epilogue

エピローグ

エピローグ  姉であり妹でもある俺の姉




 数日後。アパートにて、段ボールに私物を詰め込んでいると玄関からインターホンの音が鳴り響いた。来客を出迎えると、そこに立っていたのはオーソドックスな赤リボンのセーラー服に髪をツインテールに結わえた俺の実の姉――小森こもり悠里ゆうり


「会いに来たよ。湊斗お兄ちゃんっ!」


 姉ちゃん――いや、はキラキラの笑顔を振り撒く。


「おお、待ってたぞ! 我が妹よ……‼」

「ユリ、引越しのお手伝い頑張るね……って――なんで妹代行で呼び出してんのよっ‼」

「いや、引越しの準備が思ったよりも大変で……」

「普通に呼べばいいでしょ……⁉」


 俺はひとまずユリちゃんを部屋にあげて、再び段ボールの前に腰を下ろした。

 物が散乱した部屋をぐるりと見回したユリちゃんはさっきよりもいくらか低い声音で、呆れたように言う。


「引越しの準備ならわざわざ妹代行で呼び出さなくても手伝ったのに……」

「お前の手伝いなんていらねぇよ。俺はユリちゃんに手伝ってもらいたくて呼んだんだ」

「完全に業務内容から外れるんだけど……?」

「なっ……。ね、姉ちゃん。姉弟のよしみでしょ? 手伝ってくれよぉ……」

「まったく、都合のいいだこと……」


 文句を垂れながらも悠里はセーラー服の袖をまくって、段ボールの前にしゃがみ込んだ。

 そのまま引越しの準備を手伝ってくれる。


「ほんと、妹系のグッズばっかりよね……。本当に全部持っていくの?」

「あったりまえだろ。粗末に扱ったら許さないからな!」

「あー、はいはい」


 それからしばらく引越し作業を続けて昼頃になると、悠里がおもむろに立ち上がった。


「そろそろお腹空いてきたんじゃない?」

「……イ、イイエ。オナカ、スイテマセン」


 このままじゃ毒殺されるんじゃないかという危険信号を感じ取り、すかさず回避しようとしたが、タイミングが悪いことに『ぐぅ〜』と腹が鳴ってしまった。

 その瞬間、姉ちゃんがぱぁっと表情を明るくして意気揚々と赤いエプロンを身に着ける。


「今日こそ、とっておきのオムライス作ってあげるからね!」




 数十分後。食卓に出てきたのはやはりケチャップライスの上にスクランブルエッグがのった不恰好なオムライスだった。


 今までの経験上、嫌な予感しかしない……。


 最後の仕上げとばかりにケチャップで卵の上にでかでかと文字を書いて差し出してくる。

 卵の上には『ごめんね』と書いてあった。


「姉ちゃん……」


 ずっといろんなことを気にしていたのだろう。

 姉ちゃんばかりに背負わせてしまっていたんだ。

 俺が呆然としていると、向かいから姉ちゃんが声をかけてきた。


「ほら、食べてみてよ。今日のは自信あるから!」

「……いつもそう言って、美味かったことがないんだけど」


 恐怖で手が震える。なんとかスプーンでオムライスをすくい上げ、おそるおそる口に運んだ。

 瞬間、ケチャップの味が口の中に広がる。食感に不快感もなかった。

 ただ塩気が結構強いような気もするが、もはやそんなことは問題ではない。


 あ、あの姉ちゃんが、ちゃんと食べられる料理を作った、だと……⁉


 あまりの驚愕に言葉を失っていると、こわごわとした様子で姉ちゃんがこちらを窺ってくる。


「ど、どうかな?」

「……普通に美味い」


 素直に感想を伝えると、姉ちゃんは目を見開いて大きくガッツポーズした。


「よしっ! 練習した甲斐があった……‼」

「練習?」

「うん。料理がもっとできたら仕事の役に立つと思って、最近料理教室に通い始めたんだ」


 へぇー、どうりで味が変わったわけだ。

 お店で出てくるようなオムライスには遠く及ばないし、他の人が食べたら美味しくないと言うかもしれない。でも俺は今まで食べたものの中で一番美味しいと思った。


 これは姉ちゃんにしか作れないオムライスだから。


 ガツガツとオムライスを頬張っていると、ふいに向かいから声をかけてくる。


「……ねぇ、湊斗」

「ん?」

「あのさ。今までずっと謝りた――」


 そのとき空気が変わったのを俺は目ざとく感じ取った。

 姉ちゃんが言いたいことはなんとなく分かる。

 これを言うことで姉ちゃんが楽になることも分かる。


 でもそれは今じゃない。今それを言うのは違う。


「――おい、今は『お兄ちゃん』だろ」


「え?」

「だからお兄ちゃんって呼んでくれよ、ユリちゃん」


 会員登録のとき、呼ばれ方の項目に『お兄ちゃん』って書いたはずなんだけど。

 俺が不満を示すと、ユリちゃんはしばし目を丸くしていたが徐々に頬が緩んでいく。


「うん、そうだね。ごめんね、お兄ちゃんっ!」


 ふわりと跳ねる赤茶色のツインテール。長いまつ毛にキラキラと輝く大きな瞳。セーラー服の上からエプロンという格好に妙な高揚感を覚える。


 目の前の妹があまりにも可愛くて、俺は思わず体温が高くなったのを自覚した。

 縫いつけられた唇を解いて、ようやく口に出せたのは素直な言葉ではない。


「……上目づかいの角度がまだ甘いな。全然ダメだ」

「はぁ……⁉ なんでお兄ちゃんにそんなこと言われなきゃいけないのよっ!」

「お兄ちゃんにはな、妹を可愛くするという務めがあるんだッ!」

「うわ、なにそれ。キモ……」

「な、なんだとぉ!」

「なによ!」


 ――こうして、またいつものごとく言い争いが勃発する。


 だけど、今までとはどこか違う清々しさがそこにはあった。

 まあなにはともあれ。まんまと神の悪戯にのせられたみたいで少々しゃくな気持ちはあるが、これはこれで悪くないなと思いながら俺は大好きなオムライスを口に運んだ。

                                        (了)




<あとがき>


『妹代行サービスを頼んだら姉が来た。』をここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます! この作品は一旦ここで一区切りとしますが、もしかしたら続きを書くかもしれないのでフォローはそのままにしていただけると嬉しいです。

そして、もしよかったらコメントで感想など聞かせていただけると作者は大変喜びます(どんな意見でも大歓迎!)。また、☆や♡で応援していただけると大変励みになりますのでよろしければよろしくお願いいたします!

では、改めましてここまで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました!!!

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妹代行サービスを頼んだら姉が来た。 更科 転 @amakusasion

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