墓参り

どんよりとした灰色の雪雲が銀色の光を放っていた朝だった。

シバが珍しく、家に二頭の馬を引き連れて家にやってきた。


「ハグムはどこだ?」


とだけ、庭にいたハクタカに聞いた。

するとちょうど玄関からハグムが出てきた。


「ありがとう、シバ」


外套を着たハグムが、振り返ってハクタカに告げた。


「すまないハクタカ、五日ほど、留守にする」


シバはハグムが馬の鎧に足をつけるのを手伝うと、ひょい、とハグムは上手に馬にまたがった。


「え?あ、はい。二人でどこか行かれるんですか」


「ああ。なるべく早く帰る。行こう、シバ」


「おう、ちゃぁんとお留守番してろよ、ハクタカ」


『ちゃんと剣の練習をしとけ』と合図されたので、ハクタカは無言でシバにびしっと敬礼した。


「はっはっは」


シバの笑い声は、馬の速い歩みのせいで、あっという間にかき消されていった。

シバの馬にハグムの馬が付いていくかたちで、二人の姿は見えなくなった。


(?五日も、どこに行くんだろう)


きん、と張った冷たい空気で肌が切るような感覚だった。

ハクタカは家の中で暖をとりたい気持ちに襲われた。

左手にはあ、と息を吐きながらシバの家側の垣根にゆっくり歩み寄った。

剣を木箱から取り出し、昼夜剣を振り修行に勤しむのであった。






シバとハグムの二人が馬を近くの木にとめて歩き始めたのは二日経ってさらに太陽が西に傾く頃であった。

そこは山の尾根で、開けた崖の上に、ひとつ盛り上がっている塚があった。

シバは、腰に付けていた酒瓶の蓋を開けた。


「じじい、たっぷり飲みやがれ」


塚の上から、どばどばと酒が注がれた。


「おい、シバ。師匠は下戸だ」


ハグムは少し顔をしかめて言った。


「こういう日もあっていいじゃないか。天国でじじいが酔い潰れていると思うと笑えるぜ」


二人は塚の前の断崖から、山林に囲まれ、土砂で埋もれ一部のみしか地上に出ていない、荒廃した城を眺めた。


「三年か、早ぇもんだな」


余った酒瓶の残りの酒をくいっと飲み干し、シバは言った。


「あぁ」


ハグムは塚にひざまずき、礼をした。

途中立ち寄った村で買った花を手向け、手を合わせた。

立ち上がろうとしたハグムは、青と赤の入り混じる空を仰いで、目を細めた。

赤い太陽の光が眩し過ぎて、思わずよろけてしまった。

シバがおっと、と言ってハグムの背中を支えた。


「おまえもよくまあ、軍事部から内政部なんかに入ったもんだよな」


「……」


「じじいの遺言なんか放っておいて、内政部の仕事なんかしなきゃよかったんだ。ハクタカも心配してたぜ?おまえは働きすぎだってな」


「……」


ハグムは無言だった。

太陽が、下にある平野の城全体を赤く染め始めた。


「…反吐が出るな」


ハグムが微かにつぶやいたのを、シバは聞き取れなかった。


「あ?」


「いや、こちらの話だ。なんでもない」


ハグムは目を伏せた。

シバは言葉少ななハグムを見て、ふと思い浮かんだことを呟いた。


「…ハクタカといえば、じじいが生きてたら、あの野郎、気に入られてだろうなあ」


「どうして」


ハグムはシバの横顔を見た。


「負けず嫌いで無鉄砲、頑固で真面目すぎるところが、誰かさんにそっくりだ」


「…誰だ?」


「ぶっ。無自覚かよ」


「…私?」


心外だ、と言わんばかりのハグムの顔に、シバは酒臭い息を吐いた。


「他に誰がいるんだ」


一瞬の間を置いて、ハグムは前を向き、ふ、と短く笑った。

太陽がちょうど地平線に差し掛かった。

太陽は地上の下にもぐる直前まで、強く揺れる光を平地全体に照らし、ハグムの顔も真っ赤に染まっていた。


「…私と似ていないところもある」


直視できないほどの眩しさに、目を細めてハグムは太陽を見ていた。


「強いよ、あの子は。私など、比べ物にならないくらいにね」

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