第2話 契約書はよく読もう
僕にも考えがあるわけだ。だから、あっさりパーティーを抜けた。
最近、魔導書の中に、転職(ジョブチェンジ)のすすめとか、起業(ギルド結成・運営)のやり方とか、そういったことが書かれることが増えてきた。
魔法はもはや体系化され、あまり発展のない最近の時代において、魔導書は単に魔法を書き連ねたものではなく、いわゆるエンターテイメント性を求められるようになってきた。
とはいえ誰でも扱えるわけではなく、だからこそ僕は「植物魔法」をある程度使いこなすことによって国家に認められ、勇者パーティーに加入することができたわけだけど…。
魔導書の中に、「大事なのは自分にとって幸せな環境を創り出すことである。これは主体的に行動しなければ決して得られない。また、どんな環境でも自分のスキルは活かせる。だから、スキルを磨きなさい」と書かれていた。
今の環境を見つめ直した時に、幸せかと言われると、将来への漫然とした不安がある。どうやっても僧侶のゲセンと勇者ビン・ボージャンは恋仲にある(一応僕たちを気にして隠しているつもりなんだけど筒抜けだし、なんか逆にこっちが恥ずかしくなる)。戦士ナグルーちゃんはかわいい…おっと、かわいいのだ。違う、かわいいんだけど一回り年下だ。
あれ、この話いる?なんで僕が一回り年下のナグルーちゃんに下心を抱いている話になってんの?そういうのじゃないから。とにかく、ナグルーちゃんはかわいい。イラストレーターさんよろしく!
そう、将来の話ね。独身だし、貯金もないし、正直将来は心配だ。老後2000万キン問題なんて魔導書に書かれていた時には、驚きのあまり口から酸素と二酸化炭素が出た。
で、じゃあどうしようかと考えた時、スキル…そう、この植物魔法なら、なんでもできるんじゃないか、そう思った。
つまり、何をするかは全く考えてないけど、手に職(スキル)はあるし、なんとなく今の環境は先が見えないから、思い切ってやめちゃおう、というわけだ。
まあたった今、その安直な考えを後悔しているのだけれど。
「なんでナグルーちゃん、戦闘態勢に入っているの?」
勇者が会計を済ませ、サイーゼリアンから出た後、思い出の多い森へ連れてこられた。単純に植物魔法の特訓もしたし、何よりここの空気はおいしい。人目につかず、魔物も適度に出現するので、勇者パーティー…そう、僕ら「栄光のアップルミント」の休養にはうってつけだった。こういうときになんとなく勇者さまと僧侶さまの関係性が見えたりするんだけど。ほんとお前ら早く付き合っちまえ。
「ずいぶんのんきに回想しているのですね」
しまった。ナグルーちゃんの戦闘態勢について考えるのを放棄していた。
「最後に特訓?よく2人でしたもんね。いいよ」
「…甘いですね。なんでマネールさんは最後まで…」
悲しんでいる。憤っている。けれど、それは殺意に近くて。
肩をわなわなと震わせながら、でも確実に僕を亡き者にしようとしている。
「いったん落ち着こう?ね?」
「マネールさんには知らせない方が幸せだと思っていました。でも、やっぱりそうんなことできない。だから、言います。さっきサインを書いたあの契約書には、あなたは、」
と続けようとして光の奔流がナグルーを襲う。
「これって勇者の…?」
言いかけて、言葉にならなかった。木の陰から現れたのは、まぎれもない勇者だった。ビンボー王国に伝わる宝剣「メチャ・キレール」を抜刀して。
「ダメだよナグルーちゃん。一撃で、仕留める作戦だったじゃないか。相手を警戒させた時点で作戦は変更だ。いいかい、ナグルーちゃん。僕だってつらいんだ。お金のために仲間を解雇し、お金のために仲間を殺そうなんて…こんなのが勇者パーティーであっていいわけがない。でも、でも、…くそっ、なんでこうなっちまったんだ…!」
殺そうって言いました?ナグルーちゃんがしゃべるの止めておいて、自分で言っちゃいましたね!?しかしなんでよ?なんかした?
契約書に何書いてあったの?魔法使いなのに見落とした?
いや、混乱している場合じゃない。この人たち、本気だ。本気で殺しに来てる。じゃあゲセンはどこだ?ゲセンは僧侶だ。むしろ姿を隠した方が、本領を発揮しやすい。警戒しなければ。
正面に勇者と戦士、そして姿の見えない僧侶。これ、詰んでない?腐っても勇者だし(そもそも腐ってない)、そのパーティーだ。強い。
「はあああっ」
「っ!」
ナグルーが得意の蹴り技を繰り出してくる。この距離を詰める速度、蹴りの威力。森でよかった。森なら植物魔法が使いたい放題だ。とっさに根っこを成長させ、一撃を防ぐ。
自由に操る…には、ちょっと魔力がかかりすぎるけれど、枝を伸ばしたり葉っぱを落としたりするくらいなら、しばらく戦えそうだ。
問題は、勇者の方。仮にも勇者だ。魔法をキャンセルするくらいできる。時間と範囲に制限はあるけど、弱めの植物魔法なんてお茶の子さいさいだ。それから、宝剣メチャ・キレールも厄介だ。あれで切られたら、とにかくめちゃくちゃ切られる。隣で見続けてきたんだから分かる。勇者には勝てない。
幸い、勇者は葛藤している。なんで?僕を殺すことに葛藤するならやめてくれる?動きが鈍く、スキルも使ってこない。とにかく宝剣を振り回し続けている。
ナグルーが下がると勇者が間合いに入ってくる。ガチの武闘派を前に、森だからこそなんとか戦えている。
戦いながら、なんとか思考する。1つめ、僕の勝利条件。なんで勇者は僕が有利な森で戦っている?本気出されると有利とか関係なく一撃で死ぬんだけどさ。でも殺すだけなら、店を出た後…なんなら、店の中で、肉に毒を入れればいいじゃないか。
それだと困る――人目か?人目につくと困るのか?であれば勝利条件は人目につくことだ。つまり、街まで逃げる。
他の可能性を考えよう。契約書の内容だ。あの内容が――
「ぐえっ!…なっ」
転んだ。僧侶ゲセンが僕を見下ろしている。誰よりも冷たい目で。まるで魔物と相対するような。浄化の鎖(プリフィケイショナル・チェーン)に拘束される。身動きが取れない。
「加入前の契約書にはこう書かれていた。パーティーを抜けるのは、魔王が死亡した時、または自身が死亡した時であると」
あれ、そうじゃん。今思い出した。生涯雇用だった。クビにならないじゃん。
「さっきマネールがサインをした契約書にはこう書かれていた。」
なんとか植物魔法発動の準備を整える。
「公務中に死亡した場合、ギルドメンバーに等分された保険金が支払われる。この保険金は、ワールド・ギルドによって賄われる」
ああ、ワールド・ギルドか…。世界中でギルド運営しているスーパー集団。つまり、僕が「公務中」に死ぬと、ギルドメンバーに保険金が支払われ、その保険金はビンボー王国ではなく、世界中から少しずつ集められたお金ということになる。
潤うのだ。財布が。そしてこの人たちは、
「ビンボー王国を救う。保険金があれば、経済を発展させられる」
自分たちで使うことではなく、国を、世界を守るためにやってのけるのだ。
あー。僕は死んだな。僕が死ぬことで世界がちょっとはマシになるなら、勇者パーティーの元メンバーとしては満足かな。うん。
「浄化の扉、今開かれん――」
詠唱が始まる。これで終わる。
「黄金の十字架(ゴールデン・クロス)!」
まばゆい光が辺りを包んで…。
「へ?」
吹き飛ばされる最中、僕がみたのは僧侶ゲセンの攻撃を受ける戦士ナグルーの姿だった。
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