第3話 逃亡生活

逃げるしかなかった。奥へ。先へ。


頭は真っ白だ。なぜ?なぜ?どうして?なぜ?

疑問しか浮かばない。浮かんでもすぐ消える。思考がまとまらない。


なぜナグルーは僕をかばった?なぜ僕は逃げている?なぜ勇者は悲痛な顔をしていた。なぜゲセンは本気で技を放った?本当にこのままでいいのか?なぜ僕は――なぜ、なぜ。


そろそろ陽が落ちてくる。幸い、この時期は暑さ寒さに困ることはない。1年を通して最も過ごしやすい時期だ。森の中でも十分過ごせる。

だが、どこへ向かう?僕は何をしている?どうすればいい?分からない。分からないから、ただ跳ぶ。植物魔法は常時発動させている。枝と枝をつなぎ、渡ったそばから元に戻す。細かい作業はあるが、気が紛れてよかった。


ナグルーは無事か。無事ではない。僕をかばって直撃だ。あの距離で。

ありえない。何をしてるんだ。勇者パーティー随一の破壊力を誇るナグルー。接近戦では絶対に負けないナグルー。どうしてあんな無茶を…。


突然、意識が消える。あ…。魔力切れだ。気付かなかった。辺りはもう真っ暗だ。何時間走り続けたんだろう。ダメだ。意識が…もu――


*******

夢を見た。

勇者パーティーとして初めてダンジョンに潜入したときの夢。

子どもの頃、植物魔法の研究をしていた夢。

初めてみんなで森へ行き、遊んだ夢。

魔王と直接対決して敗れた夢。

パーティー加入前に別のパーティーで戦士をしていたときの夢。

森で勇者たちと戦った夢…

「…っ!」

目を開く。白い壁…天井。顔を横に向ける。あれは、机?机の上には何か金属の工具だろうか、無造作に置かれている。頭上から光が差し込む。窓がある。体は…力を入れれば動く。起き上がるのはまだ――

「よう、気が付いたか。おいおい、まだ動くなよ。安心しな、ここは」

いかにもドワーフという風体の男がいる。そうか、もしかして…。

「ドワーフの町、ドワシティ。俺は鍛冶職人の鍛冶屋勇気だ。よろしくな。気軽にカジキュンと呼んでくれ」

「それはなんかダメです」

「ハッハッ、元気そうじゃねーか、安心したぜ。ほら、これ飲めよ。めちゃくちゃハイになって楽しくてしかたなくなるぜ」

「それもなんかダメです」


それから、鍛冶職人の鍛冶屋…ええい、カジさんが僕がここでこうしている経緯を教えてくれた。

森で倒れていた人間がいた。ちょうど人間の皮を防具に組み込もうと考えてた。だから重かったが仲間と共に連れてきた。それから2日間は眠っていた。

その間に皮は――

「ちょっと待てい!!」

突然左足に痛みを感じる。ひりひりするような。まさか、左足の皮を?

「気のせいだ、ハハッ!俺らはちゃんと契約にサインした人間からしか協力してもらわねーよ。人間には契約金を払う。俺らはいい武具を作る。Win-Winってやつだ」

焦った…。

「で、お前寝てる間にサインしてくれたよな」

「なんで!?」

「ほら、これ、お前のサインだろ?」

「ち、ちが…わない?」

「ほら、その魔法の杖に名前が書いてあるだろ。サインと同じ名前だ」

つまり、詐欺だ。契約書に気をつけようと覚悟を決めた途端、また契約書に振り回されるなんて。そんなバカな…。

「冗談だ、ハッハッ、よく読め!」

「新型コビトウイルスに伴う行動歴及び現在の体調の確認書…?」

チェック項目がある。

「国外への渡航歴…国外者との接触の有無…現在の体調…これは?」

「いやあ、お前さんは要するに、これに引っかかる。全部アウトだ。ビザはあったようだがな。ビンボー王国とはいえ、勇者パーティーだなんて大したもんじゃねーか。何があったか知らねーが、助けねえわけにはいかねえ。だがよ、すまねえ、ある程度回復したら出て行ってもらう。ほんとはすぐにでも放り出してえんだが、さすがに良心の呵責に耐えられねえ」


新型コビトウイルス。噂には聞いたことがある。発熱やのどの痛みに加え、感染者はみなコビトになってしまう恐ろしいウイルス。ただ、ビンボー王国にはまだ感染者がいなかったので、あまり深刻に考えていなかった。


「あと半日、いさせてもらえないだろうか」

「もっといてもいいが…大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫だ。ありがとう。外に出てもいいか?」

「部屋の外、ならな。部屋を出て右に行けば便所だ。左に行って右に行くと俺の工房がある。今日は特に使う予定はねえから、そこは使っていい。だが、外はやめておけ。みんなウイルスで頭が狂っちまってるからな」

見慣れない人を排除しようというのである。なるほど。

ただ、部屋を使えるなら十分だ。一泊の恩を…3泊になるのか。植物魔法なら、何かできる。


「よし、創るか」

杖を横に振る。杖が光を帯びる。

「I am the born of my frower――間違えた、これは別の作品だ。ええっと、」

さすがに3日間寝ていただけはある。なぜか赤い弓兵の姿が脳裏に浮かぶ。そんな場合じゃない。体力が落ちている。頭が回らない。でも、感染症の脅威が差し迫った状況でも、勇気を出して助けてくれたカジさんのために、恩返しはしなければ。

「大いなる樹よ、大いなる大地よ。我が祈りに応えたまえ――」

杖で床を叩く。周囲から光が洩れる。

「救いを、癒しを、施しを――」

光が強くなる。風が巻き上げる。暖かい風だ。精霊が応えてくれた。

「ありがとう。今ここに、」

地面から植物が芽吹く。

「創樹生成・宇羅瑠甘草(ソウジュセイセイ・ウラルカンゾウ)」

ウラルカンゾウ。それは、薬用効果の高い多年草。僕は医者じゃない。感染症のことはよく分からないけれど、これを乾燥させてお茶にしてもらおう。そしたらきっと、元気が出るはずだ。甘くておいしんだこれが。


十分だと思える量のウラルカンゾウを生成し、術を解く。

「よし、じゃあまず乾燥させるために…」

部屋にあるものも勝手に拝借しながら(元に戻せば大丈夫だよね?)、仕込みを進める。ぐうううう~といい音が鳴る。もちろんお腹から。

「おい、若造。ええっと」

「マネールです」

「おう、マネール。そろそろご飯でも食わねーか。今日はとっておきの肉だ!」

「マジですか!」

なんてタイミングなんだ。肉だ。最高かよ。

最高のお礼ができるよう、僕もできることをしなければ。


*******

「もう行くのか」

「あれ、起こしちゃいましたか。すみません」

「鍛冶職人なめんな、朝早く夜おせー」

「ブラックですね」

「おお、手のことか?そりゃ朝から炭をくべてたからな」

「いえ…では、出発します。その前に、これ、お礼です」

「ブラックだな」

「茶色だと思いますけど」

「食えるのか?」

「いえ、お茶にしてください。おいしいです。とっても元気になりますよ。それと、カジさんの話だと、僕をここへ運んでくれたのはカジさんだけではないんですよね?」

「ああ、そうだ。仲間が手伝ってくれたんだ」

「直接お礼を言えず申し訳ありません。せめてもと思い、こちらを用意したので…今度渡していただけませんか」

同じくウラルカンゾウだ。

「ハッハッ、んなこたあどうでもいいんだよ!お前が元気、俺らも元気、それで十分だ」

「あんまり元気じゃないですよね?ほんと大変な状況の中、助けていただき、ありがとうございました。それでは…」

「ああ。また来いよ!」


カジさんの家を出る。ここはどこだ?

ええ?どっちに行けばいい?


「すみません!」

「また来たのか!戻ってくるの早いな!」

「道が分からなくて…ビンボー王国に戻りたいんですけど」

「まず森を経由してだな。森へ行くならここを左に行って真っすぐだ。あとはなんとかなるんだろ」

「雑だけど伝わりました。ほんとうに、ありがとうございました」

「見送りもしてやれねーですまねーな。達者でな!」

家を出る。右へ向かって歩き出す。もう戻れない。ビンボー王国の勇者パーティー魔法使いマネールは死んだ。

これからは、さすらいの植物魔法使いマネールとして、生きていく。心配だ。勇者のことも、そのパーティーメンバーのことも。特にナグルー…心配は尽きない。でも、もう僕にはどうしようもないことなのだ。だから歩く。両足で、歩く。


「それにしてもお金ないな」

退職金ももらい損ねた。まあ、食べる分には植物魔法があれば大丈夫だ。バナナくらい、生産してみせる。

「肉食いてー!!」

朝日を背に、歩き出した。

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