養父オム
ちょうど五日後のハクタカがすっかり寝入ってしまった頃に、ハグムとシバの二人は帰ってきた。
その翌朝のハグムは、言葉少なげであった。
数日休暇をとってしまい、仕事が溜まって終わらないから今日も頼む、とハグムに言われたシバは、いつものようにハクタカの家で夕飯を食べていた。
「ねえ、シバ。ここ数日、先生とどこに行っていたの。朝、先生に聞いたけど答えてくれなかった」
ハクタカは今朝のハグムの浮かない表情が気になって、シバに尋ねた。
シバはしばらく黙った後、答えた。
「あ?あぁ…そりゃあ男が二人で行くとこっつったら…おめえ、察しろよ」
こう言えば、ハクタカは恥ずかしくなって黙るのではないか、そう思っての返事だった。
稀に、ハグムをそういう店に連れて行く時も、現にハクタカは黙って二人を見送っていた。
「嘘だ!」
ハクタカはほんのり頬を赤く染めたが、しっかりとした声でシバに抗議した。
「…なんでそう思うんだ」
ぎろり、とシバの大きな目がハクタカを睨んだ。
「そういうところに行くときは、必ずシバが、嫌がる先生を引っ張り回して行くでしょ。そんな感じじゃなかったもの」
「…ガキのくせによく見てんな、おめえ」
真面目な顔をして断言したハクタカを見やり、シバはふん、と鼻を鳴らした。
「ねえ、どこに行ってたの?先生がなんだか元気がないように見えた」
心配そうにこちらを見るハクタカを不憫に思い、シバは少しためらったが、事実を話した。
「……オムの墓にだよ」
「オム?」
「ハグムの養父。血は繋がってねぇ、育て親のじじいだ。命日だったんでな」
「な……んで、俺に言ってくれなかったの」
ハクタカは驚きを隠せなかった。
しかも、一人だけ、仲間はずれにされた気分だ。
「別に俺はおまえに言っても良かったが、ハグムが言いたそうじゃなかったからな。いつもそうさ。じじいの話は、あいつぁ、したがらない」
「どうして言いたくないの?」
「思い出したくないんだろうさ。戦で死んでいったじじいのことを、な」
「兵士として戦っていたの?」
「いや。じじいは国の軍師だった」
「…軍師…聞いたことがある。戦の指揮をとる人でしょう?…そうだったんだ。…殺されてしまったの?」
「いや、病死さ。ハグムが看取った」
「…先生も戦場にいたの?」
ハクタカの質問に、シバは、ぎく、とした。
「…と、話はここまでだ。俺がおまえに、ハグムのいねえところでべらべらしゃべるのもあれだしな。まぁ、この家も、もとはじじいとハグムが一緒に暮らしていた家だ。あいつがここを離れない理由は、実はそれさ」
シバはそれからしばらく無言になった。
ハクタカは座っている座敷を見渡した。
「…大好きだったんだね、先生。お父さんのこと」
「へっ。いけすかねえじじいだったけどな。俺なんかいつもげんこつくらってよ」
「ははは、それ、見たかったなぁ」
笑うハクタカを見て、シバは真剣な顔つきで言った。
「なあハクタカよ」
「ん?」
「じじいの話はあまりハグムにするんじゃねえぞ」
「え?どうして」
「あいつにとって禁句らしい。なぜそうなるのか俺にもわからねぇが、すっげぇ、機嫌悪くなるから」
「…そりゃ、辛いでしょう、お父さんが亡くなったんだもの」
「違う。悲しいってモンじゃねえ」
「…え?」
ハクタカは眉を顰めた。
「…おまえの歳くらいの、あいつの顔になる」
シバは昔を思い出すように呟いた。
「十二歳の時の先生…?どんな顔?」
ハクタカがきょとんとした顔でシバを見つめると、シバは自身の頭をがしがし、と掻いてすばやく立った。
「…っ!おい。ほら、何やってる!立て!剣の特訓だ!」
「え!?何、いきなり。先生のこと、教えてよ!」
「うるせえ、剣を持て!」
シバはそれ以上何も言ってくれなかった。
庭に出たハクタカは、泥まみれの服を振り払う余裕もなく、激しく打ち付けてくるシバの剣を受けていた。
シバの剣の修行は、日に日に厳しくなっていく。
(…私くらいの年齢の先生は、どんな少年だったのだろう)
途中、そう想いを馳せたが、シバの剣の鞘に打たれたハクタカの腕と足は、打撲で終ぞパンパンに赤く腫れ上がるのであった。
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