第6話 連邦警備隊
6.連邦警備隊
馬車で出会った老紳士は、元連邦警備隊の者だと名乗った。僕は知らなかったのだが、スマト連邦全体を警備する役目としての、連邦警備隊という組織があるのだという。きっと屈強な軍隊のようなものなんだろう。
さきほどは暗い馬車の中にいたので、ただ白髪に長いヒゲの老人としか見えていなかったが、皺だらけの顔の奥に光る眼光が普通の人とは違うように感じる。だが、その声は柔らかく、優しかった。
さっきのお礼も、あの場ではきちんと出来ていなかった。いまさらだが、何度も頭を下げる。乗り換えの馬車が出るまでかなり時間があるので、食事でも一緒にしようかと誘ってくれた。もちろん断る理由はない。
国境近くには、いくつもの料理屋があった。
「ここはどうかな?」
そう言って指さしたのは、どう見ても高級そうな店構えをしていた。
「持ってるお金では、足りそうにないんですが……」
「いや、わしのおごりじゃよ」
悪いですよと言う僕の背中を押すようにして、老紳士は店に入っていく。
「あら、いらっしゃい。珍しいわね。お二人ですか」
年配女性のウェイターが、テーブルに座るとすぐ話しかけてきた。僕を見て、驚いた顔になる。
「もしかして……?」
僕のことは顔も含めてすっかり広まってしまっているらしい。だが、さきほどの兵士のように、メリデン王国の人たちとは正反対の反応だった。
「あなたね。いいわ、なんでも好きなものを食べてらっしゃい。お店のおごりよ」
「ほっほっ。わしがおごろうかと思ってたが、わしの分までタダとはついとるわい」
「あなたの分は別よ。ちゃんとお金、払ってねっ」
「なんと殺生な! トホホホ……」
老紳士は頭を掻きながら情けなさそうな顔をした。僕は二人の掛け合いに思わず笑ってしまった。今までギスギスした空気の中を通って来たせいもあるのだろう。他愛のない会話を久々に聞いた気もする。余計におかしかった。
「貴族だ、平民だという垣根があるとな、どうしてもおかしなことになる」
ウェイターに注文をしたあと、そう言って僕に話しかけてきた。貴族という仕組みがあるのはスマトとメリデンの二つの王国だけ。他の国ではそういう身分制度はない。
勇者パーティは、メリデン以外の国ではまだ戻っていないが、他のどの国でも、旅立った者たちを尊敬しているはずだと言った。
「たとえ、スキルがなくなってしまった君だとしても」
やはり僕のことを知っていて、助けてくれたようだ。改めてお礼を言う。
老紳士はメリデン王国で一仕事を済ませ、これから故郷であるポリンピアに戻る途中だと教えてくれた。
「連邦警備隊ともあろう人が、なんで平民用の馬車になんて乗ってたんです?」
地位もある人なら、貴族用のに乗っててもおかしくないのに。
「まぁ、これも警備の一つだからのぉ」
そう言って、店にいた何人かの客が僕らの方を振り向くほど、部屋に響き渡るような声で高らかに笑った。
料理の名前などよくわからなかったので、全部お任せしてしまったが、出てきたのは、いわゆるフルコースと呼ばれるものだ。
最初にスモークされた白身魚。エレムという魚だというが、聞いたことはない。さすが海に面しているブラシア国である。
アルマスの実から取ったオイルが掛けられているが、少し
続いて亀から取ったという透き通った黄金色のスープ。臭みはまったくなく、とても濃厚で、舌にまとわりついてくるようなトロミがある。
次は巨大なエビと野菜を焼いたもの。野菜は、僕は知らない名前のものだったが、噛むとほんのりと甘い。上に掛かっている少し酸っぱいソースをつけて食べると、なんだか別の味わいが感じられて面白い。
メインとして出て来た肉は、羊だという。モンスターの羊では、もちろんないそうだ。
魔物の羊を一度食べたことがあるが、臭くてとても固かった。だが、これは口の中で噛まなくても溶けてしまいそうなほど柔らかい。
どれもこれも美味しかった。
「まだ子供だと思ってたが、テーブルマナーは完璧だな」
老紳士が僕に言う。
それは、そうだ。
実は転移先で、何度も食べさせられた。そう。フルコースというと、どうしても思い出してしまうことがあるのだ。
追い出されたパーティの黒魔導士の女性――クレシアがフルコースが大好きで、転移先でも食べたがり、僕は出してくれる店を一日中探したことがあった。見つけた時にはとても喜んでくれて、探した甲斐があったと思ったのだが、今となっては思い出したくもない出来事の一つである。
もう忘れようと、食べながらずっと考えていた。そんなことを考えなければ、きっともっと美味しく食べられたんじゃないかとも思う。
さっきの女性が大きなワゴンを引いてくる。そこには、色とりどりのお菓子やアイスクリームが並んでいた。甘い臭いが漂ってくる。
「どれでも好きなもの、好きなだけ食べてらっしゃい。サービスよ」
せっかくの好意なので、いくつかお願いした。
「それっぽっちでいいの? 遠慮しなくていいのよ」
ウェイターさんはそう言ってくれたが、もうお腹いっぱいですと断る。
いや、それは決してウソではない。
もう、おなかがパンパンだ。
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