◇万年青◇ (1)
昼下がり、窓から暖かい光が差しこむ。
店内が全体に見える奥の椅子に座り
お客も来ず
光るウィンドウのガラスを見ながら眠気と戦っていた。
ヒナトリもペリもいない。
二人とも空木と同じなのだろう。
空木は黒のワンピースにレースの白襟をつけている。
その襟は以前手に入れたアンティークのものだ。
店内のところどころにもレースのドイリーが置いてある。
空木はこっそりとあくびをかみ殺す。
自分も猫になりたいと思った瞬間、扉が静かに開いた。
「いらっしゃいませ。」
慌てて空木が立ち上がる。
そしてそこにいたのは小柄な老婦人だった。
彼女はぎろりと空木を見た。
「……、あの、いらっしゃいませ…。」
空木も初めてここに来た時は多分とても個性的な格好だっただろうが、
この女性も特別だった。
服の色が原色ですべて違っていた。
髪の毛はショッキングピンクで大きな白い枠のメガネをかけている。
「
子どもの様な可愛らしい声だ。
一体誰なのだろうか。
「
起きて来たヒナトリが女性に挨拶をした。
「なんだい、昼寝してたのか、よだれが付いとるぞ。」
ヒナトリが慌てて口を拭く。
「ついてない、騙されるな。」
「からかうなよ、しかし、この前は何を着てたかな、
ここに来たのは何年前だった?」
「この前は迷彩服だ。来たのもそんな前じゃないよ、一年ぐらい前かね、
しかし相変わらずでかいね。」
万年青がヒナトリを見上げる。
空木も小柄な方だが万年青の方がもっと小柄だ。
ヒナトリと一緒にいると大人と子どもだ。
「そんな最近だったかな、すごく昔の感じがしたけど。
万年青といると時間が分からなくなるよ。」
「あたしもだよ、自分の時間が分からない。
ところで、」
万年青が空木を見た。
「あんたの事は
大変だと思うがあんたがやらなきゃダメなんだよ。」
「はい、分かっています。
ところで万年青さん、父が今どこにいるかご存知ですか?」
空木がここに来て四か月ぐらい、
あの黒い卵が一度現れてから何事もなく静かに日々が過ぎていた。
しかし、空木の父である穂積は全く現れず気配すらない。
昔からほとんど姿を見せなかった穂積だが、
今回はなぜか空木は不安になった。
存在自体が感じられないのだ。
万年青は難しい顔をする。
ヒナトリは横目で彼女を見た。
「まあとりあえず休憩しろよ、万年青。
あんたが送りつけた物でも見て、こちらはいくらでも文句があるんだよ。」
「なんだい、あたしが送ったものはまだこんなに残っているのかい。」
万年青がショーウィンドウを見て怒ったように言った。
「そんな事無いだろう。結構売れてるぜ。」
「違う、違う、あたしが言ってるのは曰くのあるものだよ。」
「うーん、そう言うのはなかなか相手が現れなくてさ。」
「お前の力でどうにかなるだろう。怠け者め。」
万年青が上目遣いで睨む。
文句を言うと意気込んでいたはずのヒナトリは身をすくめるだけだ。
彼も彼女には言い返せないらしい。
「空木。」
万年青が呼ぶ。
「は、はい。」
万年青には見かけによらぬ生まれ持った威厳のようなものがある。
「お前のその襟飾りはアンティークだな。」
「はい。」
「ああ、万年青の紹介で来た男性だよ。
結局は売らずに空木のものになった。」
「そうか、そうか。」
万年青がにんまりと笑う。
「こんな風にちゃっちゃっと収めればいいんだ。
あたしには分かっていたよ。」
ヒナトリが渋い顔をする。
「ところであやつはちゃんと値段だしたかい。」
「ああ、普通の値段だ。万年青にぼるなよと言われたって。」
「そりゃそうだ。良い行き先を教えてやったんだから。
まああの男も悪い男じゃなかったからな。
そう言う奴にはあたしもちゃんとしてやるよ。」
ヒナトリは編物を持って来た男を思い出す。
今頃はどこにいるのだろうか。
売れたお金が彼の役に立っていると良いと思った。
「あの……。」
空木が思いつめた様子で万年青に話しかけた。
「父は死んではいないんですよね。」
万年青はペリが淹れたお茶を飲む。
そして一息入れて言った。
「お前はどう思う。」
空木はしばらく考えて答えた。
「死んではいません。でも存在が分からない。」
「うむ、正解と言えば正解だな。」
「万年青、もう一つ見て欲しいものがあるんだが。」
ヒナトリが言う。
「いわゆる祭壇のようなものだ。
ソファーが生き返ったんだよ。」
「ソファーが?何のことだい。」
「俺も良く分からんのだが樹になった。」
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