第7話 魚の記憶

7.魚の記憶




「さて、そろそろ馬車が来る時間かな。ご同行させていただくよ」


 老紳士は手早く会計を済ませ、店から出た。僕も後を続く。本当に僕の分は無料だったようである。


 そこからの馬車の旅は快適だった。蹴られることも、もちろんない。馬車で一緒になった人たちも、僕の顔を見つけると話しかけて来た。みんな優しかった。

 その後の食事も、ずっと老紳士が振る舞ってくれた。

 役に立たない人間なんだという思いはもちろん消えないが、それでも笑顔になれる瞬間が何度もあった。


「おじいちゃ~ん!」


 ポリンピア国を走っていた時のことだ。沿道で小さな女の子が手を振っている。


「おお、元気でおったな」


「孫じゃよ」と教えてくれた。このポリンピアに住んでいるらしい。とにかくかわいくてなぁ、と落ちそうなほどに目尻が緩んでいる。最初に感じた鋭い目の印象がまるでない。


「ほら、お魚さん! ママ言ってたよ~。おじいちゃんが帰ってきたらごちそうだって。待ってるからね~!」


 そうかいそうかい、と手を振り返しながら老紳士の目がさらに緩む。女の子は手に、自分の顔ほどもある大きな魚を大事そうに抱えていた。


 魚……か。思い出すことがある。


「僕のスキルなんですが、実は簡単に手に入れちゃったんです」


「ほう、どんな方法だったのかな?」


 パーティのメンバーは全員、戦闘中に獲得した。頭の中に、ものすごい勢いでイメージが湧き起こって来たらしい。


 だが僕の場合は、そんな大層なものではない。


「実は、魚を買いに行った時だったんですけど。その魚を受け取った瞬間だったんです。すうっと体が浮きあがる感じがして。で、あとで調べたら、ゲットしていたんです」


「ほう……。なるほど」


「こんな方法だから、たいした固有スキルじゃないし、戻ったら消えちゃったのかもしれないんですけどね」


「あ、いや。固有スキルは、育ちが関係しとると聞いたことがある。そんなに落ち込むことはなかろう」


 老紳士はなぜか慌てながら、僕をなぐさめるように言ってくれた。



 ポリンピアを抜け、スマト王国の国境が見えて来た。メリデンの国境と同じように、やはり兵士たちが大勢並んでいる。

 馬車を降りた途端に、老紳士と僕は、槍を手にした屈強な兵士たちに囲まれた。兵士たちの表情は硬く、険しい。恐くも感じた。僕の心臓が急に高鳴る。


 なにかしてしまったのか? やはりスキルのことか……? 悪い予感しかしない。


「お連れいたした。道中、すべて順調だったとお伝えなさい」


「はっ!」


 今までとは打って変わった老紳士の鋭い声に、兵士たちが敬礼で答えている。


 なんだ、なんだ? どういうことだ?

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