障害孤児

隣にいるその青年は、二十歳くらいに見えた。

灰色の外套を羽織っていて、体型はあまり分からなかったが、細身のようだ。

だが外套から時々のぞかせる腕を見る限りは若い男らしく、逞しい。

肌は白く、栗色のまっすぐで柔らかい細い髪を持ち、肩にかかる髪を後ろで輪にし、一つに束ねている。

常時涼しい顔をしており、目は薄茶色の透き通った瞳で、奥二重で切れ長の目であったが、きつい印象は全く受けない。

目は両方とも、見えにくいらしい。

隣の大男に手を借りて歩いている。

若かったが、領主様より偉いお役人様であるのは青年の言葉使いやお医者様の態度から、なんとなく分かった。

しかし、そのようなお方が、なぜ障害孤児の自分を自宅の使用人として招こうと思ったのか、皆目検討がつかない。


**

自分は生まれつき右腕がない。

小さい頃のことはほとんど覚えていない。

呼ばれていたであろう名前も記憶がない。

唯一はっきり覚えているのは、母親らしき女が、また迎えにくるから良い子に待っていてね、と言い残し、見たことのない門の前から去っていったことだ。

女の言葉を信じ、待てども待てども、いくら待っていても、誰も自分に会いにきてくれる人間はいなかった。


領主様の家では四六時中働かされた。

休みはない。

四、五時間の睡眠の時くらいだ。

家や庭の掃除、洗濯、調理、家事全般をすべてやらされた。

そのための必要最低限の言葉は叩き込まれたし、右腕がなくても人間なんとかやればできるものだな、と思えたことだけは、彼らに感謝している。

しかし少し休むものなら奥方様にふくらはぎを鞭でこっぴどく打たれ、領主様には怒鳴り散らかされた。

何か過ちを犯すと、有無を言わさず腕や足に煙草の吸い殻や小刀を押し当てられ、切り刻まれた。

お腹が空いて食料を盗むものなら、三日間飲まず食わずにさせられる。

食事は一日一度もらえたら良い方であった。

自分の住居は離れの古びた小さな小屋であった。


はじめはもともと身につけていた女物の衣に、布を継ぎ足しては着ていたが、限界があった。

もちろん領主様は自分に衣服などを買ってくれるはずもなく、領主様のご子息が着古して捨ててある服を、わざと土埃で汚して着るようになった。


最近、庭を掃除している時、一匹の子犬が迷い込んできた。

少し衰弱しており、自分に与えられた残飯を少しお湯でふやかして与えると、よく食べた。その子犬はまだとても小さく、チボ<小さい子>、と名付けた。

チボは小屋に居着くようになった。

領主様がチボに気づき何度も外に追いやったが、チボは何度も門の隙間から入ってきては自分のいる小屋にやってきた。

チボは元気になると、領主様が小屋に入ってくるたび吠えるようになった。

動物嫌いな領主様は、とうとう小屋に寄り付かなくなった。

チボとは、親友になった。

一方、領主様の自分に対する態度はますます悪化した。

完全無視の状態で、食事がまともにもらえなくなった。


食べ物を求めて領主様の家を飛び出しても、結局行き場がなく家に強制的に連れ帰られ、その後にはひどい仕打ちが待っていた。


障害をもつ自分は、この世ではもう生きられないようだと悟った。

そうならば、せめて、親友だけは自分の最期の時まで生きていてほしい、そう願った直後のことだった。

**




隣を歩くこの青年は、初めて会った時から、幸いにも自分を男児だと思い込んでいるようであった。

農村の女の仕事は主に家事と家業であり、自分にはその場所がないし、女児が親戚以外で一人暮らしの若い男の家に使用人として働くことはまず、ない。

ましてや片腕がない障害女児は寺で尼になるか、野垂れ死ぬか、犯罪人になるか、くらいの選択肢しかないことは、子供の自分でも、領主様の家にいて、十分承知の上だった。


自分はこの並んで歩く二人の男に悟られぬように、必死に男児として押し通した。

生きるために。

親友を守るために。

しかしこの青年もまた、領主様と同じように自分とチボにひどい仕打ちをするかもしれない。

また食べられなくなったら?

追い出されたら?

この場合どうしたら…とさまざまな疑問と不安が入り混じった。


そうこう考えているうちに少女は疲れてしまい、まどろみ始めた。

道中、少女は小麦色に焼けた肌に無精髭を生やすシバと呼ばれる大男に背負われていた。

この人は、少し苦手だな、と夢見心地で思いながら、一定の旋律で揺れる温かいシバの背中で、少女はいつの間にか眠っていた。

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