第17話『お兄ちゃんに付き合ってあげるっ!』
結論から言うと、悠里のストラップは見つからなかった。
お化け屋敷の係員の人に聞いたり、お昼時でたまたま客足が少なかったからもう一度お化け屋敷の中に入って中を軽く探してみたりもしたが、それらしき物は落ちていなかった。
そのあとスタッフのお兄さんから迷子センターに行けば
俺にできることはすべてやったつもりだ。
もしかしたら、悠里の方で見つかっているかもしれない。
そう思って合流しようとしたところ。そういえばアイツの連絡先を知らないから、これでは広いパーク内で合流のしようがないことに気が付いてしまった。
とりあえず、さっきのベンチまで戻るか。
それにしても悠里の持っていたあのストラップ、妙に見覚えがあるんだよなぁ。
例の『修羅場のサタデー』の際にあのストラップを見たとき、そう思ったのを覚えている。
そんなことを考えながら歩いていると、近くでざわっと子供たちの喧騒が沸き立った。
「あー、アラ太くんだぁー!」
「パパ―。アラ太くんと写真とりたーい」
その喧騒の
大勢の子供たちに囲まれたアラ太くんを横目に、ポケットに手を突っ込んで再び歩き出したときだった。ふいにポケットの中になにか入っていることに気付いた。
「これは……」
さっきウォーターショットの景品でもらったストラップだ。
そのストラップは悠里の持っていたストラップと本当によく似ていた。
もし見つからなかったとき、アイツはどんな顔をするだろうか……。
その光景が頭に浮かぶ前に思考を止めて、俺はアラ太くんのストラップをポケットに突っ込んでベンチの方角へ歩き出した。
ベンチに座ってしばらく待っていると、悠里がウォーターショットの方からトボトボと帰ってきた。時間差的にコイツも相当探し回っていたようだ。
その様子からわざわざ聞くまでもないと思うが、一応結果を問う。
「よぉー。見つかったか?」
「ううん。コーヒーカップもゴーカートも探してみたけど、見つからなかった……」
「そうか」
「そっちは――って、その様子じゃ聞くまでもないか……」
ほんの一瞬。悠里の顔が悲痛に歪み、それを誤魔化すようにそっと顔が伏せられる。
そんな姿を見るのが耐え切れず、俺は
「これだろ? お化け屋敷の係員の人が拾ってくれていたんだ」
「え、あったの⁉」
目を大きく
悠里はしばしそのストラップをじっと見つめた後、小さく呟いた。
「……そっか。やっぱり覚えてないよね」
「え?」
「これ、アラ太くんじゃないよ」
「いや、アライグマだろ?」
「アラ太くんはこれより一回り小さくて、目がクリッとしているのよ。これはアラ太くんの腹違いのお義兄さんで、アラ介兄さん」
へぇー、アラ太くんの家庭環境は複雑なようだ……。
どうやらアラ太くんガチ勢の悠里の目を誤魔化すことはできなかったらしい。
俺は呆れと
「……そうか。ごめん」
思っていたよりも随分素直に謝罪の言葉が出てくれた。
さすがに罪悪感を
悠里を騙そうとしたんだ。激怒されても仕方がないと覚悟を決めていたが、意外にも悠里はアラ介兄さんのストラップをギュッと胸に抱いて首を横に振った。
「いいの。あたしのためにしてくれたんでしょ?」
「や、別に……」
「ありがとね。湊斗」
そうやって、姉にちゃんと名前で呼ばれたのはいつぶりだっただろうか。
もう思い出せないほど古い記憶のように感じる。
しかし、優しく微笑むその表情にはどこか影が差しているように見えた。
悠里がちらと時計を確認し、眉尻を下げる。
「ごめんね。せっかくのデートだったのに台無しにして……」
「ふん。デートの相手がお前の時点で台無しもなにもねぇっつーの。どうせなにしたって同じだ。だから、もう少し探してみるぞ……」
「いや、もういいよ。これ以上迷惑かけるのも悪いしさ」
「なんだよ。お前らしくもない」
「……そっちこそ」
ふいに強い風が吹きすさび、ジェットコースターの方から黄色い声が聞こえてくる。
悠里は
「なんで、そこまでしてくれるの……?」
「そりゃおと――」
おほんおほんっと盛大にむせ返ってから言い直す。
「お、お兄ちゃんだからな。妹が困ってたら助けるのが宿命ってやつだ」
言ってから、実は相当恥ずかしいことを口走ってしまったのではないかと後悔してしまう。
しばらく反応のない悠里の方へおずおずと視線を向ければ、悠里は目を丸くして固まっていた。俺は体温が上がったことを自覚しながら軽く咳払いし、誤魔化すように口を開く。
「せっかく代金を払ってんだ。もうちょっと俺のお兄ちゃんロールプレイに付き合えよ……」
ほとんどやけくそでそう吐き出して。ふいっと顔をそむけると、ふいに吹き出すような声が聞こえてきた。クスクスと含むような笑いが次第にはっきりと笑い声に変わる。
こ、この野郎。許さん……。
俺がじとっとした湿っぽい視線を向けても悠里はお構いなしに肩を揺らしてころころ笑う。
やがて笑いを嚙み殺すと、指で目を擦りながら太陽のような笑顔を向けてきた。
「――いいよ。仕方ないからお兄ちゃんに付き合ってあげるっ!」
すっかり調子を取り戻した悠里――いや、ユリちゃんはツンと胸を張って無邪気に笑った。
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