◇ヒナトリ・アンティーク◇  (3)





「この街の底で口を開いたんです。」

「口……。」


ヒナトリが難しい顔をして呟いた。


「何となくお分かりですよね、雰囲気は感じておられたでしょう。」

「ああ、ここ何日か特に強かった。だが昨日ふっと消えた。

お前がやったのか。」

「ええ、父と私で。私がしろでした。」


ヒナトリは彼女を見た。

自分の横に立てば小柄な、むしろ貧相に見える女性だ。

見た目では分からないが

壮大な魔術を起こせるような力があるのだろうか。


「すまんが俺にはお前が超絶な力を持っているようには見えない。

本当の話なのか?」


空木うつぎは苦笑いをした。


「そうですよね、どうして父が私を連れて行ったのか分かりません。

出来の悪い弟子でした。

自分の子だから失敗しても死ぬだけだからでしょ。」

「いや、そんな意味じゃなくて……。」


ヒナトリが口ごもる。

その態度を見てそんなに悪い人間ではないと空木は思った。


「父は稀代きだいの術師です。

依り代としては父と血が繋がっているので雑念が入ることなく

まっすぐに効いたのだと思います。」

「どこで術を施したのか。」

「巨大貯水槽の中です。」

「ふむ。」


この街では災害対策で巨大貯水槽を作る計画があった。

それはもう五十年以上前からの話だ。

かつて大水害のあったこの街に再び起きないように地下に貯水槽を作り、

その上には大きな公園を作る予定があった。

長い時間をかけて地上げをして貯水槽を作った。

周りの電線も地下に埋め込み、近代的な美しい都市と変わったのだ。


「でもここに作ると計画を立てた時に少しでも地脈とか分かっている人がいたら、

この場所に貯水槽は作らなかったでしょうね。

オカルトだと馬鹿にされたでしょうし。

でも計画が進みだすと理解出来ないような不具合が頻繁に起きて、

調べてみたら超自然的現象であると……。」

「それで師匠の所に話が来たんだな。

もし起きていたら国家的災害になったかものレベルだな。」

「そうです。」


空木がまっすぐにヒナトリを見た。


彼女の瞳は黒々と澄んでいた。

多分自分以外にこの小さな女性が国の災害を回避したとは知らないだろう。


「とりあえず、」


ヒナトリが立ち上がる。


「救っていただいた感謝を述べよう。」


胸に手を当て彼は深々と頭を下げた。

寝起きのぼさぼさ頭が空木の目の前にある。


「いや、その、そんな。」


思いもよらぬ彼の態度に空木は驚き立ち上がろうとした。

だがその途端頭を上げかけた彼に顔を打ち付ける。


「あっ。」


空木は鼻を強打し声をあげる。

そして驚いて顔を上げたヒナトリが俯いた彼女に再び当たり、

空木はソファーにひっくり返った。






「空木チャン、まだ冷やした方が良いかな。」

「もう大丈夫だと思うんですけど……。」


ソファーに座り俯いていた空木が顔を上げる。

鼻血が出たのか鼻の周りが少し赤い。

顔に冷やしたタオルを当てて目しか見えなかった。


「お前、かなりどんくさいな。」


ヒナトリが呆れたように言った。


「こら、ヒナトリ、空木チャンは女の子なんだから!」

「へいへい、申し訳ございませんでした。

悪かったな空木。とりあえず落ち着くまでこの家にいろ。

多分お師匠もそのつもりで連れて来たんだろう。」

「……はい。」


空木はこのヒナトリがどういう人間なのか良く分からなくなって来た。

悪い人間ではないとは思うが口は良くない。

ずけずけ物を言うタイプのようだが礼節は重んじている。


その時だ、電話の音がする。

ペリがふわりと姿を消すと呼び出し音が消えた。


「仕事の話かもな、続きは後だ。しばらく休め。」


ヒナトリが立ち上がり目で彼女に横になるよう促し上掛けをかけた。

その仕草は優しい。

空木は黙って上掛けを被り目だけ出して彼を見た。


やはり大きな男だ。


どっしりとした樹のような近くにいると落ち着く感じがする。


一体この男はどんな経緯で父の弟子になったのだろう。


しかし今のところ彼女には休息が必要だ。

ここは悪くない場所のような気がする。

しばらくおとなしくして落ち着いたらいおりに帰ろうと彼女は思った。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る