第2章:調査と出会い1
「はぁ……まさかこんな事になるとは……」
城下町。外に出る前。シグマはセレナ王女から言われた事を改めて考え、その重さに耐えていた。
「何言ってるのよ、賑やかになっていいじゃない、ねっ、マイニィちゃん?」
メイはそんなシグマを支えつつ、どうってことないわと自信満々に胸を張る。これがメイとシグマの物事に対するととらえ方、受け止め方の違いである。
「そうですね、お二人がいるなら安心です」
マイニィは仲が良くて安心したと思いながら二人の会話を聞いていた。
「いや、僕だってセレナ王女に言われたからきちんとマイニィちゃんの事は守るよ?説教もされたし!だけど社会経験させろって、マイニィちゃんはまだ幼いじゃん!僕達だって成人したばかりなのに!ていうか魔法とか使える?最悪一人になってもどこかへ逃げれる?」
シグマは思わず早口で不安な本音を喋る。不安なものは不安で、言わないときりがないという事はある。他人にはそこまでこだわらなくても、自分が納得できないという事はある。……たとえそれが、自分を苦しめるものだったとしても。
「あ、それはご安心ください。軽い魔法と回復魔法ならできますので」
「できるんかいっ!」
思わず叫んだ。本当にただの可愛いだけのお嬢様ではないようだ……。
「で、でもなんで?」
「親からとメイド達から教えられました」
「で、ですよねー……」
まぁ、護身術だろう。我々人類含むあらゆる生命体は、体内とこの大地のあらゆる物質にある魔力を使って、魔法を生み出し、使っている。それは惑星の中で循環し、水のようにまた湧いて出てくるものだ。
「両親が亡くなっちゃったんだもの、そりゃあより一層教えるわよねぇ……」
メイは腕を組み仕方ないという顔をする。シグマも「結果的に社会経験を積むために旅することになったしなぁ……」とつぶやく。
「そういやお二人はどういうご関係なんですか?何を目的に旅を……」
「あ、それはね、謁見の間でシグマが大火事事件って言ってたでしょ?あなたの執事にも話したんだけど、12年前にここレオネスクで大規模な火事が起きてね。それが大火事事件。その犯人が捕まっていないから、私達が再調査してるの」
「へぇ~、そうなんですか」
メイはマイニィちゃんに説明した。自分達も当時6歳で、あまりにも壮絶な出来事だったために覚えているだけで、今となっては重要な部分だけしか覚えていない。
「それだけじゃないよ。僕達二人は、その大火事事件の被害者。いわゆるサバイバーっていう奴なんだ。だから当事者として再調査してる」
「そ、そうだったんですか……」
マイニィは謁見の間でのシグマの態度と今の話を聞いて点と点が結びつく。なぜ若いのに旅をしているのか、なぜ成人してすぐなのか……。
「——ああ、だから私の家にまで足を運んだのですね」
「そうだよ」
そして気づいた。シエルエールと言えばカレア家だと。用がなくてもシエルエールに常駐している警備兵はいろいろ相談に乗る所なのだが、自分達は一応護衛部隊所属。なんとなくでは入れないのである。
「ヒャハハハァ!見つけたぜカレアさんよぉ!」
突如。襲来。不安視していた事が現実に起きてしまった。
「誰!?」
メイは叫ぶ。マイニィの財産を狙って、強盗が襲撃に来たのだ。
「マイニィちゃん、隠れて!」
「は、はいっ!」
流石に年の離れた年下の一般人が相手だ。これぐらいできなきゃ立派な騎士なんて何年かかっても無理だ。シグマはそう思い立ち向かった。メイとの連携は完璧だ。
「よぉ……あんたらぁ、執事とメイドかぁ!?変な武装しやがって。ちょいと寝ていてくれや、後で身代金要求するからよぉ!」
強盗のこの話し方を聞いて、シグマは腹が立った。なんだこの知性を感じられない喋り方はと。強盗をするような人間がどういう風に育ったかなんておおよそ察しが付くとはいえ、わざわざこんな自己紹介をしなくてもいいのにと。
「僕達は騎士だ!」
だから叫ぶ。あなたと自分は違う事を証明するために。……そして、更生してほしいから。
「セレナ王女様から直々に任されたこの役目、きちんと果たして見せるわ!」
メイが先に仕掛ける。一発で仕留められるだろうか。
「やあっ!」
「はっ、甘いな!」
「ふっ!」
「ぐえぇ……」
「……」
思っていたよりも弱かった。だからやったという手ごたえがあまりなかった。この強盗は、メイの攻撃を避けたので、会費力はあるのかと思ったが、目の前まで迫ってきていたシグマの事を認識した後、何もできずにそのままやられた。いや、動く前に攻撃を受けていた。そして、一発で気絶した。つまり体力がなかった。
「大人しく牢屋で反省していてもらおうか」
届いていないだろうが、ついつぶやく。恰好は大事だ。シグマは近くにいた警備兵に声をかけ、事情を説明し、強盗を連れて行かせるのを引き継がせた。
「まさかこのタイミングで出てくるとはねぇ……。本当に狙われやすいのね、マイニィちゃんって」
「あ、あはは……ここ2、3年は見かけなかったんですけどね……」
皮肉な話だが、お互いにとって良い経験になった。マイニィちゃんが一人で旅をしていたらこうなっていたという事だから。今回はたまたま一人だけだったからいいが、複数人だったらあっという間だっただろう。
「皮肉な話だけどいい経験になったよ。これで心の底から身構えて旅が出きる」
「そうね、私達二人だけだからきちんとしないと」
これで、シグマとメイは再調査と護衛、二つの任務を遂行することになった。別にどうってことはないが、考えないといけないことが一つ増えた事は確かだ。その分気合を入れ、気を緩めてはいけない。
レオネスクから他の町へ行くには、近くにある洞窟を通る必要がある。これは城を守るため、そこを通る必要があるという長年の対策によるものだが、近年はわざわざそこを通らなくちゃいけないのかという不満の声も大きい。
幸い、洞窟は長くなく、抜けた先はサンバニラ山という山脈なので、どこに行けばいいか等を確認することが可能だ。
「ふぅ……」
「少し、休憩しようか」
マイニィちゃんが疲れているのを見て、シグマが決断する。旅なのでたまには馬車を使うが、基本的には徒歩だ。野宿もする必要がある。マイニィちゃんは自分達と比べると子供なので疲れやすくて当たり前だ。
「ちょっと遅いけど、昼ご飯にしよっか?もしかしたら夕飯かもしれないけどね」
実は、朝に旅に出て、正午過ぎにマイニィちゃんの事で城に戻ったため、今は夕方になる寸前の時刻だったりする。夜の事を考えると、山の外より洞窟の中で野宿した方がいいだろう。
「あ、すいません。気を使わせちゃって」
「いいのいいの、遠慮しないで」
三人は黙々と食べ、すぐに出発の準備をした。
「ここを抜けたら山脈を降りるだけだ。だから夜になっちゃっても深夜になる前につくはずだから、サンバニラの宿屋でゆっくり寝よう」
「そう、だね。そうしようか」
メイは急ぐつもりはなく、一瞬急かされた気持ちになるが、合理的に考えてそうした方がいいので同意する。
「マイニィちゃんも大丈夫?」
「はい、おかげでエネルギーがついた感じがするので」
「そっか」
「よし。じゃあ行こう」
サンバニラは、レオネスクから東にあるよくある山のふもとの村だ。村だけど旅をする冒険者の人からは中継地点だったり、村にしては大きく、農作物だけじゃなく鉱物もとっているので、周囲からは町扱いされている。しかし、自分達は村のままがいいので発展にはあまり興味がない……そんな所だ。なんで村のままがいいかというと、のどかだから。いわゆる人が増えた事によって起こる色んな事をあまりよく思っていない。だからと言って金に関しては貪欲で、その重要性を理解しているからか、主に輸出で人々を養っている。
「ここが……サンバニラか」
「そうみたいね。鉱物を主に輸出している町だったはず。農業もしているみたいだけど、あくまで中心は、ね」
「サンバニラ……」
マイニィが顔を上げ周囲を見渡す。なんというか、開放的で、良い意味で来るもの拒まず、去る者追わずといった感じに映っていた。
「ここで大火事事件の有用そうな情報は得られるかな?」
「さあ?流石にそこまではわからないわよ。……でも、あるといいわね」
「……うん」
旅はまだ始まったばかりだ。きちんとやる事をやって次に行こう。シグマはそう思った。
「今日はこの後どうするんですか?」
「宿屋に行って一晩泊まるよ。夜だからね」
シグマはマイニィにそう言う。
「すぐに情報は集めないのですね」
「してもいいけど、慎重にいきたいからね。一応城から旅の予算をもらってきてるけど、足りなくなったら依頼でもして金を集めないといけないし」
現状はこうだ。数か月は困らない金額を貰ったが、それは旅が終わるまでにどのくらい残っているのかはわからない。少なくとも思ってたよりあるというのはないだろう。だからこそ。
「節約したいのですね」
「そうなるね」
そう、誰だってできるならしたいのである。
「休憩はこのくらいにしましょ。宿屋で泊まる手続きをするわよ」
「分かりました」
しかし、災難は突然訪れる。
深夜。皆が寝静まっている頃。建物の中にいる人達は静かだが、外は騒がしかった。
「おい、どういうことだ!」
「誰だ、誰が一体盗んだんだ!」
「このままじゃ商売あがったりだ……」
ご飯を食べてすぐに寝たので、割と熟睡していた。そんな自分を起こすほどの事なのか……。シグマはそう思った。だから一度起きた後、事態を把握するのに時間は掛からなかった。ああ、何かが起きたんだなと。感覚がそう告げた。
「……?」
「シグマ」
どうやらメイも起きたようだ。そりゃあ起きるか。
「うん。外が騒がしいね。僕達が寝ている間何があったんだろう?」
「さぁ……。わからないけど、日が昇るまでまだ時間があるのにこの騒がしさよ?よほど重要な事が起きてると思うんだけど……」
それがなんなのかさっぱりわからない。顔がそう言っていた。
「とにかく外に出てみよう」
「うん。……マイニィちゃん、起きて!」
「ふぇ?」
本当は起こしたくなかった。しかし、こういう経験こそ、普通なら体験しない。だからこそ、起こさせる必要がある。メイはマイニィを起こし、外で待ってるから、と告げ先に外に出たシグマの後を追った。
「どうかしましたか!?」
「ああ……騎士さんか。私はこの村の村長なのだが、ちょっと困った事が起きてしまってね……。この町の倉庫にある食料が、何者かに盗まれてしまったんだ」
「ええ!?」
そんなまた急な……。よりにもよって自分達がいる時に……。シグマは人の悩みを解決するのは騎士としての役目なので好きだが、今だけは譲れないモノ(大火事事件)があるので、勘弁してよ……と少し思っていた。
「盗まれたって、一大事じゃないですか!」
シグマに追いついたメイが、事情を詳しく聞く。
「ああ、今の状況は何日かは持つぐらいは残っているが、急いでどこかから食料を調達しないと、全員飢え死にする危険性がある。でも誰かにお金を払うほど裕福でもないしという状況だ」
ようはこんな状況で食料を販売している商人がどこにいるのか。夜勤商人など聞いたことがない。
「そんなもん、犯人を捕まえれば問題ないだろうが!金も払わず、調達もしないで済むだろ!」
隣にいた白いシャツにジーンズといういかにもな服装で食料を生産していたであろう農家の人が状況解決策に反発する。そりゃあ自分達からしてみれば貴重な食料庫であり商売道具であり財産だ。怒って当たり前である。
「だからその犯人はどこにいるんだよ!いないから困ってんだぞ!」
別の農家と口論になる。言いたいことはわかるが……といった感じだ。
「とまぁ、こんな感じで緊急事態だと言うのにケンカが起きてね。各商人が個人個人の行動をとってて統率が取れていない。
村長として、騎士さんにはこの事件の調査をお願いしたい」
それは、シグマにとっては大火事事件を解決したいなら協力しろ、と言っているに等しかった。たとえお願いであっても、そう聞こえるのだ。だったらやるしかない。じゃないと前へ進まないのだから。
「わかりました、任せてください!」
「——でも、どうやって犯人を見つけるんですか?」
ようやく状況を把握したマイニィがシグマに言う。
「まずは事の発端から話を聞かないと。この時間だ、まだ盗まれてから時間は経っていないはずだから、犯人とスピード勝負になる。さっさと聞いて、さっさと動こう。……思ってたより早く起きることになっちゃったな」
シグマは休憩したいなら事が終わったからでもできると思い直して、とにかく目の前の事を終わらせる決意をした。一日でいいからマイニィちゃんのために自由な時間を、と思っても、現実はそう自分達に合わせてはくれないのだ。
「(この騒ぎ方……大火事事件の時と似ている。でも犯人が同じとは考えにくいわね……まぁ、これはこれで処理するしかないか……)」
「犯人はどこにいるんでしょう……」
「わからない。が、そんなに遠くには行っていないはずだ。そして、倉庫の中を見れば、食料はどのくらいあったのかの推測がつくし、騒ぎ方から察するに大量に盗んだのは見なくてもわかる」
よくもまぁ派手にやってくれたものだ。……探してほしいと思うぐらいに。
「とにかく動こう。有用な情報を集めるんだ」
「はい」
役割分担をする必要がある。倉庫の確認と事情聴取、そして対策だ。一番簡単な倉庫の確認はマイニィちゃんにやらせよう……シグマはそう思い、行動に移した。
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