあそうですけど……」

「わいも怒ってしまうような奴が犯人だとええなって事でこの話は終わりにしようや。さあ、ベアトリウスに行こか」

「し、シグマさん……」

 マイニィは心配そうにシグマを見つめる。

「……うん。僕達はマルクさんの事を信じるしかない……」

「ええ、活躍してもらわないと困るわ。今はとにかく彼についていきましょう」

 シグマとメイは、わざわざ情報屋としてフォローするといったマルクを、とりあえずは信用して、活躍する(ばりばり働く)のを期待しながら歩き続けた。

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