◇黒い卵◇ (1)
「ヒナトリ、大丈夫?顔色があまり良くないけど。」
来客の対応の後ソファーに座っているヒナトリにペリが声をかけた。
「ここのところ立て続けにお客様も来てるもんネ、
夜のお客様も多いしも疲れてるんじゃないの?」
ヒナトリが大きくため息をつき伸びをした。
「そうだなあ、確かにパッとしないんだよな。」
「奥で休んで来たら?用事が出来たら呼ぶヨ。」
ヒナトリがゆっくりと階段を上がっていく。
「さすがのヒナトリさんでも疲れることがあるのね。」
「人だからネ。しかも癒しの
ヒナトリでも疲れるよ。」
ヒナトリは人を癒し、物の怪まで癒す。
それは彼の意思でもあり、そうでない時もある。
知らぬうちに何かが取り纏い、彼の
だがそれも結局は彼は受け入れてしまうのだ。
「だからあれだけの体なんだよ。大きくて鍛えた頑丈な体。
それでも疲れることがあるんだよネ。」
「それにここのところ妙な気配があって
いつもこのあたりに漂っているような……。」
空木が小声で口にする。
ペリと目が合う。
「そうだネ。空木チャンが来た時みたいな感じ。」
彼女がため息をつく。
「空木チャンも調子が悪いの?」
「……ええ、少しですけど、なんだか変な感じがします。」
結局その日は客も訪れず、静かに閉店を迎えた。
「こんな日は温かいご飯食べて、早く寝るに限るネ。」
ペリが二階の廊下にいる空木に明るく言った。
だが、空木は返事をしようとしたが声が出ない。
「空木チャン?」
足元がふわふわする。
雲の上に立っているようにおぼつかない感じがする。
空木の様子に異変を感じたペリはすぐに彼女のそばに飛んだ。
「……。」
どんよりとした黒い気配が急に湧き出し
彼女の首筋の後ろにべったりとくっついた。
だがそれはただの気配だ。
はたから見ると何も起きてはいない。
彼女は自分の体にどんどんと何かが入ってくるのを感じた。
冷や汗がどっと出る。
ふらふらと倒れかけた空木を支え、ペリが近場のソファーに寝かせた。
その顔色を見てただ事では無いのを彼は悟った。
「それにこの気配はナニ?」
ペリは慌てて廊下に出た。
「ヒナトリ!」
ペリが部屋を出ると彼は既にそこにいた。
「何だ?」
ヒナトリも感じていたのだろう。
「空木チャンが倒れた。」
「空木が?」
「ソファーに寝てる。」
彼が空木の元へ走る。
そして、その姿を見て思わず立ち止まった。
いったいこれは何だろうか。
空木が初めてここに来た時に寝かされていた大きなソファーに
彼女は横たわっていた。。
ただでさえ大きなソファーにいる彼女はいつもより小さく見える。
そして普通の目では絶対に見えない、
勘のいい人間なら気配は感じるだろうもの、
ヒナトリの目にはコールタールのように真っ黒な
入り込んだら身動きが取れないようなものが
空木の周りを取り巻き始めているのが見えた。
まるで黒い卵だ。
「ヒナトリ、これは……。」
ペリが絶句する。
精霊である彼には見えているはずだ。
「ボクには触れない、これは悪意の塊だ……。」
「ペリ、こっち来るなよ。触るだけでお前は
黒い卵から彼女の手だけが見えた。
細く白い手がふわふわと浮いている。
彼は大きく息を吸うと卵のそばに寄り、中に手を伸ばした。
気色の悪い気配が彼の皮膚にべったりと付いた。
空木の体とソファーに触れると、
彼女の体は温かく空木が生きているのは彼には分かった。
ただ、意識は無いのだろう、ピクリとも動かない。
「空木……。」
空木の名を呼ぶ。
ヒナトリすら途方に暮れた。
「どうなっているんだ……。」
彼が卵から出ている彼女の手を握った。
その時だ。
卵が裂けるように割れて空木の手からヒナトリの腕に巻き付いた。
「なに……。」
その次の言葉も続かないほど唐突にヒナトリは卵に取り込まれた。
ペリも突然の事で身動きもできない。
卵はいきなり大きくなり、部屋の天井につきそうになった。
「どうしたらいいンだろう、
ペリは慌てて部屋を離れた。
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