◇万年青◇  (2)





「これはとてつもない浄化装置だな。」


万年青おもとがソファーの樹の玉座がある部屋を見て言った。


「この建物自体が緑化されてソファーが中心だ。

建物は深い所に繋がっている。そこが貯水槽だな。」

「そうだ。まだ一度しかないが黒い卵みたいなものがここに現れて

空木うつぎを吸い込んだんだ。」

「吸い込まれると言うか首の後ろに何かがくっついてくるまれてしまうんです。」

「痛いかい?」

「痛くはありませんがただただ気持ちが悪いです。」

「その後俺も吸い込まれてしまったが確かに気持ちが悪いものだった。」

「それからどうなった。」

「数時間後にうっすらと卵が消えて行ってソファーが樹みたいになっていた。

その中心に俺達がいたんだが、」


ヒナトリと空木の目が一瞬合う。


「どうなった。」

「……その、そこに二人が寝ていた。」


一瞬のおかしな間があったが万年青は気が付いたのか

ヒナトリと空木には良く分からなかった。


その時二人が抱き合ったまま横たわっていたのは

別におかしなことではない。

ただ、その状況が二人にとって少しばかり意識をしてしまうことであったのは

確かだった。


「ふぅん……。」


万年青はその後も周りを探り見ていた。


「まあこれはこれでそのままだろう。

お前らもいつ起こるか分からんが難儀だと思うが

人助けだと思って我慢しろ。」


ヒナトリと空木は同時に深くため息をつく。

分かってはいるが気の重い事なのだ。


「あの、万年青さん。」

「なんだ。」

「あの、父の事で何かご存じの事はありますか。

貯水槽の後の行方が分からないのです。」


空木が思いつめた様子で万年青に話しかける。


「父は死んではいないんですよね。」


万年青は難しい顔をする。


「あたしの事は万年青でいい」


万年青はペリが淹れたお茶を飲む。


昼間の生温かい日差しはいつの間にかうっすらと消え、

黄昏の気配が少しずつ迫っていた。

外の音も昼間とは違い夕方の騒がしさがかすかに聞こえて来る。


「お前は清伯木せいはくぼくだな、それは知っとるな。」

「はい。」

「そしてお前が浄化したものをヒナトリが受け取り蓄える。

その流れはもう実際に起こったから分かっとるだろうが、

お前の所に邪悪なものが来るまでの事は分かるか?」

「巨大貯水槽に術式をかけました。

それでここまで来るのではないのですか。」

「それは『とおし』の術だ。」


空木は初めて聞く術の名だ。

他の者も初めてのようで何も言わず黙って万年青を見ている。


「悪を清伯木まで通すのだ。

通しの術も色々あるがもっと強力にかけるためにはその力を持つ者が必要となる。

それがお前の父親だ。

今回行われた術式は『通し』で『清伯木』から『癒し』のヒナトリで

流れが出来ておる。

どれ一つ欠けてもいかん。」

「なら父はどこかでその術をかけたと言う事ですか。

その後どこに行ったのでしょう。」


万年青はじっと空木を見た。


「どこにも行っておらんよ。」

「……どういうことなのでしょうか。

私には分かりません。」

「穂積がどうしてお前に清伯木であることを告げなかったのか、

これから起きる出来事や今の居場所をはっきり言わなかったこと。

その全てを伝えなかったこと、

あたしは少しその気持ちは分かる。

あやつが言わなかった事をあたしがお前に言うのは

穂積の気持ちを踏みにじることになるかもしれん。」

「でも、私も知りたい事はたくさんあります。」


少し怒った声で空木が言った。


「確かにそうだな。

だがいつかは知る機会はあるかもな。

それにお前は見捨てられた気持ちがあるかもしれんが、

あたしが知っている穂積は優しい男だ。

それゆえにお前と距離を取ったのだと思う。」


空木は理解しがたい顔をした。


「……父はどこにいるのですか。」


呟くように彼女が言う。

そして万年青が優しく答えた。


「お前のそばにいつもいるよ。」





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