第5話 お嬢様と二人きり

 ガタンガタンと地を叩くような音で俺は目を覚ました。


「ここは……」

 風車小屋か。


人気ひとけは無いようだけれど、見つかるのは不味いな」

 俺は横たわるお嬢様まで駆け寄ると、口元に顔を近づけ息を確認した。

 規則正しい呼吸音を聞き、安堵あんどする。


 瞳を閉じていれば天使みたいなのに。

 眺めていると、いきなりパッチッと両目が空いた。


「うわぁぁ」

 俺の狼狽ろうばいした声に、一瞬呆然あぜんとしていたお嬢様が大きく息を吸い込む。


「きゃぁ……んぐぐぐっ」

 盛大な悲鳴を上げそうだったので、すんでの所で両手で口を押さえつける。


「シッ、シッ。大声を出さないで。悪い奴らに見つかる」

 じたばたと俺の手を払いのけようとお嬢様が暴れた。


「そんな顔したって怖くありませんから」

「ただじゃおかないから覚悟しなさい!」

 お嬢様はめいっぱい大声で叫んだが、水車の音にかき消されたようで、水車小屋からは誰もでては来ない。


「そうか、言いたいのはそれだけか」

「何なの、その態度。スティーブを呼びなさい。切り捨ててやる」

「そうですか、じゃあ」

 正義感や罪悪感は捨てよう。



 返事もせずに、どんどん歩いていると後からぐちゃぐちゃと音を立てて子供の追いかけて来る気配し、それに続きべちゃっと転ぶ音がした。

 社会人の俺、振り向くな。騙されるな、今は俺だって7歳だ。



「うぅ、うっぅ。」

 押し殺した鳴き声に、どーしても良心が傷み。しかたなく俺は後ろを振り返った。

 水を吸って重さを増したドレスが、転んだせいでさらに泥だらけになっている。


「「……」」

 しばしのにらみ合いの末、口を開いたのはお嬢様の方だった。


「ここはどこ?」

「さあ、領地の端じゃないですか? 木の向こうに城壁の見張り塔が見えるでしょ」

「あの小屋の人間に命令すれば」

「間違いなく奴隷商に売られて、どこか外国に売られるでしょうね」

「そんな馬鹿な」

「馬鹿だと思うなら、ご自分でいけばいいのでは?」

「お前が行ってきなさい」

「何故俺が?」

「何故って、決まっているでしょ。私はアリエル エルドラです。すべての領民は私の命令に従うのです」

 本気で言ってるらしいところがすごいな。

 いったいどんだけ甘やかせば、こんなわがまま娘が育つんだ?


「そうですか。でも俺は違います」

「ちょっと、待ちな……」

 呼び止める声の後、またもやベッチョッと転ぶ音がする。


「この川を登れば、用水路の合流地点まで行ける。そこまで行けば護衛が迎えに来るんじゃないか」


「歩けない」

「服が重たいなら脱げばいい。中になんか着てるんだろ」

 真っ赤になって怒ると思ったら「自分では脱げない」とうつむいてしまう。


「しかたないな」

 俺は背中に廻って、ドレスの構造を確かめてみた。

 ビー玉を半分に割って布に包んだようなボタンが、たくさん並んでいる。


「これをはずせばいいんだな」

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