◇黒い卵◇  (2)



空木うつぎの手を持ったまま引っ張り込まれたヒナトリは、

このままでは彼女の体の上に倒れてしまうと思った。

自分の巨体がのしかかっては彼女の体もただでは済まないだろう。


だが外から触った時は粘った水のようだったが、

中は弾力のある塊で手は繋いだままだったが浮いているような感じだった。

そして中は光すらなく、何も見えない。

ただの闇だった。


「空木!」


ヒナトリは叫ぶ。

声は出るがしゃべった途端、泥臭く生温かい気色の悪いものが入って来た。

彼は彼女の手を手繰りながら卵の中身を押し分けて近づいた。


すぐそばにいながらなかなか近寄れない。

息は出来るが何時までここに閉じ込められているのか。

彼はもがきながらやっと空木の体に触れた。


彼は手探りで彼女の顔をなぞった。


この闇の中で彼女の体だけは温かい。


細い肩が微かに動いている。呼吸はしているようだ。

不確かな中での確実なぬくもりだ。

彼は彼女の顔がある辺りに自分を寄せた。


どこに何があるのか分からない闇の中でどうにか彼女に近づき

額を合わせた。


まだ空木は意識がないようだ。

身動き一つしないが生きているのは分かる。


しばらくそのままで彼は周りを探ったが、

音もなくただ闇の中だ。


どうしたらいいのか分からない。


だが、頼りない不安の中でその向こうに微かな音が聞こえた。


定期的に聞こえて来る音は機械のものか。

だがそれには温かみがある。

どこかで聞いた事のあるその音にヒナトリは耳を澄ませた。


心臓の鼓動のようだ。

誰でもどの生き物でも持っている体の中の流れの原動だ。

そこから生まれる熱。


空木のものかヒナトリのものかどちらなのか良く分からないが、

その体温が彼の心に光を見せた。


真っ暗な中に針でついたような光が見えてゆっくりと広がっていく。

泥の匂いは少しずつ光で乾きぱらぱらと崩れた。

太陽のような明るく白い光だ。


風の音、葉のこすれる音、鳥の声、山の影、野の花、

全てが動き出したような香りがする。

これは少し前に見た空木の故郷のようだ。


見上げると木々の間に青空が見える。

雲がゆっくりと動いて、鳥が飛んで行く。


気が付くと木々の間から何だろうか、

動物がこちらを見ていた。


他の動物もどこかから見ている気配がする。

山の中には見えないようで生き物がたくさんいるのだろう。


そしていつの間にか日が陰り、黄昏が近づいている。


大きな赤く暖かな色をした太陽が山の影に消えて、

反対側から夜が抜けたような明るい月が登って来た。


月の光にも負けない星が夜空で輝く。


木々が静かに呼吸をする。

夜の中でその音が聞こえるようだ。


夜の動物が走り、枯葉の音が微かに響く。

夜でも生きているものはとても多い。


動物だけでなく、昆虫も、植物も、

目に見えない生き物もすべて、この星にある。


それをヒナトリは感じていた。



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