第2章:調査と出会い4

 扉を開けて、真っすぐ神父を探し、見つける。彼は教典を手に台の上に立ち、こちらを見ていた。

「なんだね、君達は?」

「あなたがサイフォス、ですね?」

 イリーナが話しかける。自分の同業者だが、その眼にはしっかりと警戒の色が宿っていた。

「いかにも私がそうだが……」

 急に話しかけられてなんだ。と言いたげな表情をしながらサイフォスという(らしい)男は、こちらを見つめる。

「献金を自分の物にしている、というのは本当ですか?」

 そしてイリーナは、単刀直入に、本題に入った。

「ギクッ。——や、やだなぁ~お嬢さん。そんな事しているわけないじゃないですか、私は神父ですよ?」

 ……怪しい。

 サイフォスという男は、わかりやすい表情、というか苦笑いをして否定してきた。しかしこちらは既に証拠が出ており、降ろすために来たのだ。隠す必要はない。むしろ時間が掛かるだけだ。ばれたくない気持ちはわかるが。

「私も信者で、本部からあなたの言動を監視に来た者ですよ?」

 だからイリーナも、こういう話し方で詰めなきゃいけなくなる。

「なっ、なんと!」

 今気づいた。サイフォスは、心底びっくりした様子で後ずさりする。どうやら自分が既に詰んでいる事に気づいていないようだ。

「その驚きよう……。自分で黒だって白状しているような物だと思うんだけど……」

「全くね……」

 シグマとメイははぁ……とため息をついて目の前の犯罪者を呆れながら見つめた。

「どうなんですか!?本当なんですか!?証拠を隠しているんじゃないですか!?」

「ええい、調べるな!探してもでないぞ、私は立派な神父で—―」

 イリーナは我慢の限界だったのか、サイフォスの服をつかみ揺さぶる。当然サイフォスは離れさせようとする。

 そんな時だった。


 ポロッ。


「「「「「あ……」」」」」


「……なんですかこれ。なんであなたのポケットから1万円札が出てくるんですか?」

 イリーナはサイフォスの服から落ちたものを拾い上げる。それはどこにでもある札束だった。たった1枚だけだが。

「小遣いぐらい自分の懐にしまっておくだろう!」

 サイフォスはまだ認めない。流石にこれぐらいは想定済みだったようだ。しかし。

「信者からのお礼の手紙までありますよ?わざわざ手紙から開けて手に入れたんですか?」

 イリーナも反撃する。

「そりゃあ読まないと内容確認できないし、お金がちゃんと入っているかわからないし……」

「……ボロがでましたね。献金は本部に直接行くように決められています。中身を確認したなら新しい封筒に入れ直さないといけません」

「ギクギクッ」

 フェルミナ教はきちんとしている慈善教団である。汚職があったら、厳しい罰が与えられるルールだ。たとえそれが枢機卿レベルの上位の人であっても。だからこういう時も、どうしないといけないか規定がある。彼はそれを破ったのだ。ここまでくればもう十分だろう。

「開けて入れ直しもせずにポケットに札を入れていた。この時点で十分な証拠になります。覚悟しなさいサイフォス!

あなたの横領はすでにバレています!牢屋まで連れて行きますよ!」

「ギクギクギクゥッ」

 サイフォスはがくがく震え、汗をだらだら流し目を見開き歯ぎしりする。彼の状態はまさに薄情寸前の犯罪者だった。

「ふっ……。バレてしまったのならしょうがない!そうさ、独り占めしていたさ!それの何が悪い!」

 しかし、彼は。サイフォスは。開き直ったのである。この状態でまさかの。イリーナは信じられない様子でサイフォスを見つめていた。

「あなたは神父失格です。はぁ……もう既に水面で状況は動いています。新しい善良な神父がここに派遣される予定です。あなたが捕まえればすぐに到着します」

 イリーナは戦闘状態になりつつ、仁王立ちし、指をさして堂々と言った。

「サイフォス、あなたはもう終わっているんです!」

「さあ、それはどうかな?終わるのはあなた達の方かも知れませんよ?」

 サイフォスは待ってたと言わんばかりに戦闘態勢に入る。どうやら意地汚くあらがうようだ。こうなったらやるしかない。

「皆さん、来ます!」

「くっ!」

「っ!」

「はぁ!」

 教会内で戦うのは気が引ける。しかし幸いクレアドロンの教会は、町がそこそこ広いためか教会もまたそれなりに大きく、椅子が邪魔だが、なんとか戦えるスペースはあった。街中で戦っている以上、短期決戦をしなければならない。

「よっと。ったあ」

「ぬぐぅっ!」

 サイフォスは、神父にしては戦闘力があった。彼が使ってくる魔法、強化魔法は、侮れないものだった。しかしイリーナはシスターらしく回復魔法を身に着けており、シグマとメイは普段以上に戦闘に専念する事ができた。

 その結果。

「がはぁっ!」

 シグマとメイの連携、マイニィのとどめの一撃により、サイフォスはあっけなくダウンした。

「……さぁ、大人しくついてきてもらいますよ。兵士達に連れて行かせるのを待たせているんですから」

「あら、準備が良いわね」

 サンバニラでは自分がやったのだ。他人がやってくれるのは手間が省けてうれしいのだろう、メイは嬉しそうに答えた。

「ふっ、貴様らから見れば私は小悪党の一人に映っているんだろうが、この世界の闇はこんな物じゃないぞ」

 突如。メイが嬉しそうにしていたのが不服だったのか、サイフォスはなにやら負け惜しみを言い始めた。

「どういう意味だよ?」

 気になる言い方をされたので、シグマが質問をする。

「シグマさん、耳を貸さないでください。サイフォス、あなたの話は牢屋でじっくり聞きますから」


「大火事事件の事を知っているのか!?」


「シ、シグマさん……!?」

「(あちゃ~、また発作が出ちゃったなぁ……)」

 しかし、シグマにとっては見逃せない言葉だった。その闇のせいで今の自分があるんだ。そう言わずにはいられなかった。それはシグマにとって、なんのために旅をしているのかと直結する話だからだ。他の誰でもない、自分自身のための。正直かつ本気で取り組まなければならない事の。

「大火事事件?ふはは、そうか。貴様はあの事件の生き残りか」

 サイフォスは大人だ。そして口ぶりからしておそらくノーシュ人だ。だから当然、大火事事件については知っていた。だけど今のシグマにとっては皮肉に聞こえているだろう。

「不幸な奴だ、生き残りがあまりいない中、未だに犯人を捜しているとはな。どうりでただの信者の頼みを聞くと思ったら」

「……馬鹿にしているのか?」

 シグマが一歩踏み込む。そして振り下ろしていた剣を再び握り前へと向ける。

「馬鹿にはしていないさ。同情はしているけどな」

「くっ……」

 こんな奴に同情されるとは……。シグマはそう思った。どうやら本当に金のためで、人を殺すとか、そこまで悪い人間じゃないようだ。ただ金にがめついだけで。人より少し愚かなだけで……。そういう単純な事実がわかってきて、シグマは少し落ち込んでいた。

「シグマさん、良いんです話しかけなくて!ほら、行きますよ!」

 そんなシグマを見てイリーナは急いでサイフォスを外に出させようと縄を縛り連れて歩き始めた。

「——あ、サイフォスを見送ったら外で待っていてください、皆さんに言いたい事があるので!」

 途中、こんな事を言いながら。

 バタン。そしてあっという間に扉を開けて先に外へ出て行ってしまった。

「あたし達に言いたい事ってなんだろう?」

「さぁ……?」

 メイとマイニィは互いを見つめ首をかしげる。

「(冷静になれ……。あんな奴が大火事事件の事を知っているわけないじゃないか……)」

 シグマにとって、今日は失態の日として刻まれた。目の前でシャラが死んだからか。その後本気で努力したからか。悪人から初めて大火事事件について感想を言われたからか。つい熱くなってしまった。犯人じゃないのにだ。

 こんな調子じゃ、ベアトリウス帝国に着いたら……。

 シグマはこのクレアドロンの一件を教訓に、再調査に対する思いを新たにするのだった。



 


「はい、はい」

 あの後。宿屋で休憩をとりつつ、その日の間にサイフォスはノーシュ城の牢屋まで連れていかれる事になった。イリーナがその段取りを済ませる。

「ありがとうございます、後はよろしくお願いしますね」

「さぁ、ついてきてもらおうか」

「……」

 シグマ達はそれを見守り、町から完全に去るまで見届けた。

「あっ……」

「こっちに来たわね」

「はい」

 イリーナは町の門近くまで歩いていた。きちんと振り返ったうえで本当に何もする事がなくなったのか、宿屋の外にいたシグマ達の元へ戻ってくる。

「いやぁ~皆さん、お待たせしてすみません」

「待てって言われたからそりゃあ、ね」

「まぁ、色々話さなきゃいけない事はあるだろうし、確かにそこそこ待ったっていう感覚はあるわね。大体30分ぐらいかしら?」

「実際に計ってはいないですけど、大体そのぐらいですよね」

 そう、事の本題はそれなのだ。彼女、イリーナが言いたい事は何なのか。

「それで、早速本題なんですけど。私も皆さんの旅へ一緒に連れて行って欲しいんですよ!」

「……は?」

 シグマ達は一瞬硬直した。今の今までただの協力関係だと思ったからだ。

「いや、ですから—―」

「それはわかってるわよ!理由を聞いてるの理由を!」

 もう一度話そうとするのを、メイが阻止する。無駄なコミュニケーションはいらない。

「だって、大火事事件なんていうワード出されたら気になるじゃないですかぁ♪」

 もう、何言ってるんだか。イリーナは初めて会った時のように、今度はメイにバシッと腕をたたいた。なんでこうもこの人は少しおばさんくさい所があるのか。

「そ、そんな理由でついて来るんだ……」

「か、軽い……」

 シグマは急に仲間ができたので困惑する。マイニィちゃんも仲間ではあるのだが、保護対象のため、厳密にはカウントできない。したくてもできない立場だからだ。

「いやいや、結構真剣に考えてるんですよ?当時国と協力して対応しましたし、何より事件の生き残りの人と出会うとは思いませんでしたし。もちろん、再調査をしている事もです!」

 当時の状況を淡々と語られ、シグマはイリーナを信用する。言われたら信じるしかないからだ。自分は子供で、後で色々分かったことを吸収するしかないのだ。特に当時の事は。今みたいに、自分から調査しているわけじゃないのだから。

「そうか、君は僕の事情を理解してくれるんだね……」

「(シグマ……嬉しそう)」

 メイはシグマと同じ状況になっている数少ない同年代の子である。メイにとっても、イリーナが仲間になってくれるのはうれしい事だった。

「当たり前じゃないですかぁ。ねっ、だから一緒に同行してもいいですよね?」

 イリーナは仲間になっていいかきちんと再確認をした。

「協力してくれる人が現れるなんて思いもしなかったから、僕は別にいいよ。だけど……」

「お金はもちろん掛かるわよね。あと一応男1人と女3人だし」

「それについても心配いりません、お金ならいくらか持っていますし、ギルドの依頼をこなした事も何回かありますから」

「そうなんだ……」

 用意周到。まぁ教会を窓から見張っていたのだからこれぐらいはしているだろう。


「それに、メイさんとシグマさんの仲を邪魔なんてしませんよ。カップルなんですから」


「かっ、かかカップルなんかじゃないわよ、馬鹿っ!」

 急に飛び出たイリーナの爆弾発言に、メイは顔を赤くする。そしてはたかれたお返しと言わんばかりに、イリーナにばしっとはたいた。

「えっ、違うんですか?私はてっきり……」

「うん、そう見えるよね、他人からは……」

 一応義理の兄妹でもあるのだ。女王命令の。仲が良く見える以上、そういう風にも見える。ましてや成人するまで城の中で育ったため、世間からの印象も鈍感だ。頭の片隅にはこういう事が起きた時の対策もしていたのだが……。イリーナからはやはりカップルに見えたようだ。

「あ、あはは……(私も気になって質問したんだよね……)」

「まあまあ。二人の仲がどうであっても、私は応援してますよ。大火事事件、一緒に解決しましょう!」

「ありがとう……」

 こうして、シグマ達のたびにまさかの仲間が加わったのだった。

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