二章 新たなる妹、現る。

第6話『なんなんだよ、まったく……』

二章  新たなる妹、現る。




 初めは、ほんの些細ささいな喧嘩だった。

 どんな内容だったか詳しくは覚えていないけど。多分冷蔵庫にあったプリンを食べられたとか、人のシャンプーを勝手に使ったとか、その程度のくだらない言い合いだったように思う。


 だが、俺には長年フツフツと積み重ねられた私怨しえんがあって。それが爆発してしまったのは今考えれば必然だったのかもしれない。


 俺は姉が豹変ひょうへんしてしまったあの日から何年も横暴おうぼうな振る舞いに耐え忍んできたのだ。

 でもそのとき、プツリとなにかが切れた音がした。


『いい加減にしろッ! なんでいつもお前の言いなりにならないといけないんだ……‼』


 気が付けば、俺は初めて姉に反発していた。


 普段からまともに口を聞いてくれない、答えてくれたかと思えばキモオタやらチビやらと罵られ、大切にしていたアニメグッズを勝手に捨てられたこともあった。不当にチャンネル権を独占しているくせにブルーレイの容量がなくなると勝手に録画していたアニメを消され、挙句の果てには変な言いがかりをつけられる――もう我慢の限界だった。


 どれくらい限界だったかと言えば、一発ぶん殴ってやろうと思ったほどだ。

 だが俺のそんな抵抗さえ無力で、結局俺は完膚かんぷなきまでに打ちのめされた。


 そのとき、姉にはどうしたって敵わないんだと察した。頭脳も、喧嘩も、言い合いでだってなにひとつ姉に勝てるものはないのだとわかってしまったんだ。


 もうそこに自分の居場所はないと思った。

 だから俺は家を出る決意をしたのだ。


 死に物狂いで勉強して身の丈に合わない学校に進学できたのも、毎朝自転車で三〇分の道のりを通学できるのも、バイトを掛け持ちして必死に生活費を稼いでいるのも。


 原動力はただひとつ。


 ――姉から逃げるためだった。


 そこまでして、せっかく姉に縛られない生活を手に入れたというのに……。


『そんなこと……。そんなことするわけないでしょッ――!』


 目を閉じると、あの日の姉の言葉が頭の中で反芻していた。

 胸を刃物で突き刺されたみたいな痛みがずっと後味悪く残っている。


 罪悪感なんてあるはずがないと、そう思っていたのに……。


「なんなんだよ、まったく……」

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