第2章:調査と出会い5

「それで、どこかに向かう予定とかあるんですか?」

 クレアドロンを後にしようとするシグマ達。イリーナは今後の予定をシグマに聞いた。

「いや、ノープランだよ。普通に全国を回って、その後隣国のベアトリウスかなとしか思ってない」

「一応このまま進むとルンバに着くわね」

 メイが助言をする。クレアドロンは十字路、つまり東西南北の方角に街道があるノーシュの玄関だが、それに対しルンバは門番だ。当然他の町と扱いが少し違う所があり、警備兵が多くいたり、とくに人の交通は厳格に対応するようにしている。

「ルンバというと、列車があってノーシュの国境ですよね?」

「そう、そのルンバ」

「ふ~ん、そうですか……皆さんはルンバに行こうとしてるんですね……」

 なんとなくだけどね……とシグマが頭を掻きながら苦笑いをする。メイはイリーナの事を何か考えてるのかしらと言いたげな表情で見つめていた。

「よし、それなら行くついでに世間話でもしましょう!マイニィちゃんの社会勉強もかねて!」

「ええっ!?い、いいんですか?」

「いいに決まってるじゃないですかぁー♪」

 と、マイニィちゃんの肩を両手でつかむイリーナ。まぁ、交流して自分達と仲良くしたいのは伝わってくるが、少々積極的で驚く。何をそんなに突き動かすのだろうか。

「フェルミナ教……世界中で知られている宗教。この世界は女神フェルミナが創られた。この惑星の名前がフェルミナなのもそのせい……」

 一方、シグマはイリーナがシスターだからか、普段はあまり考えないフェルミナ教について考えていた。この惑星名がそのまんま宗教になっている。古代の人は言ったという、この世界は女神、フェルミナが創ったのだと。真相は神がいるかどうかわからないし、確かめようがない。

「歴史の復習?まぁその通りだけど」

「お~?フェルミナ教について話してるんですか?いいですねいいですね~」

 イリーナがシグマとメイの会話を聞いて歩み寄ってくる。シグマは当事者が来たのでちょっとびっくりする。

「い、いやぁ、急に仲間になり、旅に加わりましたから、ちょっと色々整理したくてですね……。ほら、普通シスターって教会にいるじゃないですか。だから仲間になったのが珍しいというか……」

 イリーナは成人したばかりの自分達と違って働いて数年は経っている立派な大人の女性である。なので敬語で話しかけたが、サイフォスの一件があったからか、どこか他人行儀になってしまった。

「まっ、活動的なシスターもいるって事よ。ねぇ、イリーナさん」

「ふふん、私は本部所属ですから。こう見えて序列はそれなりに高いです。全体でみればまだ下の方ですけどね」

「へぇ~」

 会社っぽい説明になったが、フェルミナ教は枢機卿を中心に、かなり厳格に序列が決められている。これはあくまで責任の範囲と実績をわかりやすくするためで、フェルミナ教の教えを説くために、ガチガチなルールなどはない。きちんと本部に認可されていえば、教えを説いて回る信者もたくさんいるのだ。だからこそ、イリーナのような本部からやってきた人は気になるのである。

「どういったお仕事をなされているんですか?」

「あ、敬語はしなくて大丈夫ですよ。——えっとですねぇ、まぁ色々です。急な仕事を任されたり、近くの教会の手伝いに行ったり……言ってしまえば、宗教が宗教であるべき事をやってるという感じですね。事務処理とかどうしてもしなきゃいけないので。空いてる時間は結果的にあまりないんですけど、波があるので、そういう日は私のようにどこかに行けって言われたり……あはは、たまたま暇だってことがばれちゃいましたね……」

 といって、イリーナも顔をぽりぽり手でかく。

「へぇ~フェルミナ教ってそういう事をしてるんだ……」

 フェルミナ教がどういう風に広がったかはこれも古代の人にしかわからない。当たり前のようにあり、当たり前に支援とかしている。当然昔は文化や文明が進んでいなくて、過激な活動もしていた。今はどこにでもあるようなただの慈善団体だ。あくまで普通に関わっているだけで言えば、だが。

 もし、入信して信者になると、当然教典や洗礼がある。儀式や伝統を大切にしている。もちろん信者の人達はなるべく自分達を普通の人間だと伝わるように人との接し方、話し方を学び、努力している。今となってはフェルミナ教を胡散臭い団体だと思う人も少なくないからだ。神がいる事を証明できない以上は仕方のないのだが。

「世界各地にどこにでもあるんで、暮らしには困らないのですが、国の事情を必然的に聞く事になるので、あまり人には勧められない仕事ではありますね。厳格なルールは見ての通りありませんよ、毎日お礼をしているわけじゃないですし」

 と、何やら性分なのか饒舌に話を始めるイリーナ。まぁ、自分達の事だから話したくなるのだろう。

「ほら、ノーシュは社会インフラをフェルミナ教に任せている部分があるじゃないですか。……そっちの資料に載ってますよね?」

 これは騎士なんだからきちんと学びましたよね?という意味だ。シグマとメイは人が何を言っているのか、何を求めているのか理解できるようにならなければならないとランドルフ達に厳しく教えられた。

「それは長年の積み重ねでしょう。フェルミナ教と仲が悪かったら、全部自分達でしないといけないわけで。助けてくれるなら色々してほしいものよ」

 あくまで国としては。とまではメイは言わなかった。魔法が使えるとはいえ、国は国でフェルミナ教はフェルミナ教だ。教えを説くためには、むやみやたらと戦うのはあまりお勧めできない。最も昔は戦った事あるし、今もサイフォスの例があるように戦おうと思えば戦えるんだけど。

「社会インフラを一部任されているなんて初耳です」

 マイニィちゃんは素直に驚く。

「国が対応できない部分はもしかしたらフェルミナ教がなんとかしてくれるかもしれない、というだけの話だよ。国とはお互いに利用される関係で、フェルミナ教信者の給料を保証する代わりに貧困層向けに格安で食料や住み家を提供したりしている」

 シグマは数年前にフェルミナ教について教えてもらった事をそのままマイニィちゃんに話す。

「もちろん、そのための手続きはフェルミナ教がしないといけないし、変な事が起きないように記録もとってるよ」

「第二の国みたいな感じなんですね」

「国へ情報が届かないと国は動けないからね。なんかあったらまずはフェルミナ教、っていう考えは一般の人からしたら悪くないはずだよ。その方が国も動きやすいからね」

「うんうん、私達の事をお嬢様に説明するなんて、しっかり世の中の事を勉強してきたんですね!いやぁ~、素晴らしいですよシグマさん!」

「うわぁ!?急に背後に!?」

 いつ移動したんだ。そのぐらい早かった。イリーナは目をキラキラと輝かせて、シグマの手をつかむ。そんなに嬉しい事なのか……。仮に嬉しかったとして、そんなに喜ぶという事は他の人達はどれだけフェルミナ教について理解していないのか。そう思いシグマは少し怖くなった。

「そこまで語られるとなんだか照れちゃうなぁ。そうです、私が!私達がノーシュ国第二共和国、フェルミナ教ノーシュ支部です!……なぁ~んちゃって、えへへ!」

 まぁ、とにかくノーシュはフェルミナ教とうまくやっているという事である。

「ひ、秘密結社っぽい慈善事業団体みたいな言い方ね……」

 イリーナを見てメイは少し顔が引きつる。言い方がお気に入りなんだろうが、これまたあまりにも急すぎた。

「どこまで人を手助けをするのか、という話になると、国とフェルミナ教の力関係はややこしいので、あまりしないでいただけると嬉しいんですけど……まぁ、マイニィちゃんへの勉強なんですから仕方ありません」

 やれやれ……と言った様子で、イリーナ話を続ける。

「各国に支部があるのは事実ですけど、宗教が派生せず、ほぼフェルミナ教しかないというのはどうやら珍しいらしいです。一部の地域にしかないマイナーな宗教の人達から聞きました……」

 フェルミナ教はいわゆる巫女などは文化的には存在するが、自分達こそ神の子だ、神の預言者だ、神の言葉を聞いた、などはあまり聞かれない。神がいる事を信じるか信じないかしかない。自分達は魔法が使え、こうして多種多様の生物が生きている。もしかしたら自分達も神になれるのかもしれないし、なれないのかもしれない。ただ、そういうわかりきってるけど大切なことが教典に書かれているだけなのである。

 だからこそ、我々人類はなにかしらの方法で、神からの愛が確かにある事を確かめたいのだ。この世界から自分達は祝福されているんだと。そう信じたいと思うのは自然な事だ。実際は……自分達が目で見て感じたとおりだが。

「そりゃあ、この世界を創られたのが女神フェルミナだ、って言われたらね。それ以外のいわゆる法典は完全に人間による後付けだし。完全オリジナルの、架空の神とかもなんなら生み出せるわけで」

「うん、神の存在を証明しようがないからなんとも言えないけど、そうかもしれないねという人は結構いる。布教が目立つわけでもないから人々に嫌われてもない。はっきり言って、信じない人も多いけど、潜在的なフェルミナ教信者はかなりいるわよね」

「我がノーシュ国とフェルミナ教との関係は、救いたいならこうしろ、そうじゃないと許さないってきちんとした規則があるんですから、僕達も騎士としてシスターであるイリーナさんにはそれを言うしかない。それ以外にあれこれ言うつもりもありませんよ。こうして大火事事件の事を協力してくれるのも感謝していますし」

 そう、自分達はただやるべき事をやるだけだ。こうして、マイニィちゃんにフェルミナ教について、過去の自分達への指導を振り返りながら教えたのも、立派なやるべき事の一つだ。まぁ世間話から派生したものだが……。

「いえいえ、どういたしまして~」

 イリーナはお礼を言う。

「最近の悩みは貧困層の方が私達の元へ来るケースは昔よりも増えている事なんですよ。あ、これ統計を確認しましたから事実です。国に支援される人はそれはそれで支援しますけど、一時的な支援のために使う費用は当然増えるわけで、今回の件もそういうのが響いていたのかもしれません。もし本部に寄れるなら、きちんと報告するつもりです」

「まぁ、真面目だと助かるかな。色々頼れるから」

「ええ、ぜひ頼ってください!そのために私達フェルミナ教があるんですから!」

「(私もこの旅が終わったら寄ってみようかな……)」

 自分が関わらなくても、国とフェルミナ教の関係は今後も続いていくのだ。なにか事が起きた時でもない限り、深入りはしない方がいいだろう。その方が面倒事が増えるのだ。ノーシュとフェルミナ教はそういう関係性を築き上げた。

「そろそろルンバに着きますけど……向こうでは何か情報をつかめるといいですね!」

「うん、そうだね」

 イリーナと話していたらもう夕方だった。ルンバに着いたらどうせ泊まるのだ、シグマは着いてしまいたいと思っていた。野宿は別に構わないが、しなくていいならそれに越したことはない。

「もうすぐ着くんですね……」

「ごめんねマイニィちゃん、ちゃんと町見てまわれなくて」

「いえいえ、心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと社会勉強にはなってますから」

「こんな社会勉強になるはずじゃなかったのに……」

 マイニィちゃんをきちんと導けるかは旅の終わりまでまとわりつく悩みの種だ。そして同時に試練でもある。だからこそきちんとできているか細かく確認したくなるのだ。たとえそれが、女々しいように映っていようとも。

 なぜなら導いているかが重要で、きちんとできているかが重要ではないのだから。

「え、えっ?何の話ですか?」

「はぁ……フェルミナ教なら知ってるでしょ。マイニィ・カレア。カレア家のお嬢様で、両親が他界しちゃって、自宅を売り払ったのよ」

「聞いてないですよそんなの!」

 先に言ってくださいよ!と腕を上げぷんぷん怒るイリーナ。どうやらノーシュの細かい事情までは流石に把握できてはいないようで。というより、おそらくマイニィちゃんの両親が亡くなっている事をおそらく認知できていないだろう。シエルエールが気を使って報告していないだけで。流石に城には報告したが……。

「そりゃあ今初めてあなたに言ったしね」

 今になって一人の小さな女の子が騎士と旅をしている事に疑問を抱く方がおかしいのだ。メイはそう思っていた。だからこそイリーナに言わなかった。

「なるほどぉ、そういう事情が……」

 イリーナはマイニィちゃんとシグマを交互に顎に手をやりながら見つめた後、

「ますます一緒に過ごしたくなってきましたよ、本当、これからよろしくお願いしますね、皆さん!」

 二人の肩に手を置いて、間から顔を出すのだった。どんな事を話しても、イリーナのこの性格と人に対する接し方は変わらないのだろうとメイは思った。

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