第5話 助けられる

5.助けられる




「なんだ貴様!」


「なにか文句でもあるのかね?」


 老紳士の胸元には、星の形をしたバッチがついていた。そのバッチを見た男の顔が、みるみる青くなる。


「この男は、ここで降りるそうだ」


「なに勝手なことを……っ」


「もし降りないのであれば、この者にさきほどからしていたことを我が警備隊に話して、別のところへ連れて行ってもらうが、それでもよろしいかの?」


「くっ」


「怒らせたお主のためでもあるんだが」と、独り言のようにつぶやく声が聞こえた。


「さあ、こうしていても仕方ないじゃろ。馬車を走らせてはいかがかな」


「あ、ええ……」


 馬車の運転手が老紳士と道で叫んでいた男の顔を交互に見ながら声を出した。やがて、なにごともなかったかのように馬車は再び走り出す。


「こんのやろおおお! 偉そうにしやがって、犬が!」


 しばらくしてから、雨の中、ずぶ濡れになっている男の声が聞こえて来た。振り返っても、もう、姿は見えなかった。


「足は大丈夫かな?」


 老紳士が僕に話しかけてきた。ずっと見ていたという。だが、僕がなぜじっと耐えているのかが気になって、声をかけなかったのだと言った。


「いえ、その……」


 老紳士はどうかわからないが、雰囲気からして周りの者はすべて、僕のことを恐らく知っているようだ。だが、消えてしまった固有スキルの説明を口にすることもないだろう。

「ありがとうございました」とお礼だけ伝える。

 老紳士は「ふむ」と言い、そのまま静かに腰を下ろした。



 わずか一時いっときの嵐だったようだ。さきほどの雷はまるでウソのように、今はすっかり晴れている。

 ブラシアとの国境が見えて来た。

 馬車はここまで。検問を通り、ブラシア国に入る。またそこから馬車に乗り換えて、途中、ビリング国にもまたがりながら、最後はポリンピアの首都にまでたどり着く。


 連邦国である五つの国のうち、「王国」と呼ばれているのは第一国であるスマト王国と、二番手の強国である僕の故郷、メリデン王国だけ。ブラシア、ビリング、ポリンピアでは住民の選挙によって国の長が選ばれている。

 全国をたばねるスマトの王様がいて、それぞれの地方に領主がいると前に父親から聞かされたことがある。


 国境があるのも、スマトとメリデンだけである。

 軍事力の面ではスマト王国、続いてメリデン王国が高く、他の三国はほとんど軍事機能を持っていない。その分、三国はそれぞれ農業、漁業、工業に秀でており、自由に行き交うことのできる商業エリアとなっていた。そのためか、この三国内に国境は存在していない。


 国境を警備する兵士に、身分証を見せる。


「ああ、君がそうなのか。ツラい思いをしたな」


 兵士は僕の身分証と顔を見比べながら、話しかけてきた。

 もう他国にまで伝わっているんだな……。メリデンでの人々の態度と、この兵士の言い方は正反対だが、世界の役に立てなかったという事実は変わらない。優しい言葉をかけられても、ますます自分は必要のない人間なんだという思いが押し寄せて来る。


 もちろん子供だったせいもあるが、僕は家では何の役にも立っていなかった。病弱な母の世話も出来なければ、父の仕事の手伝いもろくに出来ない。運動神経が良いわけでもなく、頭がいいわけでもない。

 なんで生きているんだろうと思うこともしばしばあった。なにかしなきゃと思う気持ちはあった。だが、なにが出来るでもなく日々は過ぎていくだけだった。

 そんな中、勇者パーティに参加するという話が来た時、やっと誰かの役に立てるんじゃないかと思えたのに……。


「ご一緒させてはもらえんかな?」


 涙が込み上げて来る僕に、さきほどの老紳士が声をかけてきた。

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