第4話 またもや蹴られる

4.またもや蹴られる




「それでは行ってきます」


 僕は両親に挨拶をした。

 スマト王国は北側の一番端に位置する。ここメリデン王国は南の端なので、連邦の南から北へ縦断じゅうだんすることになる。


 僕の村は田舎なので、いったんお城の近くの町まで行き、馬車に乗る。

 城に近づくにつれ、人の数が増えてきた。


「あいつか?」


「そうらしいな。ああ、卑しそうな顔をしてるぜ」


 村へ帰ってからわずかしか経っていないはずだが、僕の話は国中に広まっているようだ。指をさしながら、なにやらひそひそと話す人がいる。煙たがるような顔だ。城の兵士には同情されたが、なぜか多くの人は僕のことを好ましくは思っていないらしい。


 メリデン王国は、国王をトップとした貴族たちが支配する国である。その地位は明確に分けられており、貧富の差も激しい。

 馬車は、貴族用の立派なものもある。僕がスマト王国に呼ばれた時は、特別に乗せてもらえた。だが今回はもちろん、ぎいぎいと軋む音のする平民用のボロい馬車である。その時はじめて村から出たくらいなので、馬車に乗るのは二度目だ。


 貴族用の馬車はほとんど揺れなかったが、今回は振動がものすごい。油断すると舌を噛みそうなほど。平民用は道も別なのかもしれない。たしか前の時は舗装されていたと思ったが、石ころだらけである。


 いたっ!


 ……舌を噛んだわけではない。隣に座っている薄汚れた麻のシャツを着た男が、馬車が大きく揺れるたびに、僕の足をってくるのだ。


 最初はたまたまかと思った。だが、揺れるたびに毎回である。僕が役立たずになった勇者だと知って、わざとやっているに違いないと思った。しかし文句を言って、さらに難癖をつけられても困る。下を向いて、じっと耐えていた。


 くそっ。

 最初に蹴られてから、何回目かは数えている。これで十度目だ。さすがにいらついてくる。

 突然、耳をつんざくような雷の音がすぐそばで聞こえた。空は、ついさっきまで晴天だった。雷の音をきっかけに、ざーっと雨が降り始めた。


 どんっと、また馬車が揺れる。

 隣の男はまた蹴ろうとして、僕の方に足を伸ばしてきた。体を揺らして、かわす。空振りしたその足は行き場を失い、そのまま男はひっくり返るように倒れる。男は転げるようにして馬車から落ちた。

 外はすっかり大雨。麻シャツ男がぬかるんだ道に放り出される。薄汚れていた服はすっかり泥だらけだ。


 馬車が止まった。


「こんのやろお、足を引っかけやがって!」


 麻シャツがわめいている。いや、僕は引っ掛けたんじゃなくてけただけなんだけどなぁ。


「知ってるか、こいつ。平民のくせに貴族に取り入ろうとして、失敗してトボトボ帰って来たマヌケだぜぇ。性格まで歪んでやがる!」


 人々が僕のことをバカにしたような目で見ている理由が、しばらくわからなかった。

 これが貴族にならわかる。いつもバカにされているからだ。でも同じ平民なのに、どうしてなんだろうと不思議で仕方がなかった。


『貴族に尻尾を振ったが、結局、失敗した』


 そんな風に思われているとは、想像もしていなかった。


「どうしてくれるんだ、この服っ! 弁償しろよな! すぐ降りてきやがれ!」


 馬車の中の人たちは、見てはいけないものでもあるかのように、そっぽを向いている。


「ほら、ここに降りてきて、頭を擦りつけて謝るんだよ!」


 男は倒れたまま、ぬかるんだ地面を指さし僕に向かって叫び続けていた。


「よさぬか!」


 僕の前に座っていた老紳士が立ち上がり、杖で男を指さしながら叫んだ。


「さきほどから見ていたが、貴様はただ足を滑らせて、勝手に落ちたではないか。この者のせいにするとは情けない!」

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