◇すれ違い◇ (5)
「綺麗……。」
トランクから出されたレースのつけ襟を見て
それをなでる彼女の手を見て黒い卵から出ていた
真っ白な手をヒナトリは思い出した。
「付けてみろよ。」
ヒナトリが言う。
「でも売りものですよね。」
「良いよ。今は俺のものだ。」
小さな小花がいくつも連なった繊細な作りのつけ襟だ。
汚れもほつれもなくきちんと糊付けされてばりっとしている。
大切に使われていたようだ。
「どんな感じがする?」
姿見をペリが持って来て襟をつけた空木がそれを見る。
ヒナトリが聞いた。
「嫌な感じは全然しません。優しい気持ちがする。」
襟のデザインは確かに古臭いものだ。
だがそれが空木には似合っている感じがした。
「お祈りみたいな感じがします。
手で触れるとさらさらしてとても気持ちが良いわ。
それに草原みたいな感じもします、綿だからでしょうか。」
「……そうだな。」
ヒナトリほどではないにしろ空木も何かしらを悟る能力がある。
ひと針ずつ編むたびに込められた思いは
もしかすると空木の支えになるかもしれない。
それを思って
「……これって売り物なんですよね。」
「まあな、なるべくまとめて売ってくれと言われた。」
空木が他の編物も見る。
「あの、これ、私が欲しいと言ったらだめです?」
彼女がおずおずと聞く。
「欲しいのか?」
「ええ、まあ、でも結構な値段ですよね。」
ヒナトリがふんぞり返った。
「まあな、正真正銘のアンティークで
これだけまとまった質の良いものはめったにないぞ。」
空木が無言になる。
「止めなよ、ヒナトリ。自分でもこのような物の価値は分からないから
空木チャンに見せようと言ったんでしょ。」
「えっ、そうなんですか。」
ヒナトリが苦笑いする。
「ひどいです。」
「はは、すまん、からかっただけだ。
でもどうしても欲しいと言うなら持って行けよ。
何となく心が惹かれるんだろ?
そう言う勘は大体いい方に向く。」
「ありがとうございます、大事にします。」
空木は確かに大事にするだろう。
今まであまりものに執着しなかった空木が欲しがったのだ。
叶えてやらなければならないだろう。
それこそがこの編物たちの願いだったのかもしれない。
「ところで編物はいくらで引き取ったんですか?」
ペリがこっそりと電卓に金額を打つ。
それを見た空木が息を飲んだ。
「しばらくタダ働きだな。」
ヒナトリがにやにやと笑った。
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