第2章:調査と出会い8(完結)

「それでランドルフさん。犯人はどうやって捜すんですか?」

 夜、宿屋で食事中。メイはご飯を食べながらランドルフに聞いた。作戦会議だ。

「う~ん、このまま散開して、手あたり次第探すでもいいんだが、今回は犯人象にかけたいと思う」

「犯人像に……?」

「ああ」

 シグマはランドルフのこの自信に満ちた推測は何だろうと首を傾げた。

「それって、スケジュール表も盗んだのはおそらく犯人も想定していないっていう、ランドルフさん独自の推測ですよね?」

「そうだ」

 そう、これである。このランドルフはなぜこの推測を立てたのか。いや、立てていたのか。

「まぁ、俺としては、犯人が盗賊であるかどうかさえ疑問なんだが、あのマキナとやらが言っていた事を信じるなら、このやり方が望ましいだろう。……はっきり言って、食料難で盗んでしまったのなら、特例で安く食料を売って、何日か無料で働かせるぐらいの罰で十分だろう」

 刑はもっと軽くなるかもしれない。ランドルフはしぐさでシグマ達に説明した。

「ベアトリウス人だったらこうはいかないだろうから、一応牢屋に入れると言ったまで」

 牢屋に入れたという事実が重要なんだ、ああいう奴にはな。とランドルフはコーンスープを飲みながら話を続けた。

「な、なぁ~んだ。ランドルフさんも最初からノーシュ人による犯行だと思っていたのなら、言ってくれれば……」

「はぁ……」

 ランドルフはシグマのこの安心を見て、やはりまだ騎士になりたてだなと思った。肝心な所が抜けていない。

「——シグマ。これだけは言っておく。ベアトリウス人はお前の考えているような人間ではない。甘く見るな」

「そ、それはわかってますけど……」

 シグマはランドルフが急に真面目モードになり目つきを鋭くしたのでびくっとびっくりする。

「お前はあの国の人間とまだきちんとやり合った事がないから、そんな事が言えるんだ」

「(どういう事なんだろう……?)」

「(経験者だから言うってことですよね、これ……)」

 マイニィとイリーナは二人の会話を横目で見てひそひそ話す。二人にとっては上司と部下という面白い会話なのだ。

「……まあいい。お前も成人になったんだ、俺が何を言ってるのかはすぐにわかるはずだ。これからベアトリウスに足を踏み入れるんだからな」

「(お、怒られ、た……?ちょっと言い過ぎた所があったのだろうか……)」

 シグマはまさか自分が起こられるとは思っていなかったので少し心の中で反省する。しかしこっちからしたら急に来て対応しなきゃいけないからしたという、仕事の一環として対応しただけなのだ。だからこそびっくりしたのだが……。

「(確かに僕はノーシュの事しか知らない。というか城の中で育ったのだから知らなくて当たり前……。まさか、その弊害が今起きている?だから僕を旅に出させた?わ、わからない……。僕はランドルフさんを必要以上に持ち上げるなんてしてないはず……)」

 シグマはランドルフが仕事ぶりに文句を言っていない事は理解している。マキナというベアトリウスの軍人と出会い会話した時も少なくとも油断なんてしていなかった。なのに厳しめの評価を下された。だからこそショックなのである。もっと失礼な態度でもいいのかと。まだ足りないのかと。

「(ベアトリウス人を甘く見るなって、あのマキナより上の、もっとやばい奴が存在するとでもいうのか?……彼女だってバチバチにやり合っていたじゃないか……。色々気になる事を言われたけど、僕にできる事は気をつける事だけ。この件を終わらせて、早く大火事事件の調査の続きをしないと……!)」

 シグマは今更ながらこれから行くベアトリウスという国と、そこにいるマキナ以外の軍人について思いを膨らませた。

「(天涯孤独の身のシグマにとって、ランドルフ騎士団長は兄であり父親代わりの存在。男として厳しく言わなければならない事があったのかな……。本当はランドルフ騎士団長は優しい人である事はシグマもわかっているはず。変に引きずらないと良いんだけど……)」

 こういう時、メイはサポートに回る。というより、ノーシュにとって、若い部下を他国に送るのはここ数十年間のうちでは今回が初めてである。今までは上司が必ずいたし、何かあった時のために人数を多く派遣する事もよくあった。しかし今回は新人二人のみ。しかもそれは人手不足ではなく、成長のためである。ようするに隣国であるベアトリウスにとってこの旅は、新しくなったノーシュを見る事になるのと同義なのだ。

「(ベアトリウスの人は確かにランドルフさんの言う通り、国柄として厳しい事で有名です。ですがそれはあくまで一部の人のはず……。騎士団長ともなると、国の裏の事情が分かるのでしょう、言いたくなるのは仕方ありませんが……)」

「(こ、これが大人!)」

 ちょっとピリピリした空気になって来たので、ランドルフは話を終わらせる事にした。

「俺が言った事が気になるのならとっととこの件を終わらせて、さっさとベアトリウスに行くんだな。ああ、でも犯人がどこにいるのか探し方がわからないだろうから、とりあえず隠れ家的な所を探そう」

 そう言ってランドルフはルンバ周辺の地理的特徴をシグマ達に教えた。まぁシグマとメイあと聞いていないけど恐らくイリーナも、教えられたことがあるので理解はしているのだが……。

「この周辺は森はあるが洞窟はあまりないから、思ったよりも広い所にいると思うぞ。ここに来るまでに誰かが隠れていそうな所も無かったしな」

「じゃあ少しこの先かなってことですね。シグマ、わかった?」

「う、うん」

「(……一応、最後までついていく事にしよう。戦闘にはギリギリになるまで参加しなくていいな。盗賊がそこまで強いわけあるまい……)」

 夕食を食べた後、このまま夜勤で犯人を捕まえるか、翌日の朝に捕まえるかは、ノーシュでは自分達で決める事ができる。もちろん緊急の場合は休憩はないが、今回は犯人がどこまで逃げたのかが焦点だ。なので、逃げ切った可能性も考慮して、どこに逃げたのか痕跡を探せばとりあえずは良いという事になった。もちろん、その痕跡があるかどうかが焦点なのだが、盗まれた以上犯人は人気のいない所を通るので、そういう所を中心に探す事になる。




 で、時に分散して探して、それっぽいルートを辿って着いたのが、この森の中の木でできた小屋である。二階建てでも木の上に作ったわけでもない、普通の小屋。ま誰かの秘密基地だったり、自分達のような旅人が休憩するときに使ったり、今のような逃亡者が隠れる場所でもあったりと……まぁ、いかにもな場所なのだが。

「ここにいますかね?」

「さあ?」

「入ってみないとわからないよ」

 ですよねぇとシグマは小さい声でつぶやく。ランドルフはそんなシグマを腕を組み見守っていた。

「は、入りますか。失礼しま~す」

 ギギィ~と扉を開ける。建築されて数十年は経っていそうだったが、強度はしっかりとしていそうな扉だった。

「げぇっ!?見つかっちゃった!」

「え、えっ!?」

 入って早々、女の声がした。

「この反応……。今回の犯人はここにいたのね」

「どうやらそのようですねぇ……」

 はい、後は捕まえるだけでーす。

「あなたが列車を破壊した盗賊で間違いないかしら?」

「き、騎士団の者か……?」

 言われてシグマ達は頷いた。

「~~え、ええそうよ!何か良い物ないかなぁ~と思って、列車の中に侵入して荷物を漁りましたよ!何、悪い!?」

「(そ、それが泥棒っていう悪い犯罪なんですけどね……)」

「何を盗んだか白状してもらえるかしら?はっきり言うけど、人数であなたに勝ち目はないわよ」

「盗んだ物なんて食料だけよ。いくつかは盗んですぐに食べたし、残りは予備として袋に入れてる。出して見せる必要もないでしょ」

 クーシャはシグマ達に見つかって、すぐに全てを白状した。まぁ人数的に不利だし、自分を探し出すのはわかりきっていたので身構えていただけなのだが。

「(や、やけに素直に喋ってくれたなぁ……。あ、でも、これでマキナの推測は当たりだったわけだ。あくまで結果的にだけど)」

 シグマは今回の出来事に一言感想を心の中でつぶやいて、仕事モードに切り替えた。

「——スケジュール表はどこにありますか?」

「スケジュール表?ああ、あの変な紙切れの事ならそこに……」

 シグマはクーシャが地面に指を差した方向に目をやる。そして歩いて拾って確認した。

「(ベアトリウス用……間違いない。これでこの人が今回の犯人である事が確定した。でもうまく行きすぎてるぞ……何か裏があるんじゃないのか?)」

 このスケジュール表は、新しい物は既にマキナが乗組員の人に渡しているだろうから無意味なのだ(ろう)が、証拠としてベアトリウスに渡す事になっている(そう条約に書かれている)。つまりマキナに返す品(用事)が出来たのだ。

「あの、あなたの名前と、当時の状況を教えてください。あなた一人で盗んだんですよね?」

「な、名前?く、クーシャよ。クーシャ・ホワイトニング。それがあたしの名前。——ええ、一人で盗んだわ。といっても、

列車に荷物があって盗めそうなものがあるっていうのは、盗賊達の中で数か月前から話題だったけどね」

 ようするに列車は目立つ存在だったと。

「それで、誰かに取られたくなくて独り占めしたくて盗んだと?」

「まぁ、素直に言えばそういう事。でも、私が来るまでに既に何人か来て盗もうとしていたらしいわ。その時は守りの兵士がいたみたいだけど、いつの間にかいなくなってたみたいね」

「(……変ね。盗賊の中で話題になるのはわかるけど、いたはずの兵士がいなくなってた?それって……)」

「(ベアトリウス軍で間違いないな。担当の者が変わったのか、それとも別の任務で出かけて警備できなくなったのか。どちらにしろ、今判明した新たな情報だ。どうやらベアトリウスは、列車を運行したいが、だからと言って真面目に進めるつもりはないようだな。という事は、そもそもあの列車はベアトリウスの商人が強くやってほしくて、始まったプロジェクトの可能性が高いな。あのマキナの反応を考えると、ベアトリウスの騎士は部下を引き連れてそれぞれ独断で自由に行動しているのか?だから今回現場にいない……マキナがたまたま近くにいたから担当したというのがその証拠……。確定情報ではないからまだわからない部分も多いが、色々見えてきたな。ベアトリウス側の事情が)」

「ていうかあんたら何なのよ!勝手に人の家に入らないでくれる!?」

 シグマ達が推測タイムに入っていた間、じっと身構えたクーシャであったが、何もしてこないので自分からつっかかる事になった。なんであたしがという感じである。

「あ、すいません……」

 シグマは反射的に謝る。

「いや、あなた盗賊なんですから基本野宿でしょう?ここはあなたの家ではありませんよ」

 イリーナが当然の事をクーシャに言う。クーシャもクーシャで、少なくとも最低数日間は使っていただろうから家のようなものなのだろう。にしたって馴染むのが速いが。

「(シグマさん、何盗賊相手に謝ってるんですか!舐められますよ!)」

「(ご、ごめん。つい反射的に……)」

「あのさぁ、こっちとしてはいい加減逮捕したいんだけど……覚悟はできてるのよね?」

「ふっ、もちろん」

 メイが武器を前に出して戦闘準備に入ったのを見て、シグマ達もそれに続いた。

「(これでなんとかこの問題は終わるか。だが、ちょっと注意しないといけない事が出てきたかな……。城に戻ったら一応王女やバリウス達に報告して、作戦をねるか……先手を打たれてはまずいからな)」



 クーシャは雷の魔法を使ってきた。盗賊らしく、面倒な戦いになったときの手段は心得ているらしかった。シグマとメイも戦う女盗賊をこの目で見たのは初めてだったので、苦戦した。最初のうちはだが。

「はあっ!」

「ぐっ……うぅ……。はぁ……これであたしも牢屋入りかぁ……」

 人数的に不利なのですぐに状況が逆転する。そしてそのまま勢いで押し切った。

「——一つだけ確認しておきたい。お前はノーシュ人なんだよな?」

 ずっと見ていただけのランドルフがクーシャに質問をする。

「そう……だけど」

「なら、同胞として、ベアトリウス行きじゃなくて良かったな、とだけ伝えておこう」

「は、はぁ……?ていうか、どっちでも牢屋に入るなら、大して変わらないでしょ」

「いや。そうでもない。もしお前と対峙するのが俺達ノーシュではなく、ベアトリウスだったら、お前は実刑判決をされていたぞ」

「はぁ!?なんでよ、こんな軽い泥棒で実刑なんて……!」

「ベアトリウスは面倒事は起こしたくないようだ。そのために、普段しないような重い判決を出して、何事もなく進んでいるように見せたいんだろう、国内ではな」

 列車の中で犯行したのが間違いだったな。とランドルフはクーシャに告げる。

「国境で泥棒したのが不幸中の幸いだと思うぞ?同胞を守る事を、同じノーシュ人として約束する」

「ど、どうも……」

 クーシャは倒れた体を起こして立ち上がる。

「(ふんっ……思わせぶりな事を……あたしだってベアトリウスがどういう国ぐらい知ってるし!というかつい最近そっちにいたし!)」

「ランドルフさん……彼女の事はどうするんですか?」

「普通に俺が連れて行く。お前達はこのままベアトリウス入りしろ」

「……良いんですね?マキナの事があったばかりなのに……」

 こんな形になったが、最終確認を直属の上司であるランドルフに確認する。

「マキナの事があったからだろ。大火事事件の調査はまだベアトリウスではやっていないんだぞ。本命中の本命だろうが」

 ランドルフはわざとベアトリウスで調査をしなかった当時の事を思い出してシグマに告げる。

「もし俺達騎士と交流があるベアトリウスの人間と接触できれば、有用な情報を持っている可能性は普通の一般人よりも高いんだ。たとえ結果的に犯人を見つけられなかったとしても、探したという記録は残さないといけないだろ」

「そ、そうですね、わかりました」

「……頼んだぞ。お前が、お前自身が犯人を見つけるんだ」

「は、はい……」

 そう言って、ランドルフはクーシャを連れて歩き出す。歩いている方向はルンバの馬車がある方向である。

「後、シグマが持っているスケジュール表はきちんとマキナに返すんだぞ。これからお前達はベアトリウスに行くんだから」

「ちょっとちょっと、なんの話よ?あの4人がこのままベアトリウスに行くって?」

 自分の事があっさりと終ったせいか、話を聞いてたらしいクーシャがランドルフに話しかける。暇をつぶしたいんだろう。

「ふっ、あいつらには色々あるのさ。気になるなら歩きながらでも話すが?」

「いや、遠慮しとく。ベアトリウスじゃなくて良かったなとかいうぐらいだもん、碌な話じゃないんだろうし……」

「はははっ、それが良いと思うぞ。シグマがベアトリウスに行くのはあいつ自身の問題だからな」

「?(何言ってるのこの人……)」

 クーシャは早く刑を終わらせたいため、素直にランドルフに従い彼を追う形で歩き出した。

「はぁ……今回もなんとか終わったなぁ……」

 シグマは二人(特にランドルフ)が去っていくのを見届けて一言つぶやく。

「ランドルフさんには感謝しないとね。ほぼあの人のおかげだもの」

「ああ。国民の悩みはなるべく解決するつもりでいたけど、流石にここらへんの列車の事なんて頭に無かったよ。うっすらとしか聞いてない話だったのに」

「話が分かる相手で良かったわよね。じゃなかったら今頃どうなっていたか……」

「うん、本当にそう思うよ……」

 マキナという当然だけど予想外だった人と出会ったが、これで無事にルンバを去る事が出来る。そして結局、ノーシュには大火事事件の事を知る人はいたが、犯人の探す手掛かりは手に入らなかった。なので。

「お二人とも。どうするんですか?このままベアトリウスに行っちゃっていいんですか?」

「このままだと確か……ダグラスっていう町に着くんですけど」

「ダグラス……いや、ごめん。少し休憩させてほしい。ベアトリウスに行くまでに色々整理した方が良いと思うんだ」

 腹も減ったし。そうイリーナに言うシグマ。本音はダグラスという町が良くわからなかったら整理したいのである。

「私もそれに賛成。ベアトリウスに行く前にベアトリウスの軍人に出会うなんて、用心した方が良いに決まってるもの」

「でルンバに戻りますか」

「うん、そうさせてほしい……。マイニィちゃんもそれでいいかな?」

「はい、私は大丈夫です」

 シグマはほっとする。国境沿いとはいえ、すぐにベアトリウスの中心地にまで着くわけじゃないので、食料確認とかも兼ねて一度戻りたいのだ。

「ありがとう、じゃあ……」

「戻ろっか。旅をして初めての作戦会議になるわね」

「うん。僕達は成人したんだ、きちんとしないと……」

「(大火事事件の当事者とはいえ、子供を保護しながらは流石に負担が大きいようですね)」

「(荷が重く……なったりしてない、よね?)」

 それぞれの思いを胸に、本命の地へ足を踏み入れる事を決めたのだった。

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