◇ヒナトリ・アンティーク◇  (2)





ことりことりと音がする。


そして柔らかな食べ物の匂いがする。


空木うつぎは瞼の裏に光を見た。

陽の光だ。

ここのところ暗い所で術をかけ続けていたのだ。

明るさが懐かしい……。


彼女ははっと目を覚ました。


「目が覚めたノ?」


優しげな男の声だ。


「だろう、食い物を持って行けば目を覚ますって。」


そして太い別の男の声。


彼女の視界の左右から黒髪の碧い目の男と、金髪の白い顔の男が覗き込んだ。


「……!」


声をあげたかったが喉が広がらず微かに息が通るだけだった。


「焦るな、とりあえず顔を拭こう」


黒髪の男が金髪の男から熱いタオルを受け取り

空木の顔を拭った。

タオルが真っ黒になる。


彼女はぼんやりと思い出した。

さっきまで真っ暗な中にいたはずだが、ここはどこだろう。


彼女の口元にストローが近づく。

黒髪の男が空木を支えて起こした。

武骨な感じがするがその仕草は柔らかい。


「ゆっくり含め。しばらく何も口にしていないんだろう。」


白湯が口に入る。

ほっとするような味だった。

空木は周りを見る。

寝かされているのは床だ。

そして自分の身がかなり汚れているのが分かった。


「俺はヒナトリ、あちらはペリだ。」


ペリがニコニコと笑いながら手を振った。


「お前は空木更紗うつぎさらさだな。穂積師ほずみしから聞いた。」

「……師は、父は……。」


かすれた声が出た。


「父、か。穂積師に娘がいたとは知らなかった。

こちらも聞きたいことが山ほどある。

とりあえず何か少し腹に入れろ、それと風呂だな。

まあ見事なまでに真っ黒で、臭い。」


このずけずけと物を言う男は一体何者と空木はむっとしたが、

今は言われる通りにした方が良いのだろうと彼女は思った。




何時間後か、体を綺麗にして軽く食事を済ませた空木は、

ゆったりとしたアンティークの木造りのソファーに座っていた。

彼女にとってはベッドにも出来そうなくらいの大きさだ。

服は先ほどペリが持って来た男物の服だ。

ワンピースと言っても変ではない。

彼女は立ち上がり廊下に出た。


廊下からは店内が見下ろせる。

ここは二階のようだ。

一階にはガラス張りのショーケースがあり、

中は深い色のビロードの上に高そうなアクセサリーが見えた。


ここは宝石屋なのだろうか。

建物は洋風の落ち着いた感じの木造建築だった。

今は休みなのかショーウィンドウにシャッターの影が見え、

逆向きの文字が目に入った。


「Hinatori Antique……ヒナトリ・アンティーク。」

「まだ開店前だヨ、開店はお昼過ぎ。」


ペリがお茶の用意をして現れた。


「あ、ペリさんですよね」

「そうだヨ、緑茶、紅茶、コーヒー、どれが良い?」

「あ、ありがとうございます、緑茶をいただければ。

それとペリさん、人ではないですね。」


ペリの動きがぴたりと止まる。


「分かる?」

「いえ、多分普通の方なら分かりません。

完璧だと思います。

かといって物の怪でもないですし……。」

「それを見破っちゃう空木チャンは普通ではないと。」

「あ、まあ。」

「精霊と言うか妖精と言うかそんな感じかナ、ボクは。」


柔らかい香りの緑茶が出された。

空木はそれを飲む。

丁寧に入れられたお茶だった。


「ぺリは精霊だ。」


大きな影がぬっと現れた。ヒナトリだ。

彼女の向かいのソファーに座る。

その椅子はソファーに見えたが一人座りの椅子だった。

彼にはちょうどいいサイズだ。

空木にはすべて大きかったが彼にはちょうど良いのだ。


「宝石の罠に捕まったドジな精霊だよ。

俺が助けなきゃまだ捕まったままだ。」

「ドジはないでしょ?あれは仕方ないヨ、誰だって捕まってしまう。」

「まあそれは置いといて。」


ヒナトリは空木を見た。


「覚えていないだろうが、

真夜中に臭くて真っ黒なお前を連れて穂積師が突然来たんだ。

あの人は当然の様にほとんど説明もなく行ってしまったんだが、」


空木は大きなため息をついた。


「ここ数日、街の様子が変だったのに何か関係があるのか?」

「……あります。」


空木はヒナトリを見た。


本当に大きな男だ。

スポーツ選手のような堂々とした体格、だがそれ以上に大きく見える何かがある。

だがどこで買ったのか分からない妙な模様の

襟ぐりが伸びきった毛玉だらけのトレーナーを着ている。

肩に着くほどの髪の毛もぼさぼさだ。

ヒナトリと言う名前ならこの店のオーナーか。

しかし、服のセンスはあまり良くないようだ。


そしてこの店全体から立ち上る雰囲気。

決して嫌ではないが尋常ではない気配だ。

普通の人間では分からないだろう。

多分この男も何かしらの能力を持っているのだ。

自分や起きた事に嘘をついても仕方ない。


「穂積師を父と言っていたが本当に娘さんなのか?」

「ええ。」


ヒナトリは沈黙した。

穂積は昔から知っている。彼の師の一人だ。

昔しばらく一緒に生活をしたが家族がいるとは聞いてはなかった。

私生活については一切聞いた事は無い。

孤独を感じさせる厳しい男だった覚えがある。


「あ……、」


彼に話しても良いものだろうか、彼女は一瞬迷った。


「あの……。」


空木が聞いた。


「ヒナトリさんは術師ですか?」

「術師と言うかまあ色々と。」


ヒナトリががちゃがちゃとペリが持って来た茶器を探りコーヒーを入れた。

ペリが少し嫌な顔をする。


「壊さないでヨ、高い茶器なんだから。」

「客じゃないんだからマグカップで良いんだよ。」

「だってオンナノコだよ。可愛いお茶碗が良いでしょ。」

「女の子と言う歳じゃねーよ。」


この尊大な態度のヒナトリと言う男は空木にとっては兄弟子に当たるようだ。


だが、この物言いはどうだろう。

空木は胸がむかむかしてきた。

思わず胸元で手を握り締めた。

その手にことりと固いものが当たる。


暗闇の中で穂積が空木の首にかけたものだ。

彼女はそれを胸元から取り出す。

ヒナトリの目が光った。


「それは刀の鞘だな。」


黒く固い木造りの鞘に銀色に光る象嵌ぞうがんが施してある。

かなり精巧な作りだ。

それを見てヒナトリは小さな刀を取り出した。

それは昨日送られてきた刀だ。


「その刀は……。」

「契約の刀だ。これを持っている者はついの者が現れたら

どんな頼み事でも聞かなくてはいけない。

それは鞘を持っている者も同じ。

つきみやのしきたりだ。

さあ、話せ、隠し事はするな。」


ヒナトリの目がぎらぎらと光った。





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