◇すれ違い◇  (3)




「編物、か。」


先ほどの客は客ではあったが、あるものを持ち込んでいた。


万年青おもとさんからご紹介を受けたのですがね。」


少しばかり胡散臭うさんくさい感じの小柄な中年男性だった。


「フランスの蚤の市でお会いしたんですがね、

わたくしこの商売を終わりにしようとしていまして、

手持ちのものを今処分しているのですよ。」


彼はトランクを取り出し中を見せた。


「レース編み、ですか。」


ヒナトリはのぞき込む。

万年青の紹介となると無下にも出来ない。


「正真正銘のアンティークですよ。

ドイリーやつけ襟やカフスなど色々ですが、

わたくしは何となくレースものが好きでねえ。」


彼の顔が少しばかり柔らかくなる。

本当に好きなようだ。


「知らないうちに色々貯まってしまって、

でも残しておいてもどうなるか分からないので。」


彼の体に何かしらどんよりとしたものをヒナトリは感じた。

多分体調が良くは無いのだろう。


「そんな時に万年青さんとお会いしてお話したらここをご紹介いただいてね。

悪いようにはしないだろうと。」


ヒナトリが腕組みをする。

正直なところ編物の良し悪しなどは全然分からなかった。

だが万年青がここにと言うのなら何かしらの意味があるのだろう。


「分かりました。お引き取りしましょう。」


男性はホッとした顔をする。


「ただ正直なところ私はこのような物の正当な値段は分かりません。

おいくらが妥当でしょうか。」


ヒナトリは率直に言った。

引き取るとは言ったがおかしな値段を出したら即座に断る気だった。


「これぐらいで引き取っていただけるとありがたいのですがね。」


男性が電卓でヒナトリに見せる。


「……、これで良いのですか。」

「構いません。引き取っていただければ。

それに万年青さんから『ぼるなよ』と言われてます。」


それは万年青の口真似だ。

思わずヒナトリが笑う。


「出来たらなるべくまとめて売って下さいね。

バラバラにするのは忍びない。」


男性はすっきりとした様子で帰っていった。


「繊細で綺麗だネ。」


ペリが後ろからのぞき込む。


「なんだお前、樹から出て来たのか。」

「うん、ボクはあの中が好きだよ。すごく気持ちが良くなる。

さっきのお客さんはこれを売りに来たの?」

「ああ、万年青の紹介だ。」


ヒナトリは彼の後ろ姿を思い出す。

多分もう二度とここには来られないだろう。


「すごく寂しがってるな、あの人と別れて悲しいんだ。

大事にされていたんだな、お前たちは。」


ヒナトリは編物の山に触れる。


「お前たちは作ってくれた人が大好きだったんだな。

持ち主が幸せになるよう祈りながら編んでいたんだ。

良い人だ。

それでバラバラになったお前達をあの男の人が集めたのか。

分かったよ、大丈夫だ、悪いようにはしない。

でもなあ、」

「なに、ヒナトリ。」

「正直言って俺はこの価値が良く分からん。

綺麗だと思うがな。空木だと分かるかな。」

「どうだろうネ、ヒナトリ、聞いてみなよ。」


ヒナトリはここ数日間の空木の顔を思い出す。


「うーん、どうするかな。」


その時だ。


「ヒナトリさん。」


空木が声をかける。

ヒナトリはドキリとした。


「お話があります。」


空木は真顔でヒナトリを見た。


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