五章 悠里の気持ち
第26話『しばらく、ここに泊めてくれない……?』
五章 悠里の気持ち
あれから二日が経過した金曜日。
今日は姉のシフトがないため、午後一〇時過ぎにバイト先のファミレスから直接アパートに帰って来た。アパートの駐輪スペースに自転車を停めてギシギシと
ギョッとして、おそるおそる警戒しながら廊下を進んでいくと、俺の足音に気が付いたその人影が顔を上げてこちらを見上げてくる。
「……遅かったわね」
その人物の正体は、俺の実姉である
悠里は寒さで鼻や頬を赤くしながら弱々しい笑みを浮かべる。
一体いつからここにいたのだろうか。一応秋用のトレンチコートを羽織ってはいるみたいだが、ここ最近は寒波の影響で例年よりもかなり冷え込む。
俺は急いで蹲る悠里に駆け寄った。
「な、なにかあったのか……⁉」
今日は妹代行サービスのシフトはないはずだが、わざわざウチに来てまで俺を訪ねて来たということはなにか大変な事態が起こっているのかもしれない。
そんな
見たところ怪我などはなさそうだが、寒さでフルフルと小刻みに震えていた。
悠里は俺の不安を感じ取ったのか、軽く首を横に振った。
「ううん。大丈夫、あたしは無事だから」
「そ、そうか……」
ひとまずは無事だったようで胸を撫でおろした。
しかし、ここに来たからには何事もなかったというわけではないだろう。
案の定、悠里は深刻な面持ちで言葉を
「今日の大学の帰り、黒づくめの人に付けられたの……」
「……ここ数日はなにもなかったのに」
もしかしたらバイト終わりは俺が一緒だったから姉が一人になる学校終わりのタイミングを狙ったのかもしれない。
悠里は重苦しい口調で続ける。
「油断していたわ。……家の近くまで尾行されてたみたい」
「じゃ、じゃあ犯人に家がバレたのか……?」
「多分家の場所まではバレてないと思う。尾行に気付いた後、すぐに進路を変えてこっちに来たから」
「おい、ちょっと待て! 俺の家を囮に使ったな⁉」
「大丈夫よ。ここに来る途中、前にアンタがやったみたいにちゃんと撒いたから……」
あの、電車に駆け込み乗車する作戦で犯人を撒いたのか……。あの手はいろいろと危ないし、他の乗客に迷惑がかかる可能性があるからあまり褒められた手段ではないが。まぁコイツのことだし、そのへんは理解したうえで他の乗客に迷惑がかからない範囲でやったのだろう。
それにしても、もし実家が特定されていたとしたら厄介だな……。
最悪の場合、母さんにまで被害が及ぶかもしれないし。
「家の近辺までバレてしまったし、もう家を特定されるのも時間の問題かもしれないわね……」
「ああ、しばらく実家には帰らない方がいいかもな」
「…………」
すると、悠里は突如黙り込んでしまった。
しばし俯きがちに
「……めて……く、ない……」
「ん、なんだ?」
「そ、その……。しばらく、ここに泊めてくれない……?」
「は?」
水が流れるみたいに悠里の言葉が右から左に流れてしまい、一瞬なにを言ったのか理解できなかった。俺が首を傾げていると、悠里は軽く咳払いして改めて口にする。
「お母さんには迷惑かけられないし、ほとぼりが冷めるまで湊斗の家に泊めてほしいの」
「やだよ。そのへんのホテルにでも泊まればいいだろ」
「ホテルなんか泊まったら一体いくら掛かると思ってるのよ」
「じゃあネカフェ行けよ」
「同じことよ。無料で泊まれる手段があるのに使わないなんて馬鹿馬鹿しいじゃない?」
「だったら、ウチじゃなくて彼氏なり友達の家に行けばいいだろ」
「か、彼氏なんていないもん。それに、友達にはこんなこと頼めないわ。迷惑かかっちゃうし」
「俺にはいいのかよ」
姉から逃げるために一人暮らしを始めたというのに、また姉と一緒に住むとか馬鹿馬鹿しいだろ。なんだよ、その本末転倒。俺はどうやってもコイツからは逃げられない運命なのか……?
俺が最悪の運命を嘆いていると、ふいに悠里がくちんっとくしゃみした。
十一月に突入して冬も本格的になってきたし、このままじゃ風邪を引くかもしれない。
今さらだがこんな寒い中、話すのもなんだ。
「……まったく、とりあえず入れよ」
俺が家の鍵を開けながら言うと、悠里は弱々しく頷いた。
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