◇お山の庵◇  (3)



「おはよう、空木うつぎちゃーん。」


翌朝、店の裏にエンジン音を立てて大きな4WDが止まった。


「早くしなさいよ、ヒナトリ、ぺリ、おはよう、

朝ご飯よろしくね、みんなの分も。

空木ちゃん、あなたのおうちに行くわよ、

車で二百五十キロぐらいなんてすぐよ。」


ぼんやりとした様子でヒナトリと空木が下りて来た。

ペリだけはきちんとした格好でそそくさと朝食の準備を始める。


「これから空木ちゃんと呼ばせてね。

ヒナトリから聞いたわ。あなた、薬草とか詳しいですってね。」


昨日と打って変わってフレンドリーな白川しろかわだ。

山に行くつもりで衣装もスポーティなものだ。

すらりとして格好良い。

白川はニコニコしながら空木を見る。

昨日の事を考えるとこの変わり様はおかしな気がするが

嫌な気はしなかった。


「あたしもそこそこ詳しいとは思うけど。」

「お前が詳しいのは自分が食べるものだけだろ。」

「そりゃそうよ。」


ペリが慌てて作った朝食が出て来る。

それを白川は嬉しそうに食べ始めると空木もそれにつられて食べ始めた。


「昨日あれから電話が来て明け方までこいつに色々聞かれたんだよ。

悪いが付き合ってくれないか。キイチゴが食べたくて仕方ないらしい。」


ヒナトリがぼりぼりと頭を掻きながら空木に言った。


「そうですね、ついでと言っては何ですが、

私も一度はいおりに戻らないといけないと思っていました。」






「昨日ヒナトリから聞いたんだけど、

空木ちゃんの故郷はあたしの生まれたところに近いのよ。」


運転をしながら白川が言った。

ヒナトリは後ろの座席で腕組みをして眠っている。


「だから懐かしい匂いがしたのよ、きっと。」

「そうなんですか、いつ頃お生まれになったんですか?」

「あら嫌なこと聞くわね、この子は。どうせ私は古蛇よ。」


白川はくすくす笑った。


「まあ空木ちゃんより歳を取っているのは確かだからね。

ところでどれぐらいあるの?」

「どれぐらい?」

「果実酒よ、沢山あるのかしら、楽しみだわ。」


白川がぺろりと舌なめずりをする。

空木はお山の庵を思い出す。


「あの、その、小さな庵なので、ご期待に添えるかどうか……。」

「無いの?!」

「いや、十五、六個ぐらいかな、えーと自宅用にしか作っていなかったので。」

「そう、とりあえず十分ね。」

「それと薬草もあるのでそれも持って来たいです。

お山でしか採れないものもあるので。」

「薬草ね、なんだかいいわね、ワクワクして来たわ。」


白川はとても楽しそうだった。

街で暮らす物の怪とはいえ、やはり自然が好きなのだろう。


「庵、と言ったけどそこで暮らしていたのよね。学校とかどうしてたの?」

「学校ですか、中学までは行っています。」

「あらそう。」

「でも……。」

「なに?」

「やっぱり変でしょうか?私。」

「何が変なの?」

「常識と言うか例えば服とか……。」


白川はちらりと彼女を見た。

絣のもんぺだ。


「うーん、確かに若い女の子としては個性的よね。

動きやすいのは認めるけど。」

「昔、お山のおばちゃんにもらったんです。

そのおばちゃんも中学を卒業する頃に亡くなって。」

「そうなの。」


ヒナトリが薄目を空けて二人を見る。


「空木ちゃんは二週間ぐらい前にここに来たのよね。」

「ええ、ちょっと色々ありまして。」

「ふうん……。」


白川も少しは聞いたのかもしれない、それ以上は何も聞かなかった。




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