◇お山の庵◇  (1)




それはアールデコの美しい作りのペンダントだった。


濃い藍色の地に銀色の幾何学模様のエナメルで作られた少し大ぶりのものだ。


「うーむ、ペンダントを男性が使うのはおかしく思われないか。」


それを手に取り中年の男性が少し苦笑いした。

彼の見た目は悪くはない。

着ているものも品の良いものだ。

だがどことなく覇気がない。


「ですがペンダントの裏にピンが付いているので、

ネックレスの長さを調整すれば首から掛けて

胸元でタイピン代わりに使えるかと。

普段遣いは派手ですがパーティでは宜しいのでは。

フランスの方との会合ですよね。これはフランス製のものです。」


ヒナトリがにっこりと笑う。


「フランスか、話のネタにはなるかな。来歴とか分かるかね。」

「はい、この表面の模様もどこかの紋章であるようです。

ただどの家系なのかは不明です。

購入の来歴はお買い上げいただけたらコピーをお渡しします。」

「頼むよ、少しばかり高い買い物になるが……。」


紳士はにこりと笑う。


「気に入ってしまったものなあ。」


ヒナトリはペンダントをそっと持つ。


手のひらからその気配が入る。


フランスのその場所に帰りたいペンダント。

その場所につながる誰かがこの紳士が向かうはずのパーティに来るのだ。

相手はきっと気が付く。

この紋章に惹かれて。

そしてそれが成就すればこの紳士にも何かしら起きるはずだ。





「今日の紳士はこの前メダイオンを買われたマダムの紹介だよネ。」


ペリが茶器を片付けながら聞いた。


「そう。幸運のアンティークショップだそうだ。」


ヒナトリがにやりと笑う。


「マダム、最近全然来ないけど良い事あったのかナ。」

「多分な。」

「あの紳士にも良い事が起こる?」

「ちゃんとネックレスをつけて行ったらな。ネックレスも必死だったぞ。

願いが叶ったらそりゃ礼ぐらいするだろう。」


ペリがくすくす笑う。


「あの人、過去の因縁でがんじがらめだったもんネ。

ボクでもちょっと怖かったもん。」


ヒナトリが大きく伸びをする。


「金持ちほど自分が生まれる前の因縁がぞろぞろついているんだ。

その分裕福かもしれんが、重いものを引きずって生きるのも辛いと思うぞ。」


ペリが茶器を持ち台所へ向かった。


「そのヒナトリも重いものを持っているんだけどなあ。

人の事ばかり考えて気が付かないのかな。」


ペリが呟く。

だがそれはヒナトリには聞こえていない独り言だった。




「ヒナトリさん、荷物の整理が終わりました。」


ペリと入れ違いに空木うつぎが入って来た。

今朝がたに万年青おもとから荷物が届いたのだ。


「とりあえずお前も仕事をしてもらう。

この荷物を出して年代別に仕分けしろ。

一緒に万年青が来歴のメモを入れているはずだ。」


それほど大きくはない荷物だ。

だが開けてみるとアクセサリーが多くてかなりの数だった。


空木は今まで山の中で暮らしていた田舎者だ。

こんなにきらびやかなものは見たことかなかった。

興味本位もあり、どことなく心が浮足立つ感もあった。


だが、


「どうだった。」


ヒナトリが聞く。

空木の眉が曇る。


「良いものもあるんですけど……。

何か変な感じがするものもある……。」


ヒナトリが苦笑いをする。


「やっぱり分かるんだな。

万年青は変わり者でな、目利きだがわざわざおかしなものも買い付ける。

俺に助けてやれ、とな。」

「助ける?」

「美しさゆえに宝石などのアクセサリーは人の肌に触れる機会が多いから

人の思いが入りやすいんだ。

それと血なまぐさい事にも巻き込まれやすい。

だからそう言うものを俺が助けろ、そしてあるべき場所に戻せと。

それが万年青の命令だ。」

「万年青さん、ってどんな方なんですか?」

「一応女に見える。」

「年齢とか見た目とか、写真は無いんですか?」

「うーん何歳なんだろうな、見た目は小柄だが、

あー、もう何年も会っていないし、えっ、何年会っていないんだろう?」


ヒナトリも戸惑っているような話し方だ。

万年青と言う人物も何やら魔術的な霧の向こうにいるような人物らしい。


「すまん、改めて聞かれたら俺も分からん。

まあそう言う人物だ。いつか会えるさ。」


空木はそれ以上聞く気はなかった。

聞いても結局はよく分からないだろう。

そんな現実離れした世界がここにはある。

そして空木自身もその世界の住人なのだ。


その時だ。


「あら……。」

「なんだ。」


空木が窓に目を向ける。

何かがこちらを見ていた気がしたのだ。


「着物の女の人が……。」


華やかな花柄の着物の模様が一瞬目に入る。

だがそれもすぐに消えた。

涼やかな美女がこちらをのぞいていた気がしたのだ。

ヒナトリはちらりと窓を見ると、


白川しろかわだよ。」

「白川…さん?」

「クラブのママだ。店に行く途中に覗いたんだろう。」


空木は着物の柄を思い出した。

水商売のママらしい綺麗な色だった。

だが、普通の人がここを覗くだろうか。


「ところでな、空木。」


ヒナトリが腕組みをして彼女を見降ろした。


「お前、その服は何だ。」


空木は自分の姿を見る。

普通の白シャツとスカートだ。

だが、


「シャツは良いとしてそのスカート、真っ赤なハイビスカス柄とは。」

「へ、変ですか。」


空木は焦る。


「自分の持っているもので一番綺麗なものですけど、その……。」

「いつ買った?」

「十年ぐらい前にお山のおばさんがくれたものです。」


よく見るとそのシャツの襟の形も古臭い。

空木がここに来てしばらくしてから彼女宛てに小さな届け物が来た。

この街に来る前に荷物をまとめたものが送られてきたのだ。


「そう言えば父から着替えとかまとめろと言われました。」


と空木が荷物を受け取る。

そこには穂積師が書いた宛先だろうか。

ここの住所が書いてあった。

それを彼女が複雑な顔をして見ていたのをヒナトリは思い出す。


「十年前と体型が変わっていないのはすごいと思うが、その服ではだめだ。

お客様の前には出られない。

近くの店に行って新しいの買って来い。

ヒナトリ・アンティークと言えばつけが効くから。」

「その、あの……。」


空木が口ごもる。


「なんだ、はっきり言え。」

「服ってどんなものが良いんでしょう?」

「え?」

「買った事が無いので。」


ヒナトリが大きくため息をついた。


空木はある意味本当の箱入り娘なのだ。

俗世から隔離されて純粋培養されたようなものだ。

世の中の仕組みを一から教えなくてはいけないのだろうか。



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