ティッシ(3)

そうだ。なぜ気付かなかった。

印が熱くなったのは傍に誰がいた時だった?誰に触れられた時だった?

「メシャル!!」

木霊す啓の怒鳴り声とともに、カランカラン、とドアに付けられたベルが揺れてその音がパブに響いた。

「ケイ!探したんだよ。アンタどこ行ってたんだい?!」

トチが駆け寄って来て啓の肩を掴んだ。

「どっこも怪我してないね?」

「あ……はい。大丈夫です」

はぁ、とトチは長い溜め息をつく。

「寿命が縮まったよ」

「ごめんなさい」

昨日会ったばかりの人がこんなに自分を心配してくれていたのかと驚いた。

「言っても良いかい?」

啓の返事を待たずにトチは話し出した。

「まず第一に、勝手に出て行かない!!心配するだろう!そして第二に、礼儀はきっちりしな!!アンタが怪我したり吐いたりしたことは別に良いけどね、何も言わずに出て行くなんてのは礼儀知らずのすることさ。一声をかけてから出て行くのが筋じゃないかい?」

まったく、その通りだった。スーッと頭が冷えるのを感じる。

「ごめんなさい……」

彼女は息を吐くと、優しく微笑んだ。

「あのね、ケイ。昨日の様子を見てもアンタが追い詰められた状態だったのがわかったよ。だからこそ、こんなに心配になったのさ。まだ、旅をはじめて間もないね?まったく、危なっかしくて見ていられないよ。どんな事情があるのか知らないけど、もっと余裕を持ちな。でなきゃ、人探しなんかできやしないよ」

啓は黙りこくって俯く。

「人探しってのはさ、相手のことを思って、会うことだけを考えて必死になっちまう。けど、そうやってると、視野が狭くなってダメなのよ。多少の寄り道も休憩も必要なのさ。そうすることで、見えることがあるんだよ。慌てたって仕方が無いんだろう?」

「はい。でも、私、本当に旅に出たばかりでどうしたら良いのか、よくわかってなくて、混乱しちゃってて……ごめんなさい。いろいろ失礼なこともしちゃいました」

「わかってくれれば、良いんだよ」

「あの、トチさん」

女は小首を傾げて啓を見つめた。

「人探しをされたことがあるんですか?」

彼女はふふっと笑った。

「あたしも若かったからねぇ」

ナイショだよ、と言われて啓は頷く。

「……あぁ、メシャルに用があったんじゃなかったかい?アイツなら上でまだ寝てると思うよ」

―――そうだった!

「ありがとう、トチさん」



□□□



啓は奥の階段を駆け上る。だんだん額が熱くなってきている。上りきると数個のドアが並んでいた。一歩踏み出すたびに額の温度が上がる。どれが彼の部屋のドアか?そんなの、ドアを開けなくても額が一番熱くなるドアを開けば良い。単純明快。

やがて一つのドアの前に立った時、額の温度が急上昇した。

「……あっつー……ここ、ね。」

ドアをノックする。

いや、ノックと呼べるような生易しい物ではなかった。ドアを破壊するかのごとく殴りつける。熱さのあまり力のコントロールにまで気を配れない。

「はいはいはい!!」

中から慌てたような青年の声。

―――うっ、熱い。ドアに近づいてきたな。


「誰ですかー?」

「メシャル……」

既に啓は息も絶え絶えだった。メシャルが驚いてよろめく啓を支える。

「ケイ、顔が真っ赤だよ。大丈夫?どうかした?」

「メシャル……は、」

「?」

「離れて」

意味がわからないのだろう。彼は硬直している。

「熱い、から……」

彼と自分の体の間に腕を入れて彼を押す。

「僕そんなに体温高いかな?」

「大事な、話、が、あるの」

メシャルは戸惑いながらも啓と一定の距離を保ち、部屋に入れた。そして啓に座るよう勧める。啓は頷くとその椅子を持って部屋の端っこまで移動した。メシャルはおそらくショックを受けているだろう。怒るかもしれない。だけど、仕方がない。啓は心を鬼にしてどっかりとそこに座った。

メシャルの立っている場所から3メートルほど離れている。

―――だいぶ、マシ。

啓は息をつく。

「メシャル、怒った?」

彼は首を振った。

「怒らないけど、意味がわからないよ……。ケイが来たのにその態度だし、考えてみれば昨日からケイに拒絶されっぱなしだし」

「これには理由があって、あの、長くなるんだけど」

「深刻な話?」

メシャルの問い掛けにケイは深く頷いた。そんな彼女を見てメシャルは戸惑ったようだ。

「でも、君と僕は昨日会ったばかりだし……」

「うん。だから、怪しむのもわかる。けど、とにかく聞いて欲しいの。さっき気付いたことなんだけど」

啓は思い切って全部打ち明けた。パズルのこと、自分のこと、ミランダのこと。メシャルは黙って聞いてくれていた。

啓が話し終わって彼を見つめると彼は困ったような顔をしている。

「ケイは僕がその分身だって言うんだね?」

啓は再び頷く。

「僕が分身だから近づいたら額が熱くなって体調が崩れて、その印が浮かび上がってくる」

ぴ、とメシャルは啓を指差した。正確には、啓の額を。印が出ているのだろう。

啓は視線を地面に落とし、頷いた。

「でも、僕にはどうしても分からないことがあるんだ。ケイの言っている事を信じないわけじゃないけど……」

「?」

「僕、今24なんだけど、これまでの僕の人生はなんだったの?」

「―――え?」

「今まで24年間生きてきた記憶がある。知り合いも居る。……でも、僕がケイの言う通り、他の世界の人の分身だとしたらこんな記憶有るはずが無いと思うんだけど。僕は昨日ここに来たことになるだろ?ケイと同じように戸惑っているはずだ」

そう言えば,確かにそうだった。

啓にはその事実が何を示しているのか分からない。

メシャルはこの世界で24年間生きてきた。それなのに突然現れた少女は昨日ここに飛ばされたのだと言う。意味が分からないのは最もだ。私にもサッパリわからない。

「えと、ごめんなさい。私にもよく、わからない。けど、レヴィオスに会ったら教えてくれると思う」

メシャルは苦笑した。

「じゃあ、こういうのはどう?」

顔を上げるとニッコリ笑ったメシャルと目が合った。

「僕はちょっと訳があってこの町から離れたくない。だけど、ケイがそのレヴィオスとかいう空間師を見つけ出して理由を聞き出して、本当に僕が分身なんだって納得させることができたら、その時はケイに着いて行く」

「わかった。ありがとう。メシャル……ごめんなさい。こんなこといきなり話して、驚かせちゃって。昨日もたくさん迷惑かけたし」

「気にしなくて良いよ」

メシャルはそう言って微笑んだが、その表情は少し先ほどとは違っていて、何か考えている風だった。



□□□



あれから2日が経った。予想以上に居心地がよく皆親切なので、情報収集を名目にズルズル長居してしまったのだ。トチに人探しをする上で知っていると便利なことや、この世界での基本的な旅の方法を教えてもらったりもできた。

「う゛ー……」

メシャルの部屋は二階下だから十分な距離が開いており、額の熱は気にならない。

「せっかく一人見つけたと思ったのになぁ」

印が反応するということは彼が分身で間違いないんだろうとは思う。でも、イマイチ信じきれない。

「なーんで、24年分の記憶があるんだろう?」

啓はゴロゴロとベッドの上で寝返りを打った。

「考えても仕方ない、か。私にはこっちのことサッパリわかんないし。第一、ミランダが教えてくれたことなんか少しなのにそれで分かるわけ無いし」

啓は考えるのをやめて起き上がった。

「旅の支度は整ったし、出発しよ」

手早く荷物を確認すると部屋を後にした。



□□□



「もう行っちまうのかい?」

トチが残念そうに啓の頭を撫でた。

「はい、お世話になりました。本当に色々とありがとうございます。」

メシャルやトチも村の人々にレヴィオスのことについて尋ねてくれたが手がかりは無かった。

「それにしてもメシャルはどこに行っちまったんだろうねぇ。ケイが出発するってのに」

「良いんです」

トチは苦い顔をしていたが次の瞬間には微笑んだ。

「頑張るんだよ」

「はい」

「今日は快晴だからあんまり化け物は出ないと思うけど、注意するに越したこと無いからね。あと、前も言ったけど、もし野宿する時は木の根元だよ。目立たないからね。大の字になって寝るんじゃないよ」

「はい。ありがとうございます」

「アンタの目的が達成できた時には顔見せに来なよ」

これには啓はニッコリと笑っただけだった。しかしトチさんはその笑みが肯定だと勘違いしてくれた。次会えるかどうかはわからない。

「じゃあ、さようなら」

「さようなら」

啓は数回振り返ってトチに手を振り、地図を片手にしっかりとした足取りで平原を歩いた。



  □□□



おかしいな。

進めば進むほど額が熱くなってくる。

「メシャル?」

立ち止まってあたりを見渡すと、少し先の木の枝に座って手を振っている緑色の青年が見えた。葉の色が彼と同じなので上手い具合に保護色となっている。彼は軽々と木から飛び降りると猛ダッシュで啓のところまでやって来た。啓は額が熱いのを必至に堪えた。

「ケイ、これは細かいこの国の地図だ。君の持っているのよりは便利だと思う」

そう言うなり彼はケイの鞄にそれを突っ込んだ。

「ミナ―ゼに行くと良い。あそこはギャンブルの町だ。きっとレヴィオスの情報が手に入る」

メシャルは口早にそう告げ、ぎゅっと啓を抱きしめると背中をポンポンと二度優しく叩き、次の瞬間には村のほうに駆け出していた。

「メシャルー!ありがとう!また迎えに来るから!」

啓の声に彼は一度だけ振り返って大きく手を振った。啓も慌てて振り返した。そしてお互いに背を向ける。啓はだんだん引いていく額の熱を感じながら微笑んだ。

初めの村がティッシで良かった。

「頑張るぞ!」

啓の声が風に流されて消えた。


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