第16話『ほんとはこんなつもりじゃないのにな……』
爽やかなフローラルの香りに
うつらうつらと目を開ければ、真上で悠里が
どうやら今、俺はベンチで横になっているようで。真上には悠里の顔、後頭部にはふにゅっとした心地よい感触――。
アレ、これって……?
その状態が俗に言う膝枕であることを察して。俺は慌てて飛び起きようとしたが、上手く体が動かなかった。モゾモゾと身じろぎしたせいで、悠里が真上からこっちを覗き込んでくる。
その瞬間、俺は咄嗟に目をつむって狸寝入りを決め込んでしまった。
じわぁっと体に熱がこもるのを自覚しながら息を止めていると、ふいにため息が聞こえてくる。起きていることがバレたか、とハラハラしていたがどうやらそうではなかったらしい。
「……なんであたし、こんなドジなんだろ」
弱々しいその声音は少し意外なものだった。
頬にしなやかな指先で触れられた感触を感じ、さらりと髪を払われる。
「ほんとはこんなつもりじゃないのにな……」
誰に言うでもなく、胸の内からこぼれ出たような独白だった。
こんなつもりじゃない、というのは先のお化け屋敷でのことを言っているのだろうか。
姉らしからず、そんなことで悩んでいるのがおかしくて。俺は思わず口を出してしまう。
「無駄に強がるからだろうが」
「そうだよねー……って――え、起きてたのっ⁉」
「あとな、お前がドジなのは昔っからだよ。今さらどうこうなるわけねぇだろ」
思ったよりも顔が近くに感じられて、つい目を逸らしながら憎まれ口がこぼれ出た。
「……こ、この減らず口を縫い付けてやりたいわね」
「いでっ、ででで」
怒っているのか、悠里は顔を赤く染めながら引き裂くように両頬を引っ張ってきた。
ようやく頬から手が離れると、俺はヒリヒリと痛む頬をさすりながら勢いよく起き上がる。
その瞬間、首の辺りにズキンッと鈍痛が走った。
「――うぐっ。……まったく、暴力ヒロインは最近じゃ流行らないぞ」
首をおさえながら思わず皮肉をこぼすと、悠里が分かりやすくシュンとする。
さすがに暗闇でハイキックをかましたことには罪悪感があるのか、
さっきのビビりようからして、本当に心霊系が苦手だったようだ。それを分かっていながら
と、物理的な強い衝撃を受けた頭が冷静にそう思案した。だから、謝ってもらうのも忍びない。
俺は申し訳なさそうになにか言い出そうとした悠里を遮って、ベンチから立ち上がった。
「まあでも、こんなキックじゃまだまだたいしたことないな」
「……あっそ。しばらく寝てたくせに」
ノーダメージをアピールしながらシニカルな笑みを浮かべると、負けず嫌いな悠里が少しむっとした顔をした。その様子からして多少は罪悪感が薄れたみたいだ。
何気にスマホで時間を確認すれば午後一時を回っており、十二時半ごろにお化け屋敷に入ったことを考えると、かれこれ二〇分近く気絶していたことになる。
これ、当たり所が悪けりゃ死んでたな多分……。
俺は首をコキコキ鳴らしながらベンチの隣にあった掲示板型のマップを眺め、パーク内にあるレストランを指差した。
「そろそろ昼飯にしないか? 腹減った」
「そうね。お昼のことすっかり忘れてたわ」
俺がレストランの方角に歩き始めると、後ろでトートバッグを肩にかけて立ち上がろうとした悠里が
「あれ……。ないっ⁉」
「ん、なにが?」
「バッグに付けてたストラップがないのよ!」
「あー、動物のストラップか?」
「そう。アライグマのアラ太くんのストラップよ!」
たしかに悠里の持っているバッグには、いつも動物のマスコットキャラクターのストラップが付いていた気がする。前に一度、目にしたぞ。
この相当な慌てようからして大切なものなんだろう。
「ど、どこで落としたのかな……?」
「さっきのお化け屋敷か? ウォーターショットでも結構動き回ったな」
「ごめん……。ちょっと探してくる」
そう言って、駆け出そうとした悠里に咄嗟に声を掛けた。
「おい待て。俺がお化け屋敷で聞いてくるからお前はウォーターショットの方を見て来いよ」
「……う、うん。ありがと!」
慌てて駆け出していく悠里を見届け、俺はお化け屋敷の方へ足を向ける。
まあ、さっきお化け屋敷に無理やり連れ込んだ埋め合わせくらいにはなるだろ。
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