第3話 初めて褒められる
3.初めて褒められる
城から追い出されて、僕はそのまま家に向かった。他に行くところもない。国の中心である城からは、歩いて時間と少し。小さな田舎の村だ。
道を行き交う人の数がめっきり減ると同時に道が狭くなり、木々が増えていく。痛む身体を引きずりながら、うつむいたまま、ただただ歩いた。
扉を開けた瞬間、母親が声をかけてきた。
「アレクかい?」
「ただいま戻りました」
「おお……。よくぞ無事で。心配していたんだよ」
母はもともと病気がちで、体が弱い。一日寝ていることも多かったが、今日は普通に起きている。見れば、顔色は以前より
「無事に帰れたと聞いてね、そろそろ家に戻って来るんじゃないかと準備していたんだよ」
「寝てなくていいのかい、かあさん?」
「新しい薬を飲むようになって、ほら、すっかり元気になったんだよ」
そう言って、僕に笑顔を見せる。逆召喚されている間、国が親の子と援助をしてくれていたのに違いない。旅立つ前、国王が確かに僕に約束はしてくれていたのだ。
台所には、見たことのないほどの大量の野菜も置かれていた。
「今日はね、アレクの好きな野菜スープだからね」
まだ、たまに咳き込むものの、炊事も前より苦ではないようだ。
「おお、アレク、帰ったのか!」
父さんだ。
「今日はね、周りの人たちから、いろいろともらってね」
そう言って、肩から下げた肉を見せる。かなり上等のようである。ウチでこんな肉なんて、今まで見たことがなかった。
これも国が援助してくれたのだろうか。だとすると……、もう終わりになるのかもしれない。
両親は、帰ってきたことを喜ぶばかりで、それ以上のことを聞いてこなかったが、固有スキルが消えてしまったこと。つまり、僕が失敗してしまったことは、雰囲気からなんとなく知っているようにも感じる。気のせいかどうかはわからないが、それでもいつまでも黙っておくわけにもいかない。それに僕は、今からやらなければならないと思っていることもある。
「お父さん、お母さん。悲しませてごめん。でも、ちゃんと言っておかなきゃならないことがあるんだ」
「固有スキルの件か?」
父親が間を置かずに言った。なんだ、やっぱり知っていたのか。
「うん、消えちゃったんだ。なんでかわからないけど……」
「いやいや。無事に帰って来ただけでも嬉しいよ、アレク。もう会えないかとも覚悟していたくらいだからな」
「そっか。ごめんなさい、父さん。……で、来てすぐなんだけど、スマト王国の王様に、ご報告に行かなきゃと思ってるんだ。実は、行く前にこんな手紙をね……」
スマト王国のレムセル国王の名前で、直々に手紙を貰っている。
そこには、今回の命令を受けてくれたことのお礼。これから待ち受ける苦難についての励まし。可能な限りの援助をするとの申し出。最後に、帰って来た時にはどんな状態であっても必ず顔を見せてほしいと書かれていた。
『王様は魔王の呪いにかかってる』
国中で流れている噂は本当かもしれない。召集された後、スマト城に招かれた際にも、侍従長と呼ばれる者が応対し、王様は顔を見せてはくれなかった。
手紙は、城に行った時に渡されたのである。学のない平民の僕でも読めるように、簡単な言葉で書かれている。だが、とても国王が一般の者に宛てて書かれたものとは思えないほど、丁寧な文面だった。
その時に僕は、この国王のことを、とても身近に感じもしたし、きっと立派な人に違いないとも思った。……いや、平民の僕が王様に対して失礼だとは思うけど。
「実はな、薬も食料も、スマト国王から貰ったものなんだ。しかも、村の者全員にだぞ」
父親によれば、ここメリデン王国ではなく、その上の、連邦を支配しているというスマト王国からの援助だという。
ただし、母親の薬を除いては月に一回。父親は、恐らく援助しすぎて生活を乱すことのないようにという深い配慮からで、それを考えてもすごい王に違いないと言った。
「それで、明日にでも報告に行かなきゃいけないと思ってるんだ」
「もう少しだけ家に居ても、バチは当たらないんじゃないかしら」
母さんはそう言ったが、父さんは、アレクの言う通りだとうなずく。
「しかし立派になったな。きちんと人の恩に気が回るようになるってのは、大人の証だぞ」
父さんに褒められることなんて、産まれてから一度もなかったので驚いた。
「まだ十六歳になったばかりだと言うのに、随分としっかりしたもんだ。やはり、色々あったんだな」
父さんに頭を撫でられる。僕は思わず涙があふれてきた。
母さんも涙声だった。
スマト国王は、手紙を見る限りでは、きっと立派な人なんだと思う。書いてある通り、きちんと援助もしてくれている。
だが、たとえそんな人であっても、固有スキルを失った僕だ。これ以上の助けをしてくれるとは思えない。現にメリデン王国からは、ひどい仕打ちをもうすでに受けている。
先のことを考えると暗い気持ちになったが、どうなろうとも、約束だけは果たそうと思った。
両親にきちんと話すこと。そして、スマト国王との約束を果たすことだけが、今の僕の生きる理由だと思っている。
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