第23話『……ありがとね。来てくれて』
「わざわざ来てくれなくて良かったのに」
「……別に、暇だし」
「ふーん」
公園に入ってきたのは姉の
悠里は勤務外では髪を下ろしており、服装もワインレッドのフェザーニットにレースのロングスカートという落ち着いた装いだった。最近ようやく見慣れてきたツインテールのせいで、むしろこっちの方が新鮮だと思ってしまう
ふいに悠里が妙な視線を向けてくる。
「ていうか、アカネちゃんと知り合いだったんだ」
「見てたのかよ……」
「たまたま見えただけ。もしかして、アカネちゃんのこと好きなの?」
「は? そんなんじゃねぇし」
「ふーん。ほんとに?」
「しつこいな。だから違うって……」
俺は変に勘ぐってくる姉を振り払うように公園の出口の方へ歩き出す。
そのまま公園を抜けて、駅の方に向かいながら特に会話することもなく歩いていると、ふいに俺の少し後ろを歩いていた悠里が隣に追いついてきた。
そして前を向いたまま、ポツリと口にする。
「……ありがとね。来てくれて」
「別に。ついでだから」
「なんのついで?」
「バイトのついで」
「ふーん。この辺でバイトしてたんだ?」
「ま、まぁな」
実際のバイト先は電車で二駅隣のファミレスだが、わざわざ遠くから迎えに来たと思われるのが気恥ずかしくて、つい変な嘘を吐いてしまった。
すると悠里が疑わしげな視線を向けてくる。よく考えればコイツには家がバレてるし、わざわざこんな街中でバイトしているのが不自然だったのだろう。
俺は嘘が見破られる前に話題を逸らすことにした。
「……ストーカー被害に遭ってるってな」
「ええ。別にたいした被害じゃないけどね」
「そうか。それにしても、お前にストーカーって物好きなヤツもいたもんだ」
「その言い草、すごく腹が立つけど……。まあ実際あたしもそう思う」
思わずいつもの調子で憎まれ口を叩いてしまう。すると隣でピキッと青筋が立った音が聞こえた気がして、俺はやや冷や汗をかきながら一歩姉から距離を取った。
しかし、悠里は離れた分だけ詰め寄ってくる。
俺は軽くため息を吐いて、口を開いた。
「いつから付けられてるんだ?」
「多分二日前……。もしかしたらもっと前から付けられてたかもだけど」
「じゃあ家もバレてる……?」
「わかんないけど。その可能性は低いと思う。月曜日はたまたま友達の家に泊まってたし、付けられてるって気付いてからは別の駅で降りて遠回りして帰るから」
たしかに、住居が割れているならわざわざ付きまとう必要もないしな。
まあでも、犯人の目的がわからないことには住所がバレている可能性も捨てきれない。
数分ほど歩くと、地下鉄の青い看板が見えてきた。
「警察には相談したんだろ?」
「うん。オーナーが警察署に問い合わせてくれた。警察の人もパトロールはしてくれているみたいだけど、正直状況はあまり変わってないかな……」
「犯人に心当たりはないの?」
「わかんない。直接なにかしてくるってわけじゃないし」
なるほど。犯人に目星がついてないんじゃ警察も動きにくいってわけか。
ただでさえ、妹代行サービスなんて訳のわからない仕事をしているんだ。どこのどいつがどんな恨み辛み、あるいは別の感情を持っているかわかったものじゃない。
悠里は
駅のホームで電車を待っていたとき。ふいに悠里がコートの
「湊斗、あっち見て……」
言われて悠里の視線を追えば、地下鉄のホームを支える銀色の支柱に反射して黒づくめの服装をした人物が映っている。
黒のキャップを目深に被り、黒のブルゾンにデニムパンツ。顔はマスクで覆われている。
さらに猫背で身を屈めているせいで性別すら判別することができなかった。
怪しい雰囲気をまとったその人物は明らかに俺たちの方をじっと見ている。
「……アイツか?」
「多分そう」
俺はさりげなくスマホをいじるフリをして支柱に反射した男を写真に収めた。
出来るだけ多くの証拠や手掛かりを集めて警察に提出するのが手っ取り早いだろう。本当はもっとはっきりと映った写真が欲しいが、あまり危ない真似はしたくない。
そうこうしているうちに駅のホームに電車が入ってきた。
プシューッ、と到着した電車の扉が開き、俺たちが乗り込むと黒づくめの人物が隣の車両に乗ったのを確認した。しばしばこちらに視線を向けてくる様子から、やはりアイツが悠里に付きまとっているストーカーでほぼ間違いないだろう。
直接あのストーカー野郎に注意するだけでも収まる可能性はあるが、リスクを考えればなかなか行動に移せない。それに、その手段を取るには俺では少々迫力が足りなさそうだ。
安全面を考えれば今は正体がわかるまではヤツを撒いて、できるだけ悠里に接触させないようにするのが一番だろう。事務所で過去の
俺はこっそり悠里に耳打ちする。
「次の駅で降りよう」
次の駅で一度降りて、ヤツが本当にストーカーなのか確認した上で撒く。
その俺の意図を悠里は汲み取ってくれたらしく、こくりと頷いた。
数分後。次の駅に到着して俺たちが電車から降りると、人混みに紛れてヤツも降りてきた。
改札を抜けて。駅の周辺を歩き出すと、ヤツは人込みに紛れて一定の距離を保ちながら俺たちの後ろを付けてきていた。
――確定だな。
さて、後はヤツを撒くだけだが。確実に撒く方法ならひとつ考えがある。
俺はしきりにスマホで時間を確認し、駅の周辺をぐるぐると回って再び駅に戻ってきた。
なにも適当に歩いていたわけではない。駅を出る前に次の電車が来る時間を確認し、時間を潰していたのだ。日本の電車はほとんど完璧な時間でやって来る。
だからこその作戦でもあるのだ。
あと三十秒……。ゆっくりと階段を下り、駅のホームに出るとすでに電車が到着していた。
「走れ!」
俺は悠里の手を引いて走り出す。
そして、俺たちがギリギリで駆け込み乗車した瞬間。プシューッと扉が閉まった。
電車が動き始める。遅れてホームに上がってきた黒づくめの人物は立ち呆けていた。
そのとき視界がスローモーションになったような錯覚に入り込み、ヤツと視線がかち合った。
そのまま電車は駅を抜けて走り出す――。
「上手く撒いたわね」
「……ああ」
じっとこちらを見つめる無気力な瞳。その視線をどこかで見たことがあるように感じたのは俺の勘違いだったのだろうか……。
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