第2章:調査と出会い3

「はぁ~着いたぁ」

「結構広い所なのね。ここなら少し休憩できそうかも」

 ようやくクレアドロンに到着した。サンバニラからここまでは割と時間が掛かった。整備もされていて、いわばここがノーシュの玄関口。と、シグマは歩いていて思っていた。

「ちょっと疲れたでしょ、マイニィちゃん」

「多少は……そうですね。あ、でも気を使わなくても大丈夫ですよ。体力はまだありますから」

「そう?無理はしなくていいからね」

「はい」

「……」

 二人の会話を見て、シグマは安心していた。ウェイラーの一件で、マイニィちゃんが戦えるという事がわかったからだ。もちろん自分が保護するのだが、大火事事件の事に意識を割けなければならない。これは非常に難しい事だった。しかしやれとセレナ王女に言われたのでやるしかないのである。

「さあて、大火事事件の話を聞かないとなぁ。何でもいいから何か情報があればいいんだけど」

「そうね。ここまで事件に関する情報がないと、何かトラブルでもありがたいわよね。軽い治安程度なら見張りの人達がやってくれるはずだし」

「そうなんだよなぁ……」

 自分達は騎士。人の願いをなるべく聞き、守る立場にある。さすがに猫を探すとかは勘弁願いたいけど……。

「すいませーん、ちょっといいですかー?大火事事件の再調査に協力してほしいんですけどぉー」

「はあ?大火事事件?あたし観光ん来ただけなんですケド」

「そ、そうですか……」

 



 クレアドロンに着いたのは午後三時過ぎ。そこから夕方になるくらいまで聞き込み調査をしたが、結果はここでもダメだった。せっかくマイニィちゃんも協力してくれたというのに……。

「はぁ……ここもダメだったか……」

 ため息をせずにはいられない。ここを過ぎればベアトリウス帝国までもうすぐだからだ。いよいよ本丸に入る事になる。

「覚えてる人は何人かいたけど、詳細は何も知らないって感じだったわね」

 レオネスク大火事事件は、自国の事であるのでノーシュ人は覚えている人が多いのは当然である。しかし、覚えているだけで具体的な内容は良く知らない人が殆どだ。そりゃああの当時どれだけの人がレオネスクにいたのかという話だ。他の町で生まれ育った人はあくまでそういう事があった、とだけ知っている人も多い。

「一泊したら、また次の町へ行くしかないな」

 だからこそ、悔しかった。

「そうね……」

 メイはため息をした。

「でもその前にっ、マイニィちゃんにこの町の事を詳しく教えてあげないと」

 と思ったら、マイニィちゃんに肩を置いてウィンクをした。変化しない事に退屈していたのか、気分転換がしたいようだ。

「あ、ありがとうございます……」

 マイニィちゃんは急に体を触られたからかびっくりして恥ずかしがる。まぁまだ十二歳だ。その反応が普通である。

「ほらシグマ、行くわよ」

「あ、うん……」

 こういう時、メイに黙って付き従った方が賢明だ。ついて行かなかったら、なんでついていかなかったのかを咎められ、その理由を説明する必要がある。それがまた面倒くさいのだ。だからこういう時は付き合った方がいいのだ。

「じー……」

 でもだからだろうか、ふと周囲を見たら発見してしまった。教会の片隅で佇む謎の女性を。彼女はじっと窓を集中して見つめながら、時に周囲を歩きながら、時にぷりぷり動きながら何かを考えこんでいた。

「(何やってるんだろうあの人……)」

 だからシグマはその様子が気になって声をかけた。幸いメイとマイニィちゃんは目で追える所にいた。

「あの、すみま――」

「ひゃあ!?」

 シグマが声をかけた瞬間、謎の女性はぞわぞわっと鳥肌がたち、すごい勢いで振り返ってきた。

「な、なんですか!?私に何か用ですか!?」

 集中していたらそりゃこういう反応にもなる。そういう感じだった。

「いや、教会の前に立って何をしているのかなって思いまして……。お祈りをしているわけじゃなさそうだし……」

「ああ、それは見張りをしているんです」

「見張り?」

「ええ、実はこの教会の神父はその立場を悪用して金儲けをしているとの苦情が本部に寄せられまして、それが本当かどうか確かめるために私イリーナが派遣されて来たというわけなんです!」

 フェルミナ教は古代あり、それぞれの国との付き合いは古い。どの立場の人でも支援するので、実態はつかめない。あまりあれこれ言われたくないのだろう。

「あ、この話内緒ですよ?ばれたらまずいですから……」

「金儲けね……」

 自分の組織の膿を締め出すのは容易いが、隠密にやってくれ。どうやら教会の方針は厳格なようだ。目立ちたくないというのが見え隠れするが果たしてそれを言っていいのか、シグマは悩んでいた。

「う~ん、フェルミナ教に悪い人なんて聞いた事ないけどなぁ……」

「だから確かめに来たんじゃないですかぁ♪」

 なぁに言ってるんだか。バシッ。シグマは謎の女性から腕をはたかれた。どうやら少し馴れ馴れしい所があるようだ。

「ちょっとシグマ、あんたがマイニィちゃんの面倒を見なくてどうすんのよ、って、誰この人?」

 ついてこなかったシグマに気づいたメイは、自分の元へ来させようとシグマの元へ戻ってきていた。しかし、シグマが謎の女性と一緒にいるのを発見し、口と足が止まる。

「ああメイ、彼女は……」

「初めまして、イリーナ・シンフォニーです!」

 シグマは説明しなくて済んだ。謎の女性はどうやらイリーナという名前で、彼女は自分で自己紹介をした。

 シグマはメイについていかなかった理由と、彼女の事情を説明した。

「なるほどねぇ、事情は分かったわ。で、どうするのシグマ?」

 シグマはう~んと考え込む。

「面白そうなので協力しましょう」

「ま、マイニィちゃん?」

 メイは目をぱちくりさせてマイニィのちゃんの言葉を聞いていた。

「こういう機会はそうあるものではありませんから」

 ようは、メイの社会経験ツアーをこれにしよう、というみたいだ。メイはそういう事なら、と納得する。

「メイ、僕は最初から協力するつもりでいたよ」

 マイニィちゃんがやる気を出したなら、自分はもうやるしかない。マイニィちゃんの絶対保護と再調査が自分の並行任務だからだ。シグマはそうメイにアピールした。

「はぁ……やるしかないか……」

 それを聞いてメイもやる気スイッチを入れる。

「手伝ってくれるんですか?ありがとうございます!」

 イリーナはメイの両手をつかみ、ぴょこぴょことはねて喜ぶ。

「それで、どうするつもりなの?」

「シグマさん達が来なかったら、このまま教会に突入して直に聞いてみるつもりでした」

「ま、真っ向勝負過ぎない?それ……」

「あ、あはは……」

 思わず苦笑いする。しかしずっと立って眺めていたのでそうするしかないだろうなぁとも思う。

「そのつもりだったんですけど、どうやら一泊様子見た方が良いようですね。私もここに来てから二、三日しか経っていないので」

 そりゃあ都合がいい。シグマはそう思った。

「それじゃあ宿屋にとまってからだね。相手が何者かわからない以上人数は多い方がいいだろうし」

「そうね」

「では宿屋に行きましょう」

 そんなこんなで、シグマ達はフェルミナ教信者のイリーナをつれて、次の作戦を練りつつ、宿屋に行き泊まる事になった。




 朝。

「皆おはよう」

「おはよう」

「さあ、行きましょう」

「はい」

 支度をし、宿屋から出る。行く先はもちろん目先にある教会である。

「……」

 夜、ご飯を食べながらイリーナの性格などを聞きつつ作戦を練ったが、昨日の今日だったからか、そこまでうまくまとまらなかった。イリーナもとにかく捕まえてほしいとの事で、詳しい事情は自分も知らないし言いたくないようだった。まぁそれはいいのだが、このクレアドロンで神父がどんな悪さをしているのか、シグマは想像つかず、もやもやしながら夜を過ごした。

「事情はわかったけどさ、イリーナ。あんたがここに来るまでに具体的にどういう経緯があったの?」

 そう、聞きたいのはそれである。

「この町の神父、名をサイフォスと言いますが……サイフォスは、フェルミナ教信者向けに信教をより強くしようと献金を集めようとしていたんですよ」

「献金?それだけなら別に悪い事ではないと思うんだけど……」

 そりゃあ教典的には望ましくないけど生きていくためは仕方ない部分でもある。この世は金で成り立っている。教会で働いている以上、支援すべき人に、真っ当で素早い行動が求められる時もあるだろう。その時に便利なのは金だ。もっていて損はない。

「そうです。皆が生きるために食料を渡す、という名目なら皆そこまで嫌ではありません。むしろ喜んでお金を渡していました。しかし—―」

 もしかして。メイが口をはさむ。

「実は自分のための物だったと発覚した、と?」

「ええ」

 イリーナはうなずき、話の続きを言う。

「レオネスクの城にある統計などで知っていたら申し訳ないんですが、数年前から、ここクレアドロンでは悪徳商売が跋扈しているらしく、神父もその一端を担っているとかなんとか……」

「……その事実が本当なら、そりゃ捕まえるために動き出すね」

 酷い話だ。よりにもよって神父が金に溺れるとは。よくある話だとはいえ。

「でもイリーナ一人で来させる?捕まえるだけなら数人で確実が一番でしょ」

 メイが疑問をぶつけた。シグマはそれを見て「僕も思った!」と指をさす。

「——世間体ですよ。情報が既に出回っててほぼ黒で確定していても、表向きにはまだ確認はしていないという事になっているので」

「……宗教家も大変だね」

「全くです」

「……」

 イリーナのような、いかにもどこにでもいそうな、でも優しそうなシスターを派遣させたのはそういう事だろう。さっさと捕まえて連れて行かせたい上層部が脳内に浮かんだ。もう既に別の神父が新たに着任する事も決まっているのだろう。向こうはさっさと終わらせてほしいのだ。

「はぁ……それじゃ、戦う準備を今からしておこうかな」

「やるしかないか……」

 イリーナの話は途中から教会の前で聞き、数分前からいつでも中に入れる状態だった。ようするに、最終確認も終え、後は捕まえるだけ。もちろんうまくいけばだけど。

「よろしくお願いします、皆さん」

 そう言って、イリーナはおじぎをし、シグマはそれを見て教会の扉を開き、自分を先頭に中に入っていった。

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