第5話 第二皇女の騎士
人が生きていくために必要なものはそう多くない。
マズ・ロウという大魔導士が極めた心理魔法によると、人間は睡眠、食事、そしてエッチなことの3つが本能的な欲求であるという。
僕もお年頃だからね。3か月もの旅の中で、いやあ植物魔法ってすごいなぁ。
それはともかく、睡眠を得るためには、食事を得るためには、それなりに苦労が伴う。例えば魔物が襲ってくる状況で、うかうか眠っていられない。例えば家の中に泥棒が入ってくる可能性の高い街では、眠りが浅くならざるを得ない。例えば採集や栽培などの技術がなければ、食べ物が手に入らない。
つまり、安全だ。安全がなければ、僕たちは生活できないのである。
人類は安全を手に入れるために、他から安全を奪ってきた。動物からすみかを奪った。命を奪った。他の人間の住む場所を奪った。命を奪った。そして――自然を破壊し続けてきた。植物魔法とは皮肉なもので、力を得れば得るほど、人間であることを嘆かわしく感じてしまうのだ。
ただ、ここ数百年は変化が少ないと聞いている。少なくとも、人間同士の争いで街が消えたとか、国が滅亡したとか、そういう話は聞かない。決して国同士、仲が良いわけではない。利害も一致していない。それでも不思議と安定しているだから、僕たち「探検者(もうビンボー王国の元勇者パーティーと言っても通じないし、そう名乗ることにした)」からすると、自由に動けて大変ありがたい。
なぜここまで安定しているのかは分からない。魔王のせいなのかもしれない。共通悪が存在することで、国同士で争うどころではなくなるという。その場合、魔王のおかげということになる。…倒す側が何を考えているんだろうね。
「どうか致したか?先ほどから、エッチな妄想をしてあられるよう」
「全くしてません」
ん?一瞬してたっけ?してても一瞬だ。いいね?僕は信頼できる語り手だからね。
「しかし、マネール殿は本当にお強いのう。先ほども、オリークスをあっという間に追い払ってしまわれた」
騎士殿に言われるとまんざらでもない。勇者パーティーとはいえ、ビンボー王国だったし。
「オリークスは非常に角が長い魔物ですからね。当然、それが武器になる。それを封じられてしまえば、戦意を失うというわけですよ」
「魔物についても詳しいっピね。ぜひ騎士団でご教授願うっピ」
「はは、魔導書に書いてあったまでですよ。とはいえ、行く当てもありません。お役に立てるのであれば、ぜひお申しつけください」
「頼もしい。そう言っていただけるとは、痛みいる。前日の戦闘の時は、剣を向けてしまい、誠に申し訳なかった。改めて謝罪致す。誠に――」
「謝罪拒否です」
「え、あ、」
「ふふふ、本当に謝罪などとおっしゃらないでください。3か月の旅の中で色々ありましたけど、騎士さまに剣を向けられるなんて些事にございます。もう今は仲間です。どうか気にしないで」
「かたじけない」
「それにしても、お姫様と騎士様…騎士様も、4人いるとそれぞれ色々な話しぶりがあるのですね。私は異国の者なので多少イントネーションが違うねんけど、なんや、自分たちはどないしてそんな喋り様してはるん?」
昨日剣を向けてきた騎士は「かたじけない」系の話し方をする。まじめな青年を絵に描いたような青年だ。お姫様は、とても上品な話し方だ。ビンボー王国では城内での仕事も多かったから、あの方々の話し方によく似ており、僕も話しやすい。…話しやすすぎない?なんか気になる。
それから、騎士はあと3人いて、「のじゃ」系の話し方の人と(見た目は一番若い)、「ピ」系の話し方の人と(毎朝準備運動として、たこのようにくねくねダンスをしているそうだ)、「好きな話題だけ早口後は無口」系の話し方の人がいる。眼鏡をかけており、チーズの乗った牛丼(ここまでの国にはなかった。食べてみたい!!)をよく食べると言っていた。
「ヤウロペ連邦のこと、あまりご存じないっピか?」
「実は…すみません」
「ヤウロペ連邦のこと、せっかくだから紹介しましょう。」
珍しく、眼鏡をかけている騎士さんが話始めた。
「ヤウロペ連邦っているのは文字通り連邦です。連邦と言うのは、どこかの国の2位ではダメで事業をぶった切る(物理)な政治家のことではありません。連邦は、いくつかの「国」のようなものが集まって成り立っている国のことです。ですから、中央政府は存在しますが、それぞれの「国」ごとに王がいて、ある程度権限を持って政治を動かしているわけです。まあトップがいて、議会があって、という制度や、法律は基本的には変わりません。ただ、法律も少しずつ異なります。例えば女王陛下あられます我らがサパー領には、酒が飲めるのは――」
「やめるのじゃ。自己紹介早口オタクという意味の分からないあだ名がなぜかぴったりだとおもってしまうわい」
「ま、要するにわしらは出身が異なるのじゃ。よくあることじゃぞ?サパー領の優秀な民も、隣の領で騎士をしておるしのう」
「そうだったんですか!じゃあ、サパー領出身の方もいるのですか?」
「それはおいらだっピ!」
え、じゃあ喋り方は…
「みんなっピっピ言うっピ。たくさんおはなししてハッピーな国っピ!」
最悪じゃん。
*******
くだらない会話も重要だ。何せ馬車を失ったお姫様が砂漠を歩き通すのである。体力はすぐに奪われる。3か月旅をし続け、危機を乗り越えてきた体力に自信ニキの僕も、へとへとだ…?あれ?これしか歩いてないのに、へとへとだ。
「お姫様、やけに歩くの早くないですか?本当にお体は大丈夫ですか?」
「心配はありがたいですけれども、それには及びません。私、もともと体力には自信があるんです。お城を走り回ってましたから。怒られるので、逃げるためにまた走るという…ふふふ」
「騎士として不甲斐なし。姫様を捕まえられず…」
「ほんと大変じゃったのう」
「おはなししようとしても、いないっピ」
「…とりあえず謝るわ。ごめんなさいね。それに、魔法も使えるの。身体強化は得意魔法よ」
「そ、そうでしたか。いらぬご心配、失礼しました」
「いえ、心配されるのは、素直にうれしいわ」
どうしてもぬぐえぬ違和感がある。
「それにしても、その…。僕と会ったことってありますか?」
「突然どうしたのかしら。多分面識はないと思うけれど…」
「そうですか、失礼しました。ありがとうございました」
「ふふふ、ルリハコベ香るは過ぎ去りし過去の如し」
「はい?」
「おっとすまない、話の途中だが、ワイバーンの群れだ!」
「はい?」
砂漠に来てから相性が良いので、またサボテンを大量に生成し、速度増幅魔法をかけてガンガン投げつけた。
*******
サンド・アラジンという街に着いた。
魔導書には、サンド砂丘が観光名所と書いてあった。ただの村と砂漠の境目のことがった。それから、サンドウィッチショップと書いてあった。こちらはしっかり砂の魔女が経営する店だった。ただ、なぜか魔法道具は売っておらず、パンとパンの間にレタスやたまごが挟まった食べ物を売っていた。
「待って…これうまい…」
バナナばかり食べていたので、何でもおいしく感じるかもしれない。だが、それでも、この食べ物がおいしいのは間違いない。
「これ…珍しい食べ物ですね」
「サンドウィッチというの」
自分の名前を付けるなんて、相当自信があるみたいだ。その自信、間違ってないぜ。
ここはヤウロペ連邦のすぐ隣にある。当然、「サパー領の第二皇女」と言われれば、宿くらい借りられる。宿を借りると、どっと疲れが押し寄せた。
「見てみて、ヤドカリよ!かわいい!」
お姫様、ややこしいのでやめよう。
まだ日が昇り切る前に、もう1つの観光名所「魔道ミュージアム」にやってきた。ここは既に廃墟になっていて、むしろ心霊(リアル魔獣?)スポットとして流行っているようだ。無駄に興味が湧いてきた。行くしかない。
軽く準備運動をして、廃墟に向かう。
「僕、帰ったらおいしいご飯を食べるんだ。帰りを待つ人もいるし」
そのようなセリフをはいたがために、廃墟で「本物」と出会ってしまうことになる。
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