第24話『ボクもしかしてユリちゃんの弟くん?』
翌日の金曜日。いつもより少し早く目が覚めて、いつもより少し早く学校に行くと。教室へと向かう途中の廊下で数日ぶりの顔を発見した。
葉山先生は、俺に気が付くと軽く手をあげて気さくに話しかけてくる。
「やあ。めずらしく早起きかい?」
「葉山先生! 体調はもういいんですか⁉」
「うん。すっかり良くなったよ。ごめんね、ライン返せなくて」
「気にしないでください。推しがモブ
「もういいんだよ。新しい推しができたら少し気持ちが楽になったんだ」
「そうですか。なら安心ですね」
推しを失ったショックを埋めるのもまた新たな推しなのだ。
俺にも経験があるからすごくよくわかる。
だからこそ、先生が
俺はそんな先生を見ていることができず、出来るだけ明るい表情を心掛けた。柄にもなく先生を元気付けたいと思ってしまったのだ。
「先生。もし時間があったらでいいんですけど、放課後に面談できますか?」
「面談? あー、ごめんね。今日はちょっと予定があるんだ」
「そうですか……。じゃあ後日にでも空いているときがあればよろしくお願いします」
「うん、わかったよ。近いうちに組んでおくよ」
まあ相談したいことがあるというよりもただ雑談したいだけなんだけど。前みたいにアニメやゲームの話をしているうちに先生の傷が癒えるかもしれない。
二次元の深さを教えてくれた先生に恩返ししたい気持ちがあった。
「それじゃあ、またあとで」
そう言って職員室へと戻っていく先生を見送りながら俺ははてと首をかしげる。
先生が左手にはめていた結婚指輪がなくなっているのだ。
特に深い意味はないかもしれないが、もしかしたらピュアイノセントが寝取られたという悲劇は連鎖的に悲劇を起こしているのかも、と心配になった。
先生がピュアイノセントのことで寝込んでいたら奥さんはどう思うだろうか。たとえ二次元に理解のある人だとしてもさすがに嫌になるかもしれない。
そう考えると、先生の落ち込みようにも
先生、ほんとに大丈夫なのかな……。
◆
姉がストーカー被害に遭い始めてから数日が経過していた。
被害は日々エスカレートしていき、未だ犯人は捕まっていない。
それどこか、手がかりすらも見つかっていない状況だった。
警察も依然動いてはくれず、妹代行事務所のオーナーである
――姉を迎えに行くことにも慣れてきたころ。
いつもは事務所の前にある公園で待ち合わせしているのだが、今日はマリーさんに呼ばれて雑居ビルの二階に入っている事務所の扉をおそるおそる押し開けた。
すると、慣れない香水の匂いが鼻を抜ける。
事務所の中は短い廊下が伸びており、その先に約五〇平米ほどの広い空間が広がっていた。
奥の部屋からキャッキャと賑やかな喧騒が聞こえる。
それに、頭がクラクラしそうなほど甘い香りが充満していた。
「お、お邪魔しまーす……」
へっぴり腰で廊下を進み、大広間を覗き込むとうら若き乙女が数人で談笑していた。その中から姉の姿を探していると、目をキラキラと輝かせた乙女たちが群がってくる。
「ねぇ、ボクもしかしてユリちゃんの弟くん?」
「えー、可愛いじゃん! なにしに来たのー?」
「お姉ちゃんたちと遊ぼーって、ウチら妹かーっ! あっはっは!」
「え、えーっと……」
いきなりぐわっと詰め寄られてなにがなんだかわからなくなっていると、入り口の廊下に面した部屋の扉が勢いよく開き。そこからもっとよくわからない存在が飛び出してきた。
「湊斗きゅ~んッ‼」
従業員の女性を押しのけてやって来たのは、事務所のオーナーと思しき人物だった。
間違いない。この人がマリーさんだ……。
しかし、俺の真正面に立ったマリーさんの顔を見上げたとき。あまりの威圧感に震えあがってしまう。背の高いマリーさんが巨人のように見えて、そのうえ筋肉質でキューティクルな茶髪のおかっぱヘアに青ひげを隠すように塗りつぶされた厚化粧。美術館に飾られているようなアートのような目力に圧倒されてしまった。
俺が呆気に取られて震えていると、従業員の女性がマリーさんに言う。
「ちょっとオーナー。この子怖がってるよ?」
「あらァ~。ほんとぉ~? って、マリーお姉さまとお呼びッ!」
「まあそりゃあ一九〇センチのオネェが迫ってきたら普通怖いよねぇー」
従業員にあれこれ突っ込まれるマリーさんだったが、真っ赤な唇をンパンパと整えてから再びこちらに向き直ってくる。
「怖がらなくてもだいじょ~ぶよぉ~ん。湊斗きゅんったら女の子が多くて困ってるのよねぇ~。ごめんなさいねぇ~ん! この事務所にオトコはいないのぉ~ん」
「は、はいィ……」
もうどこから突っ込めばいいのやら……。いや、たとえ頭が整理されても突っ込めやしないんだけど。俺は防衛本能が働き、
「んもぉ~、どうしたのぉ~ん? オトコの子ならしっかりなさァ~い!」
「す、すいません……。ちょっと、いろいろ想像と違ったんで……」
「それはお互い様よぉ~ん。まさか湊斗きゅんがこんなに可愛いオトコの子だったなんてぇ~」
「ア、アハハ……」
恐怖で泣きそうになるなんて何年振りだろうか。
涙で視界が歪みながらも必死にこらえていると、視界の端で更衣室の扉が開く。
「ねぇ、なんの騒ぎ?」
更衣室から出てきたのは見覚えのある顔だった。
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