◇万年青◇ (3)
「なんだよ、もう行くのか。」
朝早くから
ヒナトリは目が覚めてしまった。
「万年青サン、ご飯出来ましたヨ。」
「ありがとうよ、あんただけだね、ペリ。
ちゃんとやってくれるのは。」
白飯、イワシの丸干し、白菜の漬物、味噌汁、
普通の和食だ。
「ううん、
こう言うのはボクより上手いと思うよ。」
「ふぅん。」
ヒナトリも座り黙って食べている。
「私もいただきますね、お口に合いますか?」
前日の押し問答の余韻は無く普通の様子で
空木も現れ一緒に食事を始めた。
「まあまあだね。
でも丸干しなんて良く用意出来たね。」
「最近は夜遅くまでやっているお店があるんです。
私もちょっと街に慣れて来たんですよ。」
空木はにこにこしながら手を合わせて食べ始める。
それを万年青が横目でちろりと見た。
「もう少しゆっくりしていけよ、万年青。」
ヒナトリがバリバリと頭から丸干しを食べながら話しかけた。
「あたしも忙しいんでね。
今回は一度は行かなきゃなと様子見もあって
他の事はほったらかして来たのさ。」
すでに万年青は食べ終えている。
かなりの早食いだ。
「ゆっくり食えばいいのに。早食いは早死にするぞ。」
「死ねるなら死んでみたいね、
ああところで空木。」
万年青が小さなノートぐらいのケースを取り出した。
「これをお前にやろう。見てごらん。」
空木が受け取り中を見た。
「かぎ針、ですか。」
「ああ、そうだ。」
持ち手が硬い木で、表面に美しい木目が浮いているかぎ針のセットだ。
ケースも全体が金属でアールデコ風の模様がついている。
表面には可愛らしい花が描かれた
楕円形のエナメルがはめ込まれていた。
「どうも全部バラバラのものを集めて一緒にしたらしいから、
アンティークとしてはそれほどのものじゃないが、
いい具合にセットになっておる。
大事に使えよ。」
万年青が言う。
その眼は口ぶりとは違ってとても優しい。
空木は経験がないが、もし祖母と言う人がいたらこんな感じなのかと思った。
昨夜の優しい口調を思い出す。
「ほら、ばーちゃんにお礼を言えよ。」
空木の心を読んだかのようにヒナトリが言う。
「ばーちゃんじゃない、万年青と呼べ。」
万年青がふんぞり返ってヒナトリを見る。
ヒナトリは苦笑いしながら肩をすくめた。
だが空木は渡されたかぎ針のセットを魅入られたように
見続けていて気が付かない。
「すごく綺麗だね、空木チャン。」
ペリが話しかけるとはっとしたように空木は気が付き万年青を見た。
「あ、ありがとうございます。」
万年青が無言で頷く。
今万年青が考えていることは何だろうか。
ヒナトリは彼女らを見て思った。
万年青がやる事には無駄がない。
彼女には全てが予定調和のように組み合わさっているのかもしれない。
空木の元に来たレースの小物、そしてかぎ針。
これらが彼女には何かの意味があるのだろう。
それが分かる万年青は一体何者だろうか。
それは彼女と出会ってからいつも考えていたことかもしれない、
とヒナトリは思った。
そして彼女が行ってしまうとその姿や気配はぼんやりとしてしまい、
いつの間にか忘れてしまっているのだ。
自分の力や空木の能力、そう言うものより遙かに深い謎が彼女にはあるのだろう。
それがいつかは語られることがあるのだろうか。
多分それは無いのかもしれないとヒナトリは思った。
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