◇すれ違い◇  (4)




二人はしばらく黙って座っていた。


緑の中のソファーは穏やかな気配だがさすがに今はぴんとした雰囲気だった。

ペリは樹の玉座の中にいるのか姿は見えなかったが

二人を見下ろしているのは分かった。


ヒナトリはしばらく黙っていたがさすがに耐えきれなくなって来た。

大きくため息をつくと口を開いた。


「あのなあ、空木うつぎ、お前が何を怒っているのか良く分からんが、

お前も俺と同じ気持ちだろう?」


空木の体がぐっと硬くなる。


「……、そうですね、勝手に決められて私も不愉快です。

私だって逃げ出したいですよ。

こんな縛り付けられて。」


吐き捨てるような言い方だ。

ヒナトリは思わず身を引く。


「そ、そうだよな、だから穂積師ほずみしを探して別のやり方で……。」

「一体どこにいるんです?

私でも気配も感じないのに。

第一別のやり方ってどうすればいいんですか?」

「いや、それは、みんなで考えて……。」

「考えてどうにかなるんですか。

父がこれを考えたのなら多分他の方法は無いと思います。

それともヒナトリさんが考えてくれるんですか?」


空木は怒った顔でヒナトリを睨んだ。


「そんなに怒るなよ、俺だってどうしたらいいのか分からないし、

泣きたいよ、俺は。」

「!!!」


空木の顔色が変わる。


「泣きたいのはこちらです!」


彼女は怒鳴る。

そしてその眼から涙がぽろぽろこぼれだした。


「泣きたいのはこちらです。

縛られたのは私なんですよ。

人の為、国の為と言われたら逃げるなんて出来ますか?

いやでも真っ黒なものが押し寄せて来て逃げる事もできない。

体中に何かしらが詰まって苦しくて。

ヒナトリさんがそれを吸い上げたから楽になったけど、

それが無かったら私は苦しいままで。」

「いや、その……。」

「ヒナトリさんは逃げればいいじゃないですか、

私の苦しいのも時間をかければ抜けるんでしょ。」

「それはまた別の話だよ。」

「それに私が嫌なら嫌と言えばいいんじゃないですか。

私の事を助けろと勝手に決められて不愉快なんでしょ?

ならご希望通りここを出て行きます。」

「……、おい、ちょっと待て。」


ヒナトリが体を起こして腕組みをする。


「お前が嫌だなんて俺は言ったか?」


空木は泣きながら睨み続ける。


「俺はお前が嫌だなんて一言も言ってないぞ。

俺が嫌なのはこういうやり方を勝手に決められたことだ。」


一瞬間が開き大きな音で空木が鼻をすする。

ヒナトリが近くにあったティッシュの箱を彼女に渡した。

彼女はひったくるようにそれを受け取り後ろを向いて鼻をかんだ。

その瞬間ペリが現れて女王に差し出すように膝をつきゴミ箱を掲げた。

その途端ヒナトリは急におかしくなりくすくすと笑いだした。


「わ、笑うことはないじゃないですか。」


鼻の頭を赤くした空木が怒る。

しかし、もう締まりがない。


「お前、泣くと鼻水が出るんだな。」

「仕方ないでしょ、止めてください。」

「そうだよな、人の体のつくりはそうなっているからな。」


空木が大きく息をついた。


「はっきり言っておくが俺はお前の世話とかそう言うのは嫌じゃない。

お前が人とか国とかそう言うものを背負ってしまったのは同情するし、

それを成すために力がいるなら喜んで手伝うぞ。

何しろそれをすれば俺も助かるんだからな。」

「じゃあ何が嫌なんですか。」

「勝手に決められたことだよ。

先に話があれば俺だって考えるさ。

それが突然契約の刀が送り付けられて真っ黒になったお前が来て、

いきなり卵が湧いたら建物自体ががらりと変わる。

穂積師ほずみしがどうして何も言わなかったのか俺にも分からんが

無責任だよな。誰だっていらいらするさ。」

「卵に巻き込まれるのは嫌じゃないんですか?」


ヒナトリは難しい顔をする。


「正直、あれは気持ち悪いな。

ご遠慮願いたいがその中にお前がいるんだろ?

助けに行かにゃならん。」

「……。」

「何しろ俺は癒しのたちだからな。」


ヒナトリはにやりと笑う。

空木はしばらくその顔を見ていたがゆっくりと顔を伏せた。


「それに、」


ヒナトリは遠い目になる。


「あの中にいた時、俺は山を見たよ。」

「山、お山ですか?」


空木は顔を上げた。


「そうなのかな、日が出てそれが沈んで、風が吹いて、葉が茂り、

そして落ちて雪が降り……。」


ヒナトリは思い出す。

当たり前の自然の中で幾多の生命が生きている。

生き物に限らず地球上のすべての物質や出来事を感じているような感覚。


「春が来てまた全てが萌える、あれは何だろうな。

とても綺麗でずっとそこにいたい感覚だった。

お前が生きて来たお山の姿か?」


空木は少し考える。


「分かりません、でも『全て』でしょうか、

私も良く分かりませんが感じられる全てだと思います。」


ヒナトリと空木の目が合う。


「どうする、ここを出て行くか。」


彼女はじっと彼を見て首を横に振った。


「……しばらく考えます。」


それを見てペリが笑う。


「空木チャンも頑固だネ。

素直に行きませんと言えばいいのに。」

「ペリさん!」

「まあいいヨ、二人ともお茶でも飲む?」

「そうだな、こいつは水分補給もしなきゃならんしな。」

「嫌味ですか?」

「何日か俺様をひやひやさせた罰だ。

とりあえず目を冷やしておけよ、瞼がパンパンだ。」

「はい。」


空木が素直に返事をする。


とりあえず解決したようだとペリはほっとした。


「ところでヒナトリ、さっきの編物を空木チャンに見てもらったら。」

「編物ですか。」

「アンティークのレース編みだ。

業者が個人的な趣味で集めていたらしいが廃業するので持って来たんだ。

万年青の紹介だ。」







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