第11話 神獣

11.神獣




 そのカエルの前には、白い綿のシャツに水色の短パンを履いた、短い髪の女の子がいた。光線と舌を器用にかわしながら、銃を撃っている。だが、弾はカエルの堅い皮膚ひふにはばまれていた。ダメージは与えられていないようだ。


「マレッタ姉ちゃん!」


 トリエッティが女の子に魔法をかける。女の子の動きが、さらに早くなった。


「【速度向上ヘイスト】ありがとう!」


 マレッタと呼ばれた女の子が叫んだ。


 カエルの動きが止まる。

 やっつけたのか? そう思った瞬間、カエルの全身から、黄色く濁った液体が吹き出した。その液体は、まるで意思があるかのように、触手のごとく女の子を包み込んでいく。


「きゃあああ」


 銃を持った手、そして短パンからのぞくスラリとした足をからめとり、持ち上げる。そのまま全身を締め付けているようだ。カエルの目玉がクルリと動いた。大きな口が、ゆっくりと開いていく。


「【水滅奔流ストリームン】!」


 女の子が叫ぶ。カエルの右手に向かって大量の水が滝のように勢いよく流れる。


「だめよねぇ……」


 激しい水の流れが消えた後には、さきほどと変わらぬ姿のカエルがいた。


「さすがの固有スキルでも、水魔法無効の敵には効き目ないわね」


 横にいたトリエッティがつぶやき、僕の顔を見ながら叫ぶ。


「おにいちゃん、お願い!」


 僕は剣を持った手に、力を込める。

 さっきの巨大なゴブリンに襲われた女の子もそうだが、目の前で人が襲われているのに、なんにも出来ないなんて、……イヤだ。

 前のパーティの時だって、見よう見まねだけど、なんとかモンスターを倒せたじゃないか!


 とにかく、女の子を捕まえている触手を切ればいい。

 僕は一歩踏み出した。


 ふっと体の奥が、温かくなる。その熱はやがて、温度を上げながら全身に広がっていく。気づいたら僕の体は宙に浮いていた。

 そのままカエルの方に勢いよく僕は突っ込んでいた。鈍い衝撃を感じたあと、そのまま勢い余って、頭から地面に叩きつけられる。イテテテテ。

 振り返ると、銃を持った女の子は地面に倒れており、その先にトリエッティの姿があった。


 踏み出した時からほんの一瞬の出来事だと思う。かなりの距離を、またたく間に移動していた。


 これってトリエッティの【時現移動ムーブオーバー】?

 いや、違う。

 カエルの全身から現れた触手のようなものが、跡形もなく消え去っている。

 そう。これも前に見たことがある、ドレッドが使っていた固有スキル……。


「【流星技剣スターゲイザー】?!」


 立ち上がり、再び剣を構えた。

 カエルの目がこちらを向いた。文字の書かれたその目からは、感情は感じられない。だが、僕に狙いをつけ、倒そうという意思を強く感じた。


 激痛が走っている。

 さっき地面に叩きつけられたときに、肩を痛めてしまったようだ。


 構うもんか!

 僕はカエルに向かって一歩、踏み出す。


 再び全身が熱くなるのを感じる。

 また僕の体は宙に浮き、加速度をつけてカエルにぶち当たる。


 もし【流星技剣スターゲイザー】なら、こんなヤツ、敵でも何でもないはず!


 勢いよく飛び出した。

 だが、……くそっ。

 僕は硬いうろこに阻まれ、弾き飛ばされてしまった。


 同じパーティにいたので、もしかしたら見ているうちに使えるようになったのかも。

 そんな風に考えもしたが、現実は、そうはいかないようだ。記憶の中にあるドレッドの【流星技剣スターゲイザー】は、もっと強力だった。


「アーくん、ボクが敵のスキを作るよ! 【水滅奔流ストリームン】!」


 倒れていた女の子が魔法を唱える。

 アーくんって……、確かに子供の頃はそう呼ばれていた。いやいや、それに女の子なのに「ボク」ってなんだろう……。

 一瞬の間に、そんな疑問が頭の中に浮かんだ。浮かんだ疑問がぐにゃりと形を変え、文字だの記号だの、絵だのの大量のイメージになり、一気に頭の中に流れ込んできた。


 地面から際限なく湧き上がる激流に、かぎ裂きのような雷の筋が轟音とともに天から幾本も降り注ぎ、混ざり合い、それはまるで金色の大蛇のような形となり、その姿は時間とともに巨大になっていく。

 すっかり丸太のごとく太り返った胴体はギリギリと敵の身体を締め上げ、その牙は敵の身体を目にもとまらぬ速さで何度も切り刻み、粉々にしていく。バチバチと耳を塞ぐような爆音が聞こえている。最後に頭の中で浮かんでいたイメージが、今まさに目の前で起きていた。


 やがて音は徐々にやみ、残された跡には真っ黒に焼け焦げたカエルの姿が残っていた。


 トリエッティが近づき、と触れる。

 カエルの身体がさらさらと砂のように崩れ落ち、風に流されて消えて行った。


「やったぁ! さすがです!」


 その言葉が僕の耳に届いくやいなや、ふっと目の前が暗くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る