第2話 追放される
2.追放される
この国では、貴族と平民とで、それこそ神と虫けら程も待遇の差がある。貴族からすれば、同じ場所に長い間平民と同じ空間に居るなど耐えられないことなのだろう。淀んだ空気の中、ゴキブリだのムカデだのが我が物顔で這いまわっている部屋で一緒にいる感覚……彼らの言うムシケラとはそういう意味なんだ。
しかし帰るためには「僕」がいなければならない。そばに居ることさえ嫌だと思っていながらも、帰るためには仕方ないので一緒にいたということ。
しかも……。
今日になって鑑定したら、僕の固有スキル【
もはや彼らにとって、僕は単なる汚らわしいだけのものになっていた。
「ご、ごめんなさい」
言いながら僕はくやしくて涙が出そうになるが、仕方ないことかもしれないとも思う。平民出身が、こんな大役を任されたこと自体、なにかの間違いだったんだと。
「謝りゃいいってもんでもないないだろ? 役立たずのクズが! 目障りな奴め!」
「
僕の住むメリデン王国の国王、ワグナーの声が遠くから聞こえた。
旅立つときは、でっぷりしたオナカを揺らしながら「お前は我が国の英雄だ」などと笑顔で送り出してくれたのに……。
……僕はこの場で死ぬのだろうか――。
いや……それも当然のことかもしれない。何の取柄もない平民の僕が、勇者だ英雄だのと持ち上げられて、世界のために役に立てるかもしれないなどと夢を見たのが悪い。結局、こうなることも運命では決まっていたのだ。
「殺す手間も惜しいでしょう、こんな役立たずなど」
クレシアの言葉が僕に胸に突き刺さる。
「たしかに、余の城を卑しい血で汚されてもかなわん。師団長、この者の処遇はお前に任せた。余は忙しいのじゃ。ドレッド、クレシア、メディバよ、この後は予定通り頼んだぞ」
「はっ!」
王が退席するようだ。ジャラジャラと服についた宝石の音が聞こえる。
いくつかの足音も耳に届いてくる。
「良かったな。王様は寛大な心でお許しになられるそうだ。一生、おれたちに感謝するんだな、どわっはっはっは」
頭を床に擦りつけたままなのでよくわからないが、ドレッドの声が聞こえると同時に、脇腹に強い痛みを感じ、弾き飛ばされる。去り際に蹴ったのだろう。鎖を持っていた兵士が力を込め、弾き飛ばされた僕は引き戻された。
こんな役立たずの僕はいなくなった方がいい……。延々と踏みつけられ罵られ続け、心の中はすっかり折れてしまっていた。命が助かったという喜びなど、微塵も感じられなかった。殺されなかったのは、歯向かうことさえも出来ないと思われたのだ。
正直に言おう。僕はこの瞬間、これ以上生きることをやめようと思った。
僕はそれでも頭を下げ続けていた。
しばらくして、うずくまったままの僕の肩がトントンと叩かれる。
「もう、おもてを上げても構わんよ」
ゆっくり顔を上げる。
ずっと下を向いていたせいか、頭に血が上ってしまったんだろう。クラっときた。
「おおっと、大丈夫か?」
ふらついた僕を抱きかかえてくれたのは、鎖を握っていた兵士だ。
「お前はなにも悪いことはしてないのになぁ……。裏門まで案内するよ」
兵士が僕に声をかけてくれる。
「無用な私語は慎むように! 規律違反で処分対象となるぞっ!」
兵士の上官だろうか。怒号が聞こえて来た。
ここメリデン王国は、スマト連邦国に属する四つの国のうちの一つである。
近年になって、それぞれのスマト連邦国周辺で、モンスター襲来による被害が相次いでいる。魔王が降臨したというウワサもある。また、スマト連邦を率いるスマト王国の国王レムセルが、魔王の呪いにかかっているという話まで耳に入って来ていた。
『勇者を国内から集め、パーティを組んで他の世界に転移させる』
スマトの国王により、属する四つの国に
ここメリデン王国。そして、ポリンピア、ブラシア、ビリング。
勇者とはいうものの、これまで戦闘などしたこともない僕が選ばれたのには理由がある。
選ばれる基準として、年齢、産まれた月、そして性別、血液型や名前の文字数などが限定されていた。該当する者が、国の中で僕しかいなかったというだけのことだ。
「勇者になんて、なるもんじゃないな……わけわかんないとこに転移されたらしいしな」
兵士がひとりごとのようにつぶやく。
「転移」と兵士は言ったが、より正しくは「逆召喚」という。
神官たちにより魔法陣が描かれ、その上に立つ。魔法陣に魔力を加えることで、全く異なる世界に飛ばされる。召喚魔法は、異世界から呼んで来るのだが、その逆という理屈のようだ。
その目的は、魔王に対抗できる真の勇者たちを集めること。
年齢などが指定されたのは、固有スキルを得られるための条件なのだという。
僕たちのパーティは一年ほどで四人とも固有スキルを身につけ、指定されたモンスターを撃退し、帰還した。……帰還したのだが、僕は一日と経たぬうちに固有スキルである【
もちろん兵士の言う通り、なにか悪いことをしたおぼえはない。
「おれも平民出身なんだよ。ツラい気持ちはわかるが、こうするのを許してくれ」
兵士は裏口で僕にささやくと、手足を縛っていた鎖をほどいたあと城から外へ
蹴り出されて僕は、勇者パーティから追放されてしまった。
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